Trans News > その他 > 裁判所

asahi.com

■違憲判決――最高裁の役割の自覚を


朝日2002/09/13朝刊社説

uploaded 2002/09/13



 最高裁は1947年の新憲法施行とともに発足した。その夏、「国民のよき裁判所を」という三淵忠彦・初代長官の抱負が新聞に載った。

 「新憲法に規定されている国民の基本的権利を裁判所はあくまで擁護し、正義と公平の代名詞になることが第一だ」

 法律や政府の行為が憲法に違反していないかどうかをチェックする違憲審査権という、戦前にはなかった権限が与えられた。これにより、最高裁は「憲法の番人」になったのである。

 それから半世紀余。最高裁は、判断の手堅さという面では、総じて国民の信頼をかち得てきた。だが、「憲法の番人」として期待された役割を十分に果たしてきたのかといえば、首をひねらざるをえない。

 国民の目に映っているのは、国会や政府に意見を言うのに憶病な最高裁の姿である。そう見られる原因の一つが、違憲判決の数の少なさだ。法律を違憲とした判決は、55年間でわずか5件しかなかった。

 そんな状況にあって、郵便法の合憲性が争われた裁判で最高裁は、15年ぶり6件目の違憲判決を言い渡した。

 郵便局員のミスで、書留に入れた大切な書類が届くのが遅れて損害を受けても、国に賠償を求めることすらできない仕組みになっている現行法はおかしい、というわけだ。常識に沿った判断である。

 郵政民営化が叫ばれる時代だ。時代遅れの法律を安易に合憲とした下級審の憲法感覚の鈍さこそ、問われるべきだろう。

 もちろん、違憲判決の数が増えさえすればよい、と言っているわけではない。

 法案を作る段階で内閣法制局などの審査があり、憲法に反しないか法律をチェックしている。長年の判例の蓄積もある。

 そうだとしても、やはり、違憲審査に消極的すぎはしないだろうか。

 90年代に政教分離裁判などで自治体の行為を違憲と判断し、少数者の人権を救済したことは評価できるが、全般的には前例踏襲と大法廷での議論の回避が目立つ。1票の格差が5倍近いのに合憲とした参院の定数訴訟では、反対意見の外交官出身の裁判官が「司法は立法府の追認機関か」と痛烈な批判を浴びせたこともあった。

 日本人の「和の精神」、裁判所や検察庁出身の裁判官の体質、任命権を握られている内閣を刺激することへの恐れ……。消極主義を生む様々な理由が語られている。

 一方で、こうした状況に風穴をあける具体的な処方箋(せん)も、学者ばかりでなく、元最高裁判事らからも出されている。

 思い切って若返らせ、幅広く人材を登用する。負担を減らし、ゆとりをもって議論できる環境をつくる。憲法訴訟を起こしやすいよう手続き上の要件を緩和する。

 もう一度、「憲法の番人」の役割を見据え、改革を一歩でも進めるべき時期に来ている。



今回の最高裁大法廷の違憲判決・全文(平成14(2002)年09月11日 大法廷判決 平成11年(オ)第1767号 損害賠償請求事件


日本国憲法

第七十六条
すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。
特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。
すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。

第八十一条  
最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。

第九十八条
この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。


その他へ

Topへ