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浅利祐一 (あさり・ゆういち) 北海道教育大学助教授
憲法判例百選T(第四版)22事件(有斐閣刊「別冊ジュリスト 第154号」・2000年)46-47頁
公立中学校における髪形の規制
熊本地裁昭和60(1985)年11月13日判決
(昭和58(1983)年(行ウ)第3号・第4号校則1部無効確認等請求、服装規定無効確認等請求事件)
(行集36巻11・12号1875頁、判時1174号48頁)
last edited 2002/04/23 (太字,下線,西暦は引用者)
<事実の概要>
X1(X2及びX3はX1の両親である)は昭和56(1981)年4月、熊本県下の町立中学校に入学し、昭和59(1984)年3月同校を卒業するまで在籍していたところ、同校校長(Y2は昭和56(1981)年4月男子生徒の髪形について、「丸刈、長髪禁止」とする服装規定(以下、「本件校則」という)を制定、公布した。そこで、X1らは本件校則が、憲法14条・31条・21条に違反すること、また本件校則の制定権者である校長が裁量権の範囲を逸脱したことを理由として、町(Y1)及びY2を相手どり本件校則の無効確認等を請求した。
X1らの請求のうちY2に対する本件校則の無効確認の訴え、本件校則が無効であることの周知手続を求める訴え、本件校則に従わなかったことを理由とする不利益処分の禁止の訴えは、いずれも不適法として却下されたが、Y1に対する損害賠償請求については以下のように判断された。
<判旨>
(一) 憲法違反の主張について
(1) 憲法14条違反について
@ 住居地による差別的取扱いについて
「服装規定等校則は各中学校において独自に判断して定められるべきものであるから、それにより差別的取扱いを受けたとしても、合理的な差別であって、憲法14条に違反しない。」
A 性別による差別について
「男性と女性とでは髪形について異なる慣習があり、いわゆる坊主刈については、男子にのみその習慣があることは公知の事実であるから、髪形につき男子生徒と女子生徒で異なる規定をおいたとしても、合理的な差別であって、憲法14条には違反しない。」
(2) 憲法31条違反について
「本件校則には、本件校則に従わない場合に強制的に頭髪を切除する旨の規定はなく、かっ、本件校則に従わないからといって強制的に切除することは予定していなかったのであるから、右憲法違反の主張は前提を欠くものである。」
(3) 憲法21条違反について
「髪形が思想等の表現であるとは特殊な場合を除き、見ることはできず、特に中学生において髪形が思想等の表現であると見られる場合は極めて希有であるから、本件校則は、憲法21条に違反しない。」
(二) 裁量権の逸脱の主張について
中学校長は、教育の実現のため、生徒を規律する校則を定める包括的権能を有する。「もっとも、中学校長の有する右権能は無制限なものではありえず、中学校における教育に関連し、かつ、その内容が社会通念に照らして合理的と認められる範囲においてのみ是認されるものであるが、具体的に生徒の服装等にいかなる程度、方法の規制を加えることが適切であるかは、それが教育上の措置に関するものであるだけに、必ずしも画一的に決することはできず、実際に教育を担当する者、最終的には中学校長の専門的、技術的な判断に委ねられるべきものである」。したがって、校則が「教育を目的として定められたものである場合には、その内容が著しく不合理でない限り、右校則は違法とはならないというべきである」。
「そこでまず本件校則の制定目的についてみると」非行化の防止、中学生らしさを保ち人間関係を円滑にすること、質実剛健の気風の養成、清潔さの維持、スポーツの便宜、等の目的のほかに、整髪による遅刻、調髪によって授業に集中しなくなる、帽子をかぶらなくなる、自転車通学に必要なヘルメットを着用しなくなる、整髪料の使用によって教室に異臭が漂うといった弊害を除去することを目的として制定されたものであり、「校長は、本件校則を教育目的で制定したものと認めうる」。
「次に、本件校則の内容が著しく不合理であるか否かを検討する」。本件校則の合理性については疑いを差し挟む余地のあることは否定できないが、丸刈りは、今なお男子児童生徒の髪形のひとつとして社会的に承認され、特異な髪形とは言えないこと、本件中学において創立以来の慣行であった丸刈りを昭和56年に校則という形で定めたこと、本件校則には、本件校則に従わない場合の措置については何らの定めもなく、違反した場合には、校則を守るよう繰り返し指導し、あくまで指導に応じない場合は懲戒処分として訓告の措置をとるにとどまっていたことなどが認められ、「右に認定した丸刈の社会的許容性や本件校則の連用に照らすと、丸刈を定めた本件校則の内容が著しく不合理であると断定することはできないというべきである」。
<解説>
1 本判決の問題点
本判決は、(1)原告の憲法違反主張をすべて退け、髪形規制を憲法問題として捉えることなく、(2)校長に広範な裁量を認め「校則が……教育を目的として定められたものである場合には、その内容が著しく不合理でない限り」違法とはならないと判示した。
そこで、憲法上の問題点として、(1)「髪形の自由」は憲法上の保護を受けるか、(2)「髪形の自由」が憲法上の保護を受けるとした場合にどの程度保護されるべきか、いいかえるならば、髪形規制の合憲性はどのように審査されるべきか、が検討されなければならない。
2 髪形の自由の憲法上の根拠
原告は憲法14条・31条・21条違反を主張したが、学説は、髪形の自由は憲法13条の問題であることを指摘している。
もっとも、学説においても、髪形の表現的側面を積極的に評価する見解や、男子について丸刈りのみを強制することが性差別にあたる場合もあることを指摘する見解もあるが、これらの見解も憲法13条を併せて援用している。
判例をみると、下級審では、受刑者の丸刈りが争われた事件において、髪形の自由は憲法13条が保障する「一般的自由」の一つであるとされ(東京地判昭和38・7・29判時342号5頁)、またいわゆる修徳高校パーマ退学事件において「髪型を自由に決定しうる権利は、個人が一定の重要な私的事柄について、公権力から干渉されることなく自ら決定することができる権利の一内容として憲法13条により保障されている」(東京地判平成3・6・21判時1388号3頁)と判断された。このように、髪形の自由は憲法13条によって保障されていると解するのが下級審と学説の趨勢である。
これに対して、前記修徳高校事件最高裁判決は、三菱樹脂事件最高裁判決を援用したうえで、私立学校の校則について「それが直接憲法の右基本権規定に違反するかどうかを論ずる余地はない」(最1小判平成8・7・18判時1599号53頁)として私立学校の髪形規制を憲法問題とは捉えなかった。
3 髪形の自由と自己決定権
右最高裁判決にもかかわらず、学説の多数は、髪形の自由を憲法13条の保障する自己決定権の一つとして捉えている。しかし、髪形の自由を憲法上の人権として位置づけることについて有力な反対説もあり、髪形の自由を憲法上どのように位置づけるかについては、自己決定権の捉え方ともあいまって見解が分かれている。第1説は、自己決定権を、人格的生存に不可欠で、重要な「私的事柄について、公権力から干渉されることなく、自ら決定することができる権利」(樋口ほか・注釈目本国憲法(上)302頁〔佐藤執筆〕)と限定的に捉え、髪形の自由は「人によっては大事なものであるが、それ自体が正面きって人権かと問われると、肯定するのは困難であろう」とする(佐藤幸治・憲法〔新版〕413頁)。第2説は自己決定権を第1説と同様に限定的に解しながらも、髪形の自由は自己決定権に含まれると解する(芦部信喜・憲法学U404頁)。その理由として第2説の代表的な学説は「髪形や服装などの身じまいを通じて自己の個性を実現させ人格を形成する自由は、精神的に形成期にある青少年にとって成人と同じくらい重要な自由である」ことを指摘している(芦部・前掲)。第3説は、「自己決定の自由」を第1説、第2説と異なり、「個人の人格に関わる決定から単なる嗜好・好奇心等に基づく決定まで」をも含む広い自由として捉え、髪形の自由はこれに含まれると解する(戸波江二「校則と生徒の人権」法教96号9頁)。
このように髪形の自由が自己決定権に含まれるか否かについて、学説は分かれているが、第1説にあっても、身なり等の「事柄が人格の核を取り囲み、全体としてそれぞれの人のその人らしさを形成している」ことから、こうした事柄についても「人格的自律を全うさせるために手段的に一定の憲法上の保護を及ぼす必要がある場合があると解され」ており(佐藤・前掲)、髪形の自由に対する規制に憲法上の保護を及ぼすべきであるという点で学説は一致している。
4 アメリカにおける髪形規制
そこで、次に、髪形の規制に対してどのような憲法的保護を及ぼすべきか、という問題、いいかえれば、髪形規制の合憲性の判定基準が問題となる。
アメリカでは学生のみならず、警察官、消防士等の髪形規制の合憲性が訴訟で争われており、その数は多い。警察官の髪形規制が争われたKelley v. Johnson事件(425 U.S. 238(1976))で連邦最高裁は地方公共団体の広範な裁量を認め、規制が「恣意的か否か」を審査するにとどまる「最小限度の合理性」のテストによって、髪形規制の合憲性を審査した。
ハイ・スクールの髪形規制に関する連邦最高裁の判断はなく、下級審では地域によって合憲・違憲の判断が完全に分かれている。そのなかで、教育委員会の広範な裁量を承認し、Kelley判決と同様の「最小限度の合理性」のテストを適用する判例はごく少数で、大多数の判例は髪形の自由を、一応は、憲法上の自由として捉えたうえで、髪形規制の合憲性を審査している。学説も髪形の自由を憲法上の保護を受ける自由として捉えており、髪形規制の合憲性審査にあたっては、「最小限度の合理性」のテストは排除されるべきで、利益衡量が必要であると説くものが多い(詳しくは浅利祐一「憲法と髪形の自由」北大法学論集40巻5・6号参照)。
5 本件校則の合憲性
すでに述べたように、わが国の学説は髪形の自由を憲法上どのように位置づけるかについては争いがあるものの、髪形規制について、憲法上の保護が及ぶべきであるとする点では1致しており、髪形規制の合憲性が審査されなければならない。
次に、髪形規制の合憲性の判定基準についてであるが、本判決は校長に広範な裁量を認め、規制が「著しく不合理でない限り」違法とはならない、と判示したが、この審査方法はアメリカにおける「最小限度の合理性」のテストとほぼ一致すると思われる。自由意思で職につく警察官の髪形規制の審査に適用されるテストを公立学校における髪形規制の審査に適用するのは妥当ではなく、後者の審査にあたっては、髪形の自由の保障する価値と規制目的によって維持される利益とを実質的に利益衡量する必要があると思われる。
本判決は非行化の防止等の抽象的な規制目的を認定したが、判決自身も指摘するようにその合理性には疑問があり、右のような審査方法によった場合、一律に丸刈りを強制する本件校則がその審査をパスするかはきわめて疑わしい。
<参考文献>
本件判例評釈として
阿部泰隆・法教65号11頁、月刊生徒指導1986年2月号14頁
戸波江二・法時58巻4号92頁
中村睦男・判評329号(判時1190号)40頁、教育判例百選<第3版>16頁
奥平康弘・憲法にこだわる20頁
広沢明・日本教育法学会年報17号190頁等
参照条文
日本国憲法第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
第14条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
○2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
○3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。
第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
○2 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
第31条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。