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日本国憲法20条(特に政教分離)改正/悪問題
updated 2005/05/30
日本国憲法第20条
信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
日本国憲法第89条
公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。
| 暮らしそのもの『国の基本』全103条 |
信教の自由は、旧憲法でも規定されていたが、「安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ」との条件が付いていた。実際は宗教への弾圧が行われ、「神道は宗教ではない」という解釈から、国と宗教が密接なかかわりを持つ「国家神道」の状況が作り出されていった。
この反省から、現憲法では二〇条一項後段と三項で、信教の自由を無条件で認め、国が宗教的活動にかかわることを禁じた。
「国と宗教」の関係は、各国まちまちだ。中東諸国では、イスラム教が国教で、宗教指導者が政治的な影響力を持つ政教一致が常識。欧州でも、英国などが国教を決めているが、信教の自由は保障している。
ドイツやイタリアは国教はないが、キリスト教系の政党があるほか、教会に課税権を認めるなど、「政治と宗教」は密接不可分。米国は政教分離を憲法で明記しているが、大統領が聖書に手を置いて宣誓するなど、政治の中に宗教が溶け込んでいる。
この点で日本は、世界で厳格に政教分離を規定している国の一つといってもいいだろう。ただ、二〇条が厳格に守られているかどうかは、常に議論の対象となってきた。
最大の論点は、靖国神社への首相の参拝問題だろう。首相の公式参拝には、「違憲の疑いが強い」との判決が出ている。
小泉首相は首相就任以来、四年連続で参拝しているが、それが公式参拝なのか私的参拝かはあいまいにしてきた。
ところが、昨年四月、福岡地裁判決が「首相の職務として参拝した」と判断し、首相の参拝は違憲との結論を導くと、首相は自身の参拝を「私的」と表明。今後参拝するかどうかは、「適切に判断する」と繰り返している。
首相参拝についての訴訟は、福岡以外でも全国で起こされていて、その司法判断はまだ定着していない。
公私の区別という、文字通り「神学論争」の世界に陥っている現状を抜け出るため、自民党内では政教分離要件を緩和しようという議論がある。中曽根試案は、国ができない宗教活動について「特定の宗教を援助、助長若(も)しくは干渉となるような」という条件を付けた。社会的儀礼などは違憲にならないようにすることで、靖国公式参拝に道を開く動きとみられる。
民主党は国家と宗教の厳格な分離を基本理念と規定する考え。創価学会を支持母体とする公明党は、「政治と宗教」の関係で批判にさらされることがあるが、一貫して厳格な政教分離を主張しており、靖国の代替施設として国立追悼施設を求めている。
政府は、福田康夫官房長官(当時)の私的懇談会「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」が二〇〇二年末、戦没者らを追悼するため、国立の無宗教の恒久的施設が必要との報告書をまとめたが、なかなか具体化していない。
(後藤孝好)
新追悼施設論議煮詰めよ 公明党・太田昭宏幹事長代行
憲法での「政治と宗教」の関係について、立場を明確にしているのが公明党だ。創価学会を支持母体に持ち、「政教分離が守られていない」と指摘されることもある同党。だが、今の憲法の政教分離を厳格に守るべきだと訴え、靖国に代わって無宗教の追悼施設の設置を主張する。党内の憲法論議の責任者・太田昭宏幹事長代行に聞いた。 (聞き手=金井辰樹、後藤孝好)
――首相の靖国参拝について、どう考えるか。
「憲法二〇条は、信教の自由を基軸にして政教分離をうたっている。政教分離とは、国家が宗教に対して中立でなくてはならないということ。首相の公式参拝は違憲の疑いを払しょくできない」
――自民党内には、政教分離の要件緩和を目指す動きがある。
「憲法学会も含め、『(政教分離を)緩めろ』という人は極めて少数。自民党内でも多いとは思わない。伝統的儀礼なら政教分離の対象外と言う人がいるが、靖国神社が宗教団体である以上、対象外にはなりづらい」
――首相の参拝はアジア諸国も刺激している。
「戦没者の追悼が問題ではない。戦争を起こした軍国主義者を奉っているところに、参拝するのが理解されないのだ。私たちは、首相に参拝を自粛すべきだと随時話している。憲法の問題と、国益を考えてもらいたい」
――解決策の一つが、国立の追悼施設だと。
「そう。官房長官の私的懇談会が、国立の無宗教施設の建設を提言した。この論議を煮詰めていくのが大事だ。早いに越したことはないが、心の問題だから、多くの人の合意が形成されなければいけない。落ち着いて作業をする必要がある」
――教育基本法改正論議では、自民党が同法に宗教的教育を入れる提案をしている。
「だれが、何宗を開いたとかいう一般知識を教えることはできるが、宗教心を宗派性なく教えるのは難しい。法律で、人の内面に踏み込むのはいいことではない」
――公明党は、「政治と宗教」の関係で批判を受けてきた。
「宗教団体と政党は、人事、財政、政策で節度ある関係がなくてはならない。創価学会の皆さんに、選挙で大変応援していただいているのは事実だが、それによって(政策などが)ゆがめられたことはない。このことは(国民にも)分かっていただいたのではないか。(立党して間もない)初期のころは(議員が)創価学会の役職を持っていた時期もあったが、今はよく整理されている」
おおた・あきひろ 京大大学院卒。公明党機関紙記者から創価学会青年部長などを歴任し、1993年の衆院選で初当選。党幹事長代行。党憲法調査会座長で、靖国問題を考える党内の国立墓地等検討委員長や現代中国研究会長。衆院東京12区選出。当選4回。59歳。
自民改憲試案:政教分離緩和の方針 一定の宗教活動容認
(毎日 2005/03/07)
自民党新憲法起草委員会(委員長・森喜朗前首相)は6日、4月にまとめる新憲法草案の試案で、現行憲法が定める政教分離を緩和し、社会的儀礼や習俗的行事の範囲であれば国や自治体による一定の宗教活動を認める方針を固めた。特定の宗教に偏らない「一般的な宗教教育」も容認する方向だ。首相の靖国神社参拝や公金からの玉ぐし料支出を新憲法で担保するのが狙い。だが、戦前の「国家神道」の反省に基づく政教分離の線引きが不透明になる可能性があり、中国など近隣諸国や野党から批判が出そうだ。
現行憲法20条3項は「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」と規定。これに対して起草委の「国民の権利と義務に関する小委員会」(船田元委員長)は、政教分離原則を守るとしながらも「国や自治体の宗教的活動は、特定の宗教を援助する目的や効果を持たず、社会儀礼や習俗行事の範囲内であれば許容される」との認識で一致した。認められる宗教活動としては、地鎮祭への関与、玉ぐし料支出、殉職した公務員の葬儀への支出などが挙がっている。起草委は首相の靖国参拝をはじめ、これらを「社会儀礼や習俗行事」と位置づける考えだ。
小委員会の議論では「日本の自然宗教は一種の文化になっている。素朴な伝統行事まで『宗教』と言うのはおかしい」などの意見が続出。党憲法調査会が昨年6月にまとめた論点整理でも見直すべき事項として政教分離規定を挙げていた。
また、宗教教育については党内に「宗教は情操教育などに役立ち、すべてを排除すべきではない」などの意見が強く、「一般的な宗教に関する教育」を認める方針。
しかし、戦前の反省から政治と宗教が再接近することに野党の反発は必至。公明党も首相の靖国参拝に反対しており、他党との調整は難航しそうだ。【松尾良】
自民改憲試案:「参拝は伝統」意見を反映 政教分離緩和
自民党新憲法起草委員会が、新憲法草案試案で現行憲法の政教分離規定を緩和する方針を固めたのは、首相の靖国神社参拝など神式行事が日本の伝統だとする党内世論を反映させたものだ。改憲論議を機に、党内は「日本らしさの復活」のための宗教容認論も強まっているが、なにをもって伝統ととらえるのかがあいまいで、政治による拡大解釈の恐れもはらんでいる。
政教分離をめぐる訴訟での判断基準には、77年の津地鎮祭訴訟最高裁判決で示された「目的・効果基準」がある。目的に宗教的意義があり、効果が宗教への援助や圧迫となる行為を宗教的活動と位置づけたものだ。
政府もこの基準を踏まえ、85年の中曽根康弘首相(当時)の靖国神社公式参拝で官房長官談話を発表。「戦没者の追悼と世界平和への決意」を目的に、「靖国神社を援助しないよう十分配慮する」ことから「社会通念上、宗教的活動に該当しない」との見解を示している。
しかし、86年からは中国などに配慮して公式での参拝は休止状態。小泉純一郎首相も就任以来、公私の区別を明確にせず参拝を続けている。一方、公金からの玉ぐし料支出などを含め、政教分離をめぐる訴訟は後を絶たず、04年には目的・効果基準に照らし小泉首相の靖国参拝は違憲だとした判決(福岡地裁)も出た。
こうした状況に、自民党内は「敗戦によってすべてリセットされ、日本の伝統的行事まで政教分離というのはおかしい」との不満が強い。改憲を機に「社会的儀礼や習俗的行事」を憲法上の宗教的活動から除外し、一連の憲法問題にけりをつけたいとの考えだ。しかし、社会的儀礼と宗教的活動をどう線引きするのかは依然として不透明。厳密な現行の政教分離規定を崩せば解釈の幅がより大きくなり、政治による恣意(しい)的な解釈の危険もはらむ。【宮下正己】
国防の責務明記が多数 表現の自由制限拡大も
(共同 2005/03/03)
自民党新憲法起草委員会は3日午後、党本部で「国民の権利・義務」小委員会(船田元委員長)を開き、「国防の責務」の盛り込みについて賛成論が多数を占めた。4月にまとめる党憲法改正試案に明記する方向で検討する。
「表現の自由」(21条)については「青少年の健全育成に悪影響を与える恐れがある」場合に制限できるとしていたが、「有害情報は青少年に対してだけでない」との意見が出たため、制限の範囲拡大を含めさらに検討する。
「信教の自由」(20条)についても、国による玉ぐし料支出や宮中祭祀(さいし)への関与は認めるべきだとの考えに反対論はなく、「政教分離」原則を緩和する方向となった。
[論点・憲法]政教分離条項 揺れる司法判断 許容か厳格維持か
(読売 2005/05/29朝刊)
◆自民「習俗的なら許容」/民・公は厳格維持
小泉首相が不快感をあらわにした。
今月20日の参院予算委員会。民主党議員が、小泉首相の靖国神社参拝を巡る国家賠償請求訴訟の福岡地裁判決(昨年4月7日)で「違憲」との判断が出たことを持ち出して、参拝の是非をただした時のことだ。
首相は、職務ではなく個人としての参拝であると強調し、こう語った。
「なぜ靖国参拝が憲法違反で、私が被告人になるのか、不思議でしようがない。個人の信条について、他人に憲法違反だと言われるのは理解に苦しむ」
小泉首相の靖国参拝について、その直後の大阪地裁判決は「国の機関としての行為とは認められず、違憲性は判断するまでもない」と指摘した。
■目的・効果
司法の判断が揺れている現実をとらえ、自民党内には、憲法20条3項の「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない」との規定を改正すべきだとの声もある。
福岡地裁の違憲判決が出た翌日の衆院憲法調査会で、杉浦正健氏(自民)は「今の憲法は、首相や閣僚が宗教施設に参拝すること自体を違憲だとはしていない。参拝する行為そのものを宗教行為として禁止しているというのであれば、改正すべきだ」と述べた。
政教分離に関する津地鎮祭訴訟最高裁判決(77年)は「目的・効果基準」を示している。これは、行為の目的に宗教的意義があり、その効果が宗教を援助、圧迫、干渉するような行為を「宗教的活動」と位置づけたものだ。つまり、慣習や社会的儀礼の範囲内の行為と考えられれば政教分離に反しないというわけだ。
自民党新憲法起草委員会の小委員会要綱は、「一定の宗教的活動に国や地方自治体が参加することは、社会的儀礼や習俗的・文化的行事の範囲内であれば、許容される」との形で改正したいとしている。
中曽根元首相の案も、国の禁止行為を「特定の宗教を援助、助長、促進、圧迫、干渉するような宗教的活動」に限定した。儀礼的行事には、首相や閣僚の参加を認めている。
■戦前の反省
一方、民主党では、こうした憲法改正に反対の意見が多い。衆院憲法調査会で辻恵氏は、「戦前のように、国家神道にくみすることが社会と調和することであり、結局のところ信教の自由が奪われていった歴史がある。戦前の反省を踏まえて制度的保障として政教分離原則がうたわれたことの意味を振り返ってみる必要がある。小泉首相の靖国参拝が20条に違反するという議論が出てくるのは、当然のことだ」と指摘した。
民主党憲法提言素案は、「政教分離の原則を厳格に維持する」と明記している。
宗教団体の創価学会を支持母体とする公明党は、憲法20条の改正には否定的だ。小泉首相の靖国参拝についても、「憲法違反の疑義がある。首相は参拝を自粛すべきだ」(神崎代表)と批判的な立場をとっている。
〈靖国参拝訴訟の判決〉
小泉首相は6地裁で提訴されているが、福岡地裁が違憲とした以外は、憲法判断が示されていない。福岡地裁判決も、原告の損害賠償請求自体は棄却しており、傍論として憲法判断に触れているに過ぎない。
過去には、首相の靖国神社参拝を最初に問題にした岩手靖国訴訟で仙台高裁が「明確な宗教的行為」として違憲判決(91年1月)を下したケースや中曽根元首相の公式参拝に対して大阪高裁が92年7月、「違憲の疑い」とした例がある。
《信教の自由と政教分離に関する主な改正案(一部抜粋)と考え方》
| 世界平和研究所の試案 (中曽根元首相案、05.1) |
信教の自由を保障▽国及びその機関は、特定の宗教を援助、助長、促進、圧迫、干渉となるような宗教的活動をしてはならない |
| 鳩山由紀夫民主党元代表の試案 (05.2) |
信教の自由を保障▽地域自治体、国並びにその機関は、特定の宗教のための教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない |
| 自民党新憲法起草委員会小委要綱 (05.4) |
政教分離原則は維持すべきだが、一定の宗教的活動に国や地方自治体が参加することは、社会的儀礼や習俗的・文化的行事の範囲内であれば、許容される |
| 民主党憲法提言素案(05.4) | 信教の自由を確保し、政教分離の原則を厳格に維持する |
| 社民党論点整理(05.3) | 精神的自由は非常に重要だ。政教分離規定は極めて厳格に解されなければならない |
| 衆院憲法調査会報告書(05.4) | 政教分離原則の下で許される国家行為の限界に関し、主に首相の靖国神社参拝問題について議論。合憲、違憲の両論を併記 |
| 参院憲法調査会報告書(05.4) | 政教分離について、緩和すべきだとの意見と厳格に運用すべきだとの意見に分かれる |
■【主張】靖国神社 首相参拝は日本の慣例 戦没者に敬意を払いたい
(産経 2005/05/29)
今年は戦後六十年の節目の年にあたる。また、日本の国連安保理常任理事国入りの問題もある。こうした中、中国は、ことあるごとに、小泉純一郎首相の靖国神社参拝問題を取り上げて激しく批判する事態が続いてきた。小泉内閣は、中国の内政干渉には動じない覚悟と準備が必要である。改めて首相の靖国参拝の意味を考えてみたい。
≪伝統踏まえた政教分離≫
現在、東京や大阪などで小泉首相の靖国参拝に反対する訴訟を起こしているグループは、首相の靖国参拝を憲法違反と決めつけている。いずれも一審判決で、原告側が敗訴している。首相の靖国参拝を違憲としない司法判断が定着したといえる。
唯一、福岡地裁だけが国に損害賠償を求める原告の請求を棄却しながら、主文と関係のない傍論の中で、首相の靖国参拝を違憲とする判断を示した。しかし、傍論には拘束力がない。
日本では、憲法の政教分離規定は政治と宗教の厳格な分離を求めていないとする解釈が、津地鎮祭の最高裁大法廷判決(昭和五十二年)で示され、その判例が踏襲されている。
米国では、大統領が選出されると、その大統領は就任式で、聖書に手を置いて宣誓する。日本でも、歴代首相は毎年一月、伊勢神宮に参拝する。政教分離の原則も、その国の伝統や文化を無視できないからだ。
首相の靖国参拝も、昭和六十年までは慣例として春秋の例大祭などに行われてきた。それが途絶えたのは、昭和六十年八月十五日の中曽根康弘元首相の公式参拝を、中国が批判してからだ。小泉首相は四年前の平成十三年から、靖国参拝を復活させ、中国の内政干渉を受けない以前の状態に戻った。首相は自信を持って、この靖国参拝の慣例を継続させるべきである。
中国は「A級戦犯」が靖国神社に合祀されていることを問題視している。いわゆる「A級戦犯」は、東京裁判で裁かれた被告を指す連合国側の呼称である。日本はサンフランシスコ講和条約で東京裁判の結果を受け入れたにもかかわらず、その「A級戦犯」を合祀している靖国神社に首相が参拝することを中国は許せないらしい。
だが、現在の共産党独裁国家の中国は、東京裁判や講和条約の当事国ではない。しかも、連合国は「A級戦犯」合祀を問題視していない。
講和条約で日本は東京裁判の判決を受け入れたが、それは刑の執行や赦免・減刑などの手続きを引き受けたに過ぎない。「南京大虐殺」など事実認定に誤りの多い東京裁判そのものを受け入れたわけではない。講和条約を論拠に、「A級戦犯」合祀を批判する中国の主張は通用しない。
≪「A級戦犯」分祀は誤り≫
日本の一部政治家に、「A級戦犯」を分祀すべきだとする意見もある。日本の神社では、祭神を残したまま別の社に移す「分霊」はあるが、祭神を取り除いて別の社に移すという意味での「分祀」はあり得ないのである。
靖国神社には、戊辰戦争以降の戦死者ら二百四十六万六千余人の霊がまつられている。「靖国」は「安国」ともいわれ、国の平安を願う意味だ。明治二年の創建時は「東京招魂社」と呼ばれた。「招魂」は日本古来の祖霊信仰に由来し、死者の魂を招きよせる儀式である。
終戦後、靖国神社を国家神道の中心とみなすGHQ(連合国軍総司令部)は、その焼却を計画したとされる。だが、駐日ローマ教皇庁代表だったイエズス会のビッテル神父は「いかなる国家も、その国家のために死んだ人々に対して敬意を払う権利と義務がある」とマッカーサー元帥に進言し、靖国神社は焼失を免れた。
戦死者を慰霊する儀式は、世界各国で行われている。米国では、五月末の戦没将兵記念日や十一月の復員軍人記念日に、大統領や閣僚がワシントン近郊のアーリントン墓地に赴き、戦没者らをたたえる演説を行う。フランスでは、第一次大戦の休戦記念日の十一月十一日と第二次大戦の戦勝記念日の五月八日に、大統領が凱旋門の下の無名戦士の墓に献花する。
日本では、これにあたる重要な儀式が、首相の靖国神社参拝である。靖国神社は昔も今もこれからも、日本の戦没者慰霊の中心施設なのだ。