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日本弁護士連合会編

『国際人権規約と日本の司法・市民の権利― 法廷に活かそう国際人権規約』

(こうち書房・1997年)
T
自由権規約の基礎
22〜67

V 個人申立制度の実現を目指して

last edited 2002/01/22


T    自由権規約の基礎

1 自由権規約とは

A 自由権規約も日本法

 国際人権規約も「日本法」である。「市民的及び政治的権利に関する国際規約」(「国際人権〈自由権〉規約」)は、外国語で書いてあっても(ちなみに、条約の正文は、中国語、英語、仏語、露語、西語)外国の法律ではなく、日本が批准した条約である以上、日本において国内的効力を有するのである。つまり、日本国民は、同規約に定められた権利を享受するのであり、また、日本国の行政府、立法府、司法府は同規約に拘束される。
 しかも、日本国憲法98条2項により、日本が批准した条約は、憲法よりは下であると解するのが一般であるが、法律よりは優位に立つ。つまり、国際人権〈自由権〉規約違反の日本の法律は、日本が批准した条約の違反であるから無効とされ、改正されなければならないのである。
 そして、日本における人権擁護のために、国際人権〈自由権〉規約を、裁判所において活用する実益として、次の2側面を指摘できる。
 第1に、憲法より人権保障に厚い面があることである。活用の実例として次の三つの裁判例等がある。
 東京高裁1993年2月3日判決(法曹会『外国人犯罪裁判判例集』55頁 公刊物未登載)は、刑事裁判において外国人に通訳費用を負担させることは、同規約14条3項(f)違反であるとした(本書X.3.E参照)。同判決以降、多くの裁判所が通訳費用を負担させない運用をするようになったのであり、同判決の刑事弁護実務に与えた影響は極めて大きかったのである。
 また、大阪高裁1994年10月28日判決(判時1513号71頁)は、外国人登録法の指紋押捺拒否者の逮捕に関する国家賠償請求事件を認容するにあたり、同規約7、26条違反の疑いを指摘した(本書X.3.D参照)。
 さらに、徳島地裁1996年3月15日判決(1997.3.31現在刊行物末掲載)は、受刑者と代理人弁護士との接見を30分に制限したことは、同規約14条1項違反であるとした(本書X.3.E参照)。同判決は、同規約が国内裁判所で直接適用され、法律より優位にあることについて、「B規約は、自由権的な基本権を内容とし、当該権利が人類社会のすべての構成員によって享受されるべきであるとの考え方に立脚し、個人を主体として当該権利が保障されるという規定形式を採用しているものであり、このような自由権規定としての性格と規定形式からすれば、これが抽象的・一般的な原則等の宣言にとどまるものとは解されず、したがって、国内法としての直接的効力、しかも法律に優位する効力を有するものというべきである」と判示している。
 このほか、まだ裁判例にはなっていないが、同規約が日本国憲法より人権尊重に厚く活用できる論点は多々ある。各論点については、本書「II 自由権規約の保障する人権」が詳述するところであるが、たとえば、同規約2条1項が人権の「尊重」(respect)だけでなく「確保」(ensure)をも義務づけていること、同規約は「公共の福祉」による制限はできないこと、同規約26条の平等原則はいわゆる社会権においても適用されること等があげられる。
 国際人権〈自由権〉規約を裁判所において活用する実益の第2の側面としては、憲法による保障と重なる人権条項についても、憲法解釈を、国際社会における解釈により補充し、現在の司法による解釈を、あるべき憲法解釈や国際水準に近づけるのに役立つことである。
 日本国憲法は、制定時の国際的な人権水準を反映して制定されたといえるが、その後の政府や裁判所の解釈により空洞化され、本来の人権保障機能を果たしていない面も多い。そこで、国際人権法の解釈を参照し、現在の国際水準を導入することによって、今一度憲法を生きたものにすることができるのである。
 以上のような日本の人権にとっての意味に加えて、国際的な人権保障システムに、日本(の司法)が積極的に参加することの、国際社会への意味も大きいことも看過してはならない。

B 自由権規約の構造

 国際人権〈自由権〉規約は、6部構成となっており、大別して権利規定とその実施規定からなる。
 すなわち、1部は「人民の自決の権利」を定め、2部は「人権実現の義務」や両性の同等の権利、権利制限の事由等を定め、3部が具体的権利章典、4部が実施措置、5、6部が改正手続等となっている。
 3部の権利規定としては、生命に対する権利(6条)、拷問・奴隷等の禁止(7条、8条)、身体の自由(9条)、移動の自由(12条)、公正な裁判を受ける権利(14条)、プライバシーに対する権利(17条)、思想・宗教の自由(18条)、表現の自由(19条)、集会・結社の自由 21条、22条)、家族の保護(23条)、子どもの権利(24条)、政治的権利(25条)、法の下の平等(26条)、少数者の権利 (27条)などがある。
 規約4部は、国際的実施機関として18名の委員からなる国際人権〈自由権〉規約委員会(Human Rights Committee)を設置(28条)している(この委員会は、国連人権委員会〔Commission on Human Rights〕とは異なる。単に「規約人権委員会」ということもある)。また、締約国からの定期的報告(40条)、締約国対締約国の苦情申立(41条)等の実施措置を定めている。
 国際人権〈自由権〉規約委員会の委員は、各国政府の推薦を受け、国連における会合において締約国によって選任されるが、政府代表ではなく、個人の資格で職務を遂行する(28条以下)。任期は4年。京都大学の安藤仁介教授が現委員の1人である。

C 自由権規約の執行

(1)締約国による執行

 国際人権〈自由権〉規約の締約国(日本は、1979年に締約国となった)は、同規約を国内的に実施する条約上の義務を負う。つまり、締約国は、その立法府、行政府(地方自治体を含む)、司法府において、実施しなければならない。
 前述したように、日本において、同規約は裁判所における直接適用性があり、同規約の実体規定は、(原則として)裁判規範としての効力を有している。

(2)報告制度(定期報告書)

 人権保障の実施は締約国の国内機関によるところが大きいとはいえ、それのみでは不十分であるとの認識から、いくつかの国際的実施の手段が設定されている。このような手段をとおして、締約国における同規約の実施は、国際的に監視ないしコントロールされるのである。
 国際人権〈自由権〉規約40条は、締約国が国際人権〈自由権〉規約委員会に定期的に、同規約の実施状況についての報告書を提出することを求めている。同委員会は、公開の会議において、同報告書について締約国の代表と討議をしたうえで、その国の人権状況に関するコメントを採択し、そのなかで必要に応じ提言や勧告をおこなって、人権状況の改善をうながすのである。
 日本政府は、1982年に第1回、1988年に第2回、1993年に第3回の報告書を提出している。この報告書については、日弁連や多数のNGOからカウンターレポートが提出された。

(3)苦情申立

 国際人権〈自由権〉規約41条は、締約国が他の締約国の人権状況について苦情申立をすることができる旨規定している。もっとも、この苦情申立は、国家間申立制度であり、同条の申立を認める宣言をしている締約国のみが対象となるものであり(約40カ国が同宣言をしているが、日本はしていない)、政治的配慮がはたらくためか、ほとんど機能していない。

(4)第1選択議定書

 自由権規約の本体とは別に、個人の救済申立制度を提供する「第1選択議定書」がある(日本は、自由権規約の締約国であるが、第1選択議定書には未加盟)。
 締約国がこの第1選択議定書を批准した場合は、その国の管轄下にある個人(国籍を問わない)は、同規約上の権利を侵害されたとき、直接、国際人権〈自由権〉規約委員会に対して、救済の申立(通報とも呼ばれる)をすることができる。
 同委員会は、申立人及び当事国から出された書面による意見を非公開の会合で検討し、「見解(view)」(日本語でも「ビュー」と呼ぶことが多い)を発する。この見解を収録した「精選決定集」が2集出版されており(第1集は1977年7月から1982年7月まで、第2実は1982年10月から1988年4月までの見解例を収録)、日本語にも翻訳されている(『国際人権規約先例集』第1集1988年・第2集1995年 東信堂)。
 第1選択議定書やこの「見解」の効力等の問題点については、本書「V 個人申立制度の実現をめざして」において詳述する。
 国際人権〈自由権〉規約委員会は、日本政府に対し、1993年11月4日採択のコメント中「提言と勧告」において、この選択議定書を批准するよう勧告している。


   自由権規約の解釈

A 条約解釈の方法の特質

 日本の国内裁判所が国際人権〈自由権〉規約を解釈適用する際、裁判所は、国際法上、日本の国会が制定した法律を解釈するときとは異なった解釈方法をとらねばならない。
 この解釈方法の違いのうち重要な点を指摘すると、第1に、条約の解釈方法については、国際慣習法や条約法条約による重要な原則があり、日本の国内裁判所もその原則に従う国際法上の義務があることである。
 第2に(第1と関連するが)、日本の国内裁判所は、国際人権〈自由権〉規約の解釈について、国際人権〈自由権〉規約委員会の判断結果である「見解(view)」や「一般的意見(general comment)」における解釈を、尊重しなければならないことである。
 なお、日本の裁判所が国際人権〈自由権〉規約を解釈適用する場合、日本国が批准したのは、日本語訳ではなく同規約の正文(英語、仏語、中国語、露語、西語。〔規約53条〕)であるから、解釈適用されるのも、日本語訳ではなくあくまでも「正文」である(山口地裁昭和61年(わ)第130号事件における薬師寺公夫証人〔立命館大学法学部教授〕証言)。
 つまり、規約本文や規約の文言に疑義が生じた場合は、規約の正文にたちかえってその意味を確認することが必要なのである。
 日本における条約批准の慣行としては、正文が日本語でない場合、政府により日本語訳が準備され、条約の批准・公布までは仮訳、批准・公布後は公定訳と称せられ、六法全書にも日本語訳のみが掲載されることが多い。しかし、訳文はあくまで訳文にすぎず、場合によっては訳文が変更されることもある。
 たとえば、1949年ジュネーブ条約67条の「the said power」の公定訳であった「抑留国」は、シベリア抑留訴訟に関連して訳語として不適当であるとの指摘があり、閣議は1986年9月、公定訳を「当該国」と訂正した(奥原敏雄「1949年ジュネーブ第三条約と捕虜の財源条項」『日本法学』59巻2号295頁、1993年)。

B 条約法条約

 国際法上、条約を解釈する際に、踏まえなければならない原則がある。
 このような原則を集大成したのが、条約法に関するウィーン条約である。同条約は、1969年にウィーンで採択され、1980年1月27日に効力が発生し、日本について1981年8月1日発効した。六法全書にも掲載されていて、「条約法条約」とか「ウィーン条約」と略称される。

(1)条約法条約の適用性

 条約法条約は、国際人権〈自由権〉規約発効後に発効したものであり原則として遡及効はないが、条約法条約は条約の解釈に関する長年にわたる国際慣習法をまとめたものである。
 したがって、日本の裁判所は、国際人権〈自由権〉規約を解釈適用する際、条約法条約27条(国内法と条約の遵守)、31条(解釈に関する一般的な規則)、32条(解釈の補足的な手段)等に従って、規約の解釈適用をしなければならない。
 このように国際人権〈自由権〉規約の解釈適用の際に条約法条約に従うべきことについては、判例も明示しているところである。
 たとえば、大阪高裁1994年10月28日判決(判時1513号71頁)は、「(ウィーン条約)は1980年1月27日に発効しており、遡及効を持たないためそれ以前に発効したB規約には形式的には適用がないが、同条約の内容はそれ以前からの国際慣習法を規定しているという意味においても指針になるものと解される」と判示し、また、徳島地裁1996年3月15日判決は、「条約の解釈については、昭和56年8月1日発効の条約法に関するウィーン条約が存するところ、同条約は遡及効を持たないためそれ以前に発効していたB規約に直接の適用がないが、それが国際慣習法として形成適用されてきた条約法の諸原則を成文化したものであることを考えると、B規約の解釈に際してもー定の指針となり得るものというべきである」と判示している。
 そして、前記大阪高裁判決は、上記引用部分に続けて、具体的に適用される条約法条約の条文を次のように指摘している。すなわち、「そして、同条約27条では、条約の不履行を正当化する根拠として国内法を援用できないことが、31条1項では条約の一般的解釈原則につき、文脈により、かつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈すべきことが、32
条では、文言が曖昧であったり、31条に則った解釈によると明らかに常識に反した又は不合理な結果がもたらされる場合には、解釈の補足的な手段に依拠することができることがそれぞれ規定されている。よって、わが国の裁判所がB規約を解釈適用する場合、右解釈原則にしたがってその権利の範囲を確定することが必要である」。
 なお、国際人権〈自由権〉規約委員会やヨーロッパ人権裁判所が、同条約を適用していることも、上記解釈にそったものである。すなわち、同委員会は、アルバ一タユニオン対カナダ事件(Alberta Union v.Canada l18/1982)において、同委員会が同規約を解釈する際に、条約法条約上の一般的解釈原理に従うことを明確に確認した(ノバック:Manfred Nowak[マンフレット・ノバック]“U.N.Covenant on Civil and Political Rights CCPR Commentary**”;]]TTT頁)。
 また、ヨーロッパ人権裁判所は、1975年(ゴールダー判決)以降、ヨーロッパ人権条約の解釈について条約法条約の直接適用を認めている。たとえば、同裁判所1978年11月28日判決(同裁判所判決葉シリーズA第29巻)は、「条約6条3項(e)号の解釈にあたっては、当裁判所は、政府及び委員会と同じく、1969年5月23日の条約法に関するウィーン条約の31条ないし33条によるものである(1975年2月21日のゴールダー判決・シリーズA、18巻14頁、29項参照)。したがって、当裁判所は、本件から生じる論点について判断を下すために、『文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして』、6条3項(e)号の『用語の通常の意味』を確定しようとすることになる(ウィーン条約31項1項)」と判示した。

(2)条約法条約27条−一国内法と条約の遵守

 条約法条約27条は、「当事国は、条約の不履行を正当化する根拠として自国の国内法を援用することができない」と明示する。
 したがって、日本は、日本国内の法律を理由にしてはもちろん、日本国憲法に相当する条項がないことを理由として、国際人権〈自由権〉規約が保障する権利を否定することはできないのである。

(3)条約法条約31条1項―解釈に関する一般的な規則

 条約法条約31条1項は、「条約は、文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈するものとする」と定める。
 すなわち、まず、日本の裁判所は、国際人権〈白由権〉規約を、「誠実に(in good faith)」解釈しなければならない。日本国憲法98条2項も、条約及び国際慣習法を「誠実に」遵守すべきことを求めている。
 したがって、「自由権規約の解釈においても窓意的・演繹的な解釈や専ら国内的事情のみを優先した解釈は、誠実な解釈を求める憲法及び国際法の趣旨に一致しない。規約の解釈においても国際竹なルールに則った解釈を追究する必要がある」(北村泰三『国際人権と刑事拘禁』73頁 日本評論社)のである。
 そして、日本の裁判所は、国際人権〈自由権〉規約を、「文脈によりその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い」解釈しなければならない。これは、文言解釈あるいは文理主義と称せられる原則である。
 つまり、「条約の文言は、明らかに不合理な結果や条約の他の部分と整合性を有しない結果を来したり、締約国の意とするところを明らかに逸脱する場合を除いては、普通の意味に解釈されなければならない。ウィーン条約によれば、締約国の意図は条文自体から汲み取らなければならず、又、普通の意味は条約の趣旨・目的に照らして決定されなければならない。B規約の趣旨・目的は第2条に述べられている通りである。すなわち、国家権力が個人の政治的・市民的権利に対して干渉することを防ぎ、また第三者の干渉に対しては国家権力をして防御させ、個人の政治的・市民的権利を保護することある。もし普通の意味について疑問があるときは、この趣旨・目的、すなわち国家に対する個人の保護という目的が解釈の指針となるのであり、したがって、規約は個人にとって有利に広く解釈されなければならない」(シルビア・ブラウン・浜野「市民的及び政治的権利に関する国際規約の解釈」『立命館国際研究』4巻2号、154
頁)。

(4)条約法条約32条―解釈の補足的手段

 条約法条約32条は、次のように規定する。
「前条の規定の適用により得られた意味を確認するため又は次の場合における意味を決定するため、解釈の補足的な手段、特に条約の準備作業及び条約の締結の際の事情に依拠することができる。
 (a)前条の規定による解釈によつては意味があいまい又は不明確である場合
 (b)前条の規定による解釈により明らかに常識に反した又は不合理な結果がもたらされる場合」
 ここで、「解釈の補足的な手段」としては、国際法の伝統的解釈として、「条約の準備作業段階の事情(条文をめぐる討議の記録等)、条約に基づく判例法、及び判例法が不十分な場合は、同種の他の条約文は類似の条項に関する判例法が含まれる」(シルビア・ブラウン・浜野 前掲論文155頁)のである。同種の他の条約としては、子どもの権利条約、女性差別撤廃条約、人種差別撤廃条約等が含まれる。

C 規約人権委員会の一般的意見・見解

 国際人権〈自由権〉規約委員会は、同規約44条4項に基づき、同規約当事国全体にあてた「一般的意見(general comment)」を採択してきた。この一般的意見は、同委員会が、報告審査や個人申立(通報)審査の経験に基づいて作成するものである(現在までに25の一般的意見が採択された。本書X.5に、日本語訳を掲載している)。一般的意見は、同規約の「有権的解釈」というべきものである(ノバック ]]W頁)。
 また、同委員会は、同規約第1選択議定書5条4項に基づき、個人申立(通報)を審査した結果として、「見解(view)」を発している。この見解は、同規約についての同委員会による「判例法としての価値を有する」(北村 前掲書68頁。シルビア・ブラウン・浜野 前掲論文155頁参照)。
 同委員会は、一般的意見24において、同委員会が同規約の解釈権限を有することについて、次のように述べている。
 すなわち、「締約国は、権利の留保により、報告を提出せず、委員会による審査を受けないとすることはできない。規約に基づく委員会の役割は、40条に基づくと選択議定書に基づくとを問わず、必然的に規約の規定の解釈及び解釈論の発展を伴うものである。したがって、委員会が規約の規定の要件を解釈する権限を否認する留保もまた、この条約の趣旨及び目的に反している」(のでそのような留保は許されない)というのである(一般的意見24・11項)。
 日本の裁判所は、国際人権〈自由権〉規約を解釈適用する際に、条約法条約31条3項(a)の「解釈に関する条約締結後の当事国の合意」として(北村 前掲書76頁参照)、あるいは、条約法条約32条の補足的手段である条約に基づく判例法として(シルビア・ブラウン・浜野 前掲書155員参照)、同委員会の一般的意見及び見解を尊重すべきである。
 この点について、前記大阪高裁判決は、「『一般的意見』や『見解』がB規約の解釈の補足手段として依拠すべきものと解される」と明示したうえで(つまり、条約法条約32条に従って)、国際人権〈自由権〉規約7条の「品位を傷つける取扱い」の解釈にあたって、一般的意見及び見解を参照した。

   ヨーロッパ人権裁判所等の先例

   国際人権<自由権>規約の特定の条項の解釈に関し,条約法に関するウィーン条約(昭和56(1981)年7月20日・条約第16号。以下,「条約法条約」と表記)31条3項(c)「関連規則」として(北村泰三『国際人権と刑事拘禁』77頁),あるいは,条約法条約32条の補足的手段である同種の他の条約又は類似の条項に関する判例法として(シルビア・ブラウン・浜野「市民的及び政治的権利に関する国際規約の解釈」『立命館国際研究』4巻2号155頁),ヨーロッパ人権条約の関係条文とそれについてのヨーロッパ人権裁判所の判例が参照されるべきである。
   徳島地裁1996年3月15日判決は,ヨーロッパ人権条約について,条約法条約31条3項(c)「関連規則」と見られるとして,解釈の際に「一定の比重を有する」と判示した。
   すなわち,同判決は,「しかるところ,B規約草案を参考にして作成されたヨーロッパ人権条約がB規約14条1項に相当する6条1項で保障している公正な裁判を受ける権利は,受刑者が民事裁判を起こすために弁護士と面接する権利をも含むものと解されており,ヨーロッパ人権裁判所において,右面接に刑務官は立ち会うことができないとの判断が下されており」,これは条約法条約31条の当事国の間の関係において適用される国際法の関連規則として,「ヨーロッパ人権条約の加盟国がB規約加盟国の一部にすぎないなどの限界を有し,直ちにB規約14条1項においても全く同一の解釈が妥当するとまでは断定できないとしても,B規約14条1項の解釈に際して一定の比重を有することは認められよう」と判示したのである。
   また,大阪高裁1994年10月28日判決(判例時報1513号71頁)は,「ヨーロッパ人権条約等の同種の国際規約の内容及びこれに関する判例もB規約解釈の補足的手段としてよいものと解される」として(つまり,条約法条約32条に従って),国際人権〈自由権〉規約7条の「品位を傷つける取扱い」の解釈にあたって,ヨーロッパ人権委員会やヨーロッパ人権裁判所の判例を参照した。


3 規約の国内法的効力

A 問題の所在

 国際人権〈自由権〉規約が日本の国内法として効力を有するかどうか(国内法的効力)、日本の裁判所において裁判規範として扱われるかどうか(直接適用性、自動執行力等)、の問題である。
 この問題については、いずれも肯定に解するのが通説である。裁判所においても、明示的に肯定説を述べる例が出てきている。
 ところが、日本政府は、当初は肯定説を述べていたが、近時否定説を主張をすることがあり、その際、「自動執行力」がないとの主張をすることがある。自動執行力とは、国際法の概念で、条約の国内的効力を考える際に、「自動執行力」(自力執行性、白働執行力、セルフ・エクセキューテング等ともいう)を持つ条項だけが国内において適用されるという議論であり、そうするといかなる条項が自動執行力を持つか問題となる。
 しかし、日本においては、自由権規約の実体的条項については「自動執行力」を肯定し、裁判規範となり直接適用可能と解するのが通説であり、裁判例もそれを明示している。

B 日本政府の見解

 日本政府は、当初規約人権委員会に対して、自由権規約の国内的効力(及び自動執行力)を、肯定する見解を明確に述べていた。
 規約人権委員会が日本政府第1回報告書の審査をした際、富川政府代表は、次のように答弁し、自由権規約は、日本法の一部であり、裁判規範となり、かつ、法律に優位するので、自由権規約に合致しない国内法は無効とされるか改正されなければならないと明言したのである。
 すなわち、「日本では条約は通常の国内法に変型されるのではない。しかし、実務において、条約はずっと以前から、日本の法制の一部を構成すると解されてきており、それに相応する効力を与えられてきた。換言すると、行政と司法当局は、条約の規定を遵守し、その遵守を保障してきたのである。条約は国内法より高い地位を占めると解されている。このことは、裁判所により条約に合致しないと判断された国内法は、無効とされるか改正されなければならないことを意味する」(「日本政府報告書に対する国連人権専門委員会の検討記録(仮訳)」『部落解放研究』29号86頁[1982年]、北村 前掲書21、85頁参照)というのである。
 ところが、日本政府は第3回報告書審査においては、次のように、国の作為と不作為とを区分し、不作為については救済されないという意味で「自動執行性」がないという議論を展開した。
 すなわち、「日本の裁判所においてB規約は適用される可能性はあります。しかしながら、個人はB規約上の権利を有してはいるが、各締約国が規約の第2条の趣旨に従って立法措置等を行い、国の国内法上の義務を明確化するまでは、国に対して、国の保護を与えていないとしてB規約のみを根拠として不作為を具体的に問題とすることができない、と解しております。日本政府は、今述べたとおり、個人がB規約のみを根拠として国の不作為を具体的に問題とすることはできないということから、B規約には自力執行力はないと訴訟において主張しておりますが、これは国がB規約に違反するような一定の作為を行った場合に、その作為が規約違反であることを個人が主張することとは別の問題であると考えています」というのである(日弁連『世界に問われた日本の人権』130頁 こうち書房[1994年])。
 そして、具体的訴訟事件においても、日本政府は、自由権規約には自動執行力がないと主張して国内的効力を争うことがある(たとえば、接見妨害に閲する国賠請求事件において国側は「規約14条はいわゆる自動自力執行的な条項ではなく、自由権の範疇に属する権利の具体的範囲については法律で明確化されるべきものである」と主張した〔福岡高判1994年2月21日・判タ874号154頁に国側主張として掲載〕)。
 しかし、裁判所は、自由権規約の国内的効力を明示的に肯定している。

C 裁判例

 裁判所は、自由権規約の国内的効力を明示的に肯定して、権利救済をしている。
 たとえば、外国人の刑事事件通訳費用負担に関し、東京高裁1993年2月3日(法曹会『外国人犯罪裁判判例集』57頁参照)は、「通訳の援助を受ける権利は、わが国内において自力執行力を有するものと解される国際人権規約によって初めて成文上の根拠を持つに至ったものであって、これまでのわが国内法の知らないことである」と判示している。
 また、指紋押捺拒否に関する国臍請求事件である大阪高裁1994年10月28日判決(判時1513号86頁)は、自由権規約は「その内容に鑑みると、原則として自力執行的性格を有し、国内での直接適用が可能であると解せられるから、B規約に抵触する国内法はその効力を否定されることになる」と判示した。
 さらに、受刑者との接見妨害に関する国賠請求事件である徳島地裁1996年3月15日判決は、「B規約は、自由権的な基本権を内容とし、当該権利が人類社会のすべての構成員によって享受されるべきであるとの考え方に立脚し、個人を主体として当該権利が保障されるという規定形式を採用しているものであり、このような自由権規定としての性格と規定形式からすれば、これが抽象的・一般的な原則等の宣言にとどまるものとは解されず、したがって、国内法としての直接的効力、しかも法律に優位する効力を有するものというべきである」と判示した。

【参考文献】
1.阿部浩己・今井直『テキストブック国際人権法』(国内的効力について、28頁以下)日本評論社 1996年
2.北村泰三『国際人権と刑事拘禁』(自動執行力等について、18〜23頁他)日本評論社 1996年


4 規約の水平的効力と国内法廷での活用

A 問題の所在


 国際人権〈自由権〉規約に掲げられる諸権利は、基本的に国家による人権の侵害の防止と救済とを目的としている。しかしながら規約が保護の対象とする人権は、しばしば私人によっても侵害される。人種・性別・信条などを理由とする就職差別や入居差別、私人による拷問や虐待などの行為は、それがそのまま放置されるのであれば個人の人権は究極的な保障を受けることはできない。逆に、差別などの人権侵害は、むしろ私人間で頻発する。とりわけ、国家権力とは直接関係しない、企業や団体などの社会的権力から、相対的に無力な個人の権利を保護する必要性は、現代社会でますます高まっている。
 こうした問題は、憲法の基本的人権の保障においては、従来、私人間効力という名の下に議論されてきた。私人間の私法的請求において、公法とされる憲法がどのような効力を持つかという問題である。しかしながら、国際人権〈自由権〉規約をはじめとする国際人権条約は、直接には条約の締約国に義務を負わせるものである。そのため、国際人権条約が私人間の人権侵害をも射程とする場合、その人権侵害は、国際法上、締約国の私人間での権利保障義務違反として問題とされることになる。同時に、そのような私人間での人権侵害は、国内においては、国家の個人に対する作為義務違反、ならびに私人間での私法的請求における私人間効力の問題を生ぜしめる。
 そこで、以下、締約国の私人間での権利保障義務とその違反の効果(国際法的側面)、そして国家の作為義務違反の効果と私法的請求における私人間効力の問題(国内法的側面)について述べる。

B 締約国の私人間での権利保障義務とその違反の効果
(国際法的側面)


(1)国際人権条約による締約国の私人間での権利保障義務

 国際人権条約の中には、私人間における人権侵害を含めて、国家に人権の保障義務を負わせている場合がある。たとえば、人種差別撤廃条約は、締約国に「事情により必要なときは立法を含むあらゆる適当な手段により、すべての個人、集団又は団体による人種差別を禁止し、終わらせる」義務(2条(d))を課している。また、女性差別撤廃条約は締約国に、「個人、団体又は企業による女性に対する差別を撤廃するためのすべての適当な措置をとる」義務(2条(e))や「あらゆる形態の女性の亮員及び女性の売春からの搾取を禁止するすべての適当な措置(立法を含む)をとる」義務(6条)などを課している。
 このように、本来国家の個人に対する権利侵害を規制する国際人権条約の条項を、私人間での権利侵害にまで及ぼすことは、条約の水平的効力(horizontal effects)あるいは第三者効力(third party effects)と呼ばれている。水平とは、国家と個人との関係を垂直とした場合の対の概念である。これらの呼称は、ドイツにおいて、本来、憲法の私人間効力を指すものとして用いられていたものであるが、後に述べる私人間の私法的請求権においてだけではなく、私人間において何らかの措置をとる締約国の条約上の義務としても用いられている。また、全面的効力(all-around effects)または絶対的効力(absolute effects)と呼ばれることもある。

(2)国際人権〈自由権〉規約における人権条項の水平的効力

 規約によってその履行の法的義務を負うのは、あくまでも締約国であり、私人に法的義務が課されているわけではない。規約の前文第5文は個人の他人や社会に対する責任を謳っているが、それは単に権利の濫用を禁止するための記載であると考えられている(ノバック 3頁)。
 他方で、締約国の義務は、「権利侵害に対する効果的な救済を保障するために行動する義務」(2条3項(a)参照)であるが、その中には、行為を自制する消極的義務と必要な行為を行う積極的な義務があるとされる。そして、その積極的義務の中には、私人間での人権を保障する義務、いいかえれば水平的効力が含まれると考えられている(ノバック ]XV頁)。具体的な条項に即して考察してみよう。

 a 生命に対する権利(6条1項)
 同条は、生命に対する権利を法によって保障すべきことを締約国に義務づけているが、そこで規制される生命への侵害行為は、私人によるものも含むと考えられている。
 法による保障とは、私法や行政法によるものもあるが、刑罰法規による最小限の保障が必要であると考えられている(ノバック 106頁)。
 さらに規約人権委員会は、一般的意見6において、「この権利の保護は、締約国が積極的措置をとることを要求している。この関係で、委員会は、締約国が幼児死亡率の減少や平均寿命の向上のためにあらゆる可能な措置を、とりわけ栄養不良と伝染病の根絶において、とることが要求されると考えている」(5項)と述べている。

 b 拷問、残虐・非人道的・品位を傷つける取扱いや刑罰の禁止(7条)
 規約人権委員会は、一般的意見20において「7条によって禁止された行為に対し、それが公的資格、公的資格外、あるいは私的な資格で行動する人々によって侵されようと、必要とされる立法その他の方法を通じて、何人に対しても、保護を与えることは締約国の責任である。」(2項。一般的意見7・2項も同旨)と述べている。この点は、禁止の効果を徹底する反面、拷問等の行為に何らかの公的色彩を要求する拷問禁止条約(1条1項)と異なるところである。
 この権利の効果的救済としては、一般的意見20において「7条で禁止された行為に対する救済申立を行う権利は、国内法により認められなければならない。申立は速やかに、かつ、効果的な救済を行う権限のある機関によって公平に調査されなければならない」(14項)と述べられている。

 c 奴隷制度・奴隷取引の禁止(8条)
 奴隷制度や奴隷取引は、その大半が私人間でなされてきたことから、同条は私人間を含めた禁止措置をとることを締約国に義務づけていると考えられている(ノバック 145頁)。

 d 個人の安全保障に対する権利(9条1項)
 この権利は、締約国に対し、私人によるものも含めて個人の安全に対する侵害や脅威に対し積極的な措置をとる義務を課していると考えられている(ノバック 162頁)。
 規約人権委員会は、その政治的行動により何者かから死の威嚇や物理的攻撃を受けていたコロンビア人教師の個人申立に対し、「締約国は彼らを保護するために合理的かつ適切な措置をとる義務がある。締約国がその管轄内にあるが拘禁されていない個人の安全に対する脅威を無視することが許されるという9条の解釈は、規約の保障を完全に効果のないものとしてしまうだろう」との判断を行っている(Delgado Paez v.Colombia195/1985)。

 e 債務のための拘禁の禁止(11条)
 同条の禁止は本来国家による拘禁を禁止するものであるが、債権者による債務者の身体的自由の制限を防止する措置をとる責任を国家に課している(ノバック 196頁)。

 f プライバシーの権利(17条2項)
 企業による大規模な情報収集が行われている今日、個人のプライバシーは、国家のみならず私人による侵害の危機にさらされている。そして、同条は、私人による侵害に対しても法的保護を与えるべき義務を締約国に課していると考えられている(ノバック 289頁)。
 規約人権委員会は、一般的意見16において、「委員会の見解では、このような干渉及び攻撃が政府当局によるものであろうと、自然人又は法人によるものであろうと、この権利はあらゆる干渉及び攻撃から保護されなければならない。本条によって締約国に課せられた義務により、締約国は、この権利の保障のため、並びに、このような干渉及び攻撃の禁止を実施するための立法的及びその他の手段を採用しなければならない」(1項)、「締約国は、17条に違反する干渉を自ら行わない義務を負うとともに、自然人又は法人によるこのような行為を禁止する法制度を整える義務を負う」(9項)と述べている。

 g 意見、表現・情報の自由(19条)
 同条は私人によるものを含むあらゆる干渉から意見、表現・情報の自由を保護すべきことを締約国に義務づけている(ノバック 340、344頁)。その帰結として締約国は、過度のメディアの集中などを排除する義務を負う。
 規約人権委員会は、90%の株式を政府が保有する放送会社についてであるが、その会社の役員による放送内容の検閲は同条2項に違反するとの見解を表明している(Hertzberg v.Finland,61/1979)。また同委員会は、一般的意見10において「たとえば、近代のマスメディアの発展によって、3項で想定されていないような方法で表現の自由に対する万人の権利に干渉するようなメディアの支配を防止するためには効果的な措置が必要であるという事実にはあまり注意が払われてこなかった」(2項)と述べて、メディアからの個人の自由の保護のために効果的措置をとる義務に言及している。

 h 戦争宣伝及び憎悪唱導の禁止(20条)
 同条は、明白に水平的効果を意図した条文であり、締約国は、公的宣伝だけでなく、私人や半国家的メディアによる戦争宣伝や憎悪唱導をも、法律によって禁止することが義務づけられている。

 i 集会の自由(21条)・結社の自由(22条)
 21条は、平和的な集会の自由を保障しているが、その実効的保障のためには警察や他の私人からの挑発や暴力から保護される必要があり、その意味で、締約国に対し、平和的な集会を国家のみならず私人の干渉からも保護するために積極的な措置をとる義務を課している。とりわけ社会的少数者による示威行動に対して、国家は警察を通じて保養すべき義務がある(ノバック 376頁)。
 同様に22条は、締約国に対し、結社やその活動を私人による干渉から保護すべき義務を課している(ノバック 387頁)。この権利が、個人の結社への加入を強制されない自由や所属する組織を選択する自由をも含むことを考えれば、社会的に強制力・支配力を持つ団体から個人の自由を保著すべき必要性は高い。

 j 結婚・家族の保護(23条)・子どもの保護(24条)
 23条は、人権保護のために私法下での結婚・家族という基本的権利を保障する。そして、締約国は、その私法制度のもとで結婚・家族という私人間の権利義務を確立し、それらを国家のみならず私人の干渉から保護する義務を負う(ノバック 402頁)。
 24条は、締約国に対し、差別なく子どもの保護のために必要な措置をとること(1項)、すなわち、国家のみならず両親も含む私人から子どもを保護するための措置を取るべきことを義務づけている(ノバック 424貞)。規約人権委員会は、一般的意見17において、「それ以上に、両親や家族がその義務を甚だしく怠り、虐待し、または遺棄している場合には、国家は、親の権限を制限するために介入すべきであるし、また、子どもは状況により必要とされる場合にはその家族から引き離されるべきである」(6項)と述べている。

 k 法の前の平等と差別に対する保護(26条)
 同条の差別禁止の本来の重要性は、個人を私人による差別から、法律によって効果的に保護することにある。私人による差別への国家の介入義務をどの程度まで認めるかについては、起草過程において多くの議論が存在した。それは、私人による差別が、個人のパーティーへの招待などプライバシーに含まれるような私的な嗜好から、雇用・学校・交通手段・ホテル・レストラン・劇場・公園・海水浴場など準公的な施設における差別まで、多様な段階を持つからである。そして、同条のもとで、締約国はそのような準公的施設における差別を停止し、防止するために立法その他の手段による保障を行う義務を負う(ノバック 478頁)。規約人権委員会は、一般的意見18において、「委員会は、公的機関、地域社会、私人又は私的団体のいずれによるものであるとを問わず、現実の差別という問題が残っているかどうかを知りたいと望むものである」(9項)、「平等の原則によって、締約国が、規約で禁止する差別を永続化し、又はこれを助長するような状況を減少又は根絶するため、積極的な差別是正措置を採らなければならない場合があることを指摘したい」(10項)と述べている。

 l 少数者の保護(27条)
 同条は、少数者としての権利を否定されないことを述べるだけで、法による保護(protection of the law)や国家による保護(protection by the State)などの国家による積極的な保護を義務づける文言はない。しかし、少数者としての権利は、国家に対してと同様に、しばしば社会の多数者や他の少数グループに対しても保護されるべき必要性のあることが指摘されてきた(ノバック 502頁)。そして、規約人権委員会は、その一般的意見23において、以下のように述べて同条の水平的効力を肯定するにいたっている。「27条では否定表現が用いられているが、同条は、『権利』の存在を認め、この権利が否定されないことを要求している。したがって、締約国は、この権利の存在及び行使が否定又は侵害されないよう保護することを確保する義務を負う。このため、立法、司法又は行政のいずれの当局によるかを問わず、締約国白身の行為に対してだけではなく、締約国内の他の者の行為に対しても、積極的な保護措置が必要とされる」(6項1)。

(3)締約国の私人間での権利保障義務に違反する場合の効果

 国際人権〈自由権〉規約は、以上に述べたような個人の権利を私人間においても保障し、締約国にその権利を効果的に救済すべき義務を課している(2条1項)。それゆえ、締約国がそのような私人間で保障すべき義務を怠れば、この規約の条約上の義務に違反することになる。

 a 規約における義務違反の効果
 具体的には先ず、締約国は定期報告制度(40条)のもとで、私人間での権利保障のためにとった措置を規約人権委員会に報告しなければならないし、規約人権委員会は、締約国についてそうした点の報告を求め、審査に基づくコメントを発することができる。
 たとえば、日本の政府報告を審査した1993年の規約人権委員会において、プラド・ヴァレホ要員(エクアドル)は、その質問において、「議長、在日朝鮮・韓国人市民の差別に関する私の懸念は、日本政府代表団が韓国を訪問した際に合意された内容にもかかわらず、労働、雇用の可能性、その他の種類の取扱いにおける差別が依然として存在しています。このような状況は改善されるべきであり、長期間存在してきた差別が完全に消失するのを確保するための措置を講じなければなりません」と述べて、在日朝鮮・韓国人に対する私人の差別に対し懸念を表明している(日弁連『世界に問われた日本の人権』89頁192項 こうち書房[1994年])。
 また、こうした審査の結果、規約人権委員会は、日本の政府報告に対するコメントにおいて、「10.さらに、当委員会は、雇用における報酬に関し、日本では、女性に対する差別的慣行が存続しているようであることについて懸念を表明するものであり、また、事実上の差別問題がより広範に存続していることに留意するものである。当委員会は、これらの慣行を禁止するために日本政府当局が法的措置を講じてきたこと、また機会均等を促進するための包括的なプログラムが存在するとの事実を認めるものである。しかし、日本においては、法律の制定と社会の一定のセクターの実際の行動との間に、ある種のギャップが存在すると思料される。当委員会は、労働組合活動家に対する差別の訴えに関する解決の手続が非常に長期化されていることに留意するものである」(日弁連 前掲書244頁)として、女性に対する私的差別の存在を指摘している。
 また、実際にはほとんど利用されていないが、私人間での権利保障義務違反は、締約国間の申立(41条)の対象ともなる。

 b 選択議定書における義務違反の効果
 さらに、第1選択議定書のもとで、個人は、規約で認められた私人間での権利保障義務の違反について、締約国を相手に申立を行うことができる。もちろん、私人間での権利侵害を理由に直ちに私人を相手とした申立ができるわけでなく、それが締約国の義務違反と評価できる場合にはじめて締約国を相手方とする申立が可能となる。そうした締約国の義務の内容については、条項の中で具体的に課されたものを除き、その義務を履行するためにどのような手続的保障をとるかについて一定の裁量が存在することが指摘されている(ノバック 665頁)。他方で、締約国がそのような手続的保障を作り出した以上、その平等的適用については26条の保障が及ぶ(同)。このような個人申立制度のもとで、私人による権利侵害について規約人権委員会が判断した事件には以下のようなものがある。
・Delgado v.Colombia,195/1985
 上記の個人の安全保障に対する権利(9条1項)参照。要員会は、コロンビア政府が申立人を保護し、安全保障に対する権利を保障する措置をとらなかったとして、9条違反を認めた。
・Santullo v.Urguay,9/1977
 申立人は、軍政の時期に拷問を受けたが、実行行為者を特定できなかった。委員会は、公的捜査において申立人の身体の安全性への権利を保障することをしなかったとして、2条及び7条違反を認めた。
・Herrera Rubio v.Columbia,191/1983
 ゲリラの疑いをかけられた者の両親が失踪し、殺された後、政府が調査をしたが軍の関与を否定した事件で、委員会は、その調査は2条の権利を保障する義務に照らして不適当なものだったと判断した。
・Rafael Mojicav.Dominican Republic,449/1991
 軍部から死の脅迫を受けた後に失踪した組合活動家の事件において、委員会は、失踪は6条の生命への権利や9条の安全保障への権利に関わり、締約国は失踪を防止すべき義務があるところ、それを怠った点について規約違反を認めた。

C 国家の作為義務違反の効果と私法的請求における
  私人間効力の問題(国内法的側面)


 以上において検討してきたのは、締約国、具体的には日本政府が、私人間における権利保障について、どのような条約上の義務を対外的に負うかという問題である。これに対して、以下において検討するのは、日本の国内裁判所において、個人が私人間における権利侵害について、どのように規約を活用することができるかという問題である。そのような活用方法としては、日本政府に対する規約上の作為義務違反に関する責任追及と私人間での私法的請求における規約の私人間効力の主張とが考えられる。

(1) 日本政府に対する規約上の作為義務違反に関する責任追及

 a 日本政府に対する責任追及の手段
 前述したように、日本政府は、国際人権〈自由権〉規約のいくつかの権利について、それを私人間においても保障するために積極的な措置をとる義務を負っている。そこで、日本政府がそのような積極的な措置をとることを怠っている場合、被害を受けた個人が、日本政府を相手に規約上の義務違反を追及することが考えられる。日本政府に対する個人の責任追及の方法としては、行政事件争訟と国家賠償請求とがある。このうち、行政事件争訟は、国内法のもとで実際になされた行政行為や国内法によって権限を与えられた行政行為の不行使の違法性を争うものであるから、規約は行政行為の違法性の解釈における有力な根拠となると考えられる。さらに、国内法とは独立に規約上の作為義務違反を問題とする場合、もっともありうるのは国家賠償法による責任追及であろう。
 日本政府は、規約人権委員会に対する第3固定期報告において、国内法規における規約違反を争う方法として、「国民が法律、規則、処分等が憲法の基本的人権の規定又はB規約に反することを主張する場面の具体例として、例えば、国又は地方公共団体の行為によって自己の権利を侵害された者が、国等を被告として損害賠償請求訴訟を提起したり、行政処分の取消訴訟又は無効確認訴訟を提起して、上記のように主張する場合が挙げられる」(日弁連『問われる日本の人権』320頁 こうち書房[1993年]と述べている。

 b 国家賠償法における作為義務違反の責任
 国家賠償法1条は、公務員がその職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えた場合に損害賠償責任を認めている。同条1項にいう違法とは、厳密な法規違反のみを指すのではなく、当該行為(不作為を含む)が法律、慣習、条理ないし健全な社会通念等に照らし、客観的に正当性を欠くことを包含する(東京地判1976年5月31日・判時843号67頁、東京高判1970年8月1日・判時600号32頁)。それゆえ、条約上の作為義務違反は、その条約の厳密な国内法的効力にかかわらず、国家賠償法上の違法原因となりうる。
 規約が締約国に義務づける積極的な措置は、日本国内において、立法措置をとるべきなのに取らない場合(立法の不作為)と、行政が法律等によって与えられた規制権限を行使すべきなのにしない場合(行政の不作為)とがある。また、行政の不作為には、行政が規制権限を行使して国民の安全等を守るべきところこれを怠る場合(危険防止責任)と、相当の期間内に一定の事務処理行為をなすべき義務があるところこれを怠る場合との、二つの主要な場合があるが、規約上の作為義務違反は、前者の類型に該当するであろう。

 c 立法の不作為
 そもそも国家賠償法の対象となりうるかが争われてきた。この点については、在宅投票制度廃止国賠訴訟で国会の不作為が違法と評価されることを認めた下級審判決(札幌地裁小樽支判1974年12月9日・判時762号8頁、札幌高判1978年5月24日・判時888号26頁)を覆し、最高裁は、「国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係での法的義務を負うものではないというべきであって、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法1条1項の規定の適用上、違法の評価を受けないものといわなければならない」(最判1985年11月21日・民集39巻7号1512頁)として、事実上立法不作為による国家賠償の可能性を否定している。この最高裁判決に対しては、「違憲立法国家賠償死刑判決」であるとして学説の批判が強い(阿部泰隆他『判例コンメンタール 国家賠償法』49頁 三省堂)。立法不作為と規約上の義務違反に関する判断はまだないが、立法不作為による個人の権利侵害について国家膳償法による救済の余地をそもそも認めないとすれば、それは、規約2条3項が締約国に義務づける効果的救済を否定することとなるし、いくつかの規約上の権利においては法律による保障が締約国に義務づけられており、規約上の締約国の義務に違反することになるであろう。きらに、立法不作為を国家臍償法から除外することは、先に引用した政府報告の立場とも矛盾することとなる。

 d 行政の不作為(危険防止責任)
 従来は、反射的利益論(不作為に行政法規違反があったとしても個人の利益は反射的なものにすぎず、個人が救済を求めることはできない)や行政裁量論(行政の裁量行為については違法を問う余地はない)により国家賠償法の適用を否定する判決もあったが、反射的利益論は今日すでに克服され、行政裁量論も、裁量収縮論や直截に行政の義務懈怠を問うことによって、国家賠償法が適用される余地を認めている(阿部他 前掲書42頁)。そして、行政の不作為(危険防止責任)は、スモン訴訟、クロロキン訴訟、カネミ訴訟などにおいて認められてきた。これまで行政の不作為責任が認められてきた例は、被害者の身体や財産に物理的な損害が生じた場合が多いが、規約上の権利侵害と質的に異なるものではないであろう。
 なお、規約上の作為義務(積極的な措置をとる義務)の中には、その措置の選択について締約国の裁量を前提としたものがある。国家賠償請求において、規約上の義務違皮を問題とする場合には、そのような締約国に認められた裁量の限界を検討する必要がある。

(2)私人間での私法的請求における規約の私人間効力の主張

 a 国際人権条約の私人間効力
 国際人権〈自由権〉規約の私人間効力をめぐる考察において、参考となると思われるのは、その保障内容や構造を同じくするヨーロッパ人権条約である。ただし、すでに指摘した規約の条文上から読みとることのできる締約国の積極的措置義務としての水平的効力の多くが、ヨーロッパ人権条約において条文の形式上直接に言及されておらず、解釈によって導かれていることが多い。
 ヨーロッパ人権条約においては、私人間効力の理論はドイツの憲法理論にならって、条約の第三者効力(third party effect)あるいは水平的効力(horizontal effect)として論じられている。そして、一般にヨーロッパ人権条約は、締約国が国内において条約を私人間に適用するように解釈をすることは禁止されていないと考えられている。問題は、締約国が条約に私人間効力を与えるように義務づけられているか、いいかえれば、「侵害に対する効果的救済」(13条)を行う締約国の義務に私人間効力を与えることも含まれるかという点である。このような締約国の義務は一般的に認められるにはいたっていない。それゆえ、国内において条約を私人間に適用するか否かは、各締約国の実践に委ねられている。
 国際法・国内法二分説の立場にたって条約の国内法的効力それ自体を認めない法域(英国など)や、国際人権条約に自動執行力がないなどの理由で国内法的効力を否定する法域においては理論上その私人間効力も問題とはならない。しかしその場合でも国際人権条約を私人間に関する国内法の解釈指針として利用するなどの可能性は残る。
 他方で、日本のように条約に国内法的効力を認めている場合には、国内の私人間の私法関係に条約の効力を及ぼす余地が生ずる。
 ヨーロッパ人権条約においては、ベルギー、キプロス、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ポルトガル及びスペインなどにおいて、国内裁判所において私人間効力(第三者効力又は水平的効力)が認められているようである。
 国際人権〈自由権〉規約においても、締約国が国内において条約を私人間に適用するように解釈することは決して禁止されるものではないであろう。その反面「侵害に対する効果的救済」(2条3項)を行う締約国の義務として、規約に私人間効力を与えるように解釈する義務があるかは問題である。そして、現在の運用として、国内において規約を私人間に適用するか否かは、各締約国の実践に委ねられていると思われる。

 b 日本における規約の私人間効力
 条約の国内法的効力が一般に認められ、憲法の人権規定について、直接・間接の別はともかく私人間効力が肯定されているわが国においては、憲法の人権規定に類似した国際人権〈自由権〉規約に私人間効力を認めること自体にそれほどの障害があるとは思われない。
 私人間効力を及ぼすための法理論については、憲法の私人間への適用について、長年学説で検討され、また、国内での判例も蓄積されてきたところである。この点に関する議論を簡単に紹介すれば、憲法の一定の重要な人権規定が私法関係においても直接適用されるとする直接適用説に対して、通説・判例は、憲法の人権保障を民法90条の公序良俗規定のような私法の一般ないし概括条項の内容に取り込むことを媒介にして間接的に適用する間接適用説の立場に立つ。間接適用説に対しては、私的自治の原則を尊重しながら人権規定の効力拡張を満たすことができるとの評価がある一方、公序などの概括条項の解釈は安定せず厳格に解釈すれば無効力説に近くなってしまうとの批判も強い。また、直接と間接との区別の重要性を認めず、具体的私法関係にできる限り憲法の人権保障の趣旨を及ぼそうとする憲法効力説、米国の判例理論に基づき国家の関与の程度や私人の持つ公的機能により憲法の適用を認める国家同視説なども有力に主張されている。
 国際人権〈自由権〉規約の私人間効力についても、基本的には同様の理論が適用可能であると思われる。しかし、判例・通説のとる間接適用説に立つ場合は、国際人権〈自由権〉規約の内容を、「公序」「不法行為」などの概括規定の内容にどれだけ取り込むことができるか、それがあまりに制限される場合、間接適用説という判例の立場が規約上の「効果的な救済」を行う締約国の義務に違反してくるのではないか、という新たな問題が生じてくる可能性がある。
 本書X.3.8に掲載した入居差別裁判は、私人間でのアパートへの入居拒否について規約の差別禁止条項の適用が主張された事案であるが、判決においては規約違反の点についての判断は加えられていない。
 すでに述べたように国際人権〈自由権〉規約は、多くの権利において私人間での実施を想定しているのであるから、今後、契約関係、不法行為あるいは身分関係をめぐる事件において個人の人権にかかわるような侵害行為がある場合、規約の条項や解釈理論の活用される余地があるであろう。

【参考文献】
1.ノバック:Manfred Nowak“U・N・Covenanton Civil and Political Rights CCPR Commentary”(N.P.Engel)(英文)1993年
2.Andrew Z.Drzemczewski,European Human Rights Convention in Domestic Law,Clarendon Press(1983):Chapter 8 Convention Rights and Obligations Between Individuals.
3.阿部泰隆他『判例コンメンタール 国家賠償法』三省堂 1988年



5 憲法と人権規約との関係

A 憲法と条約


 人権規約も条約であるから、宗法との関係を論ずるに当っては憲法と条約の関係が問題となる。周知のように憲法98条1項は憲法の最高法規性を定めるが、憲法の条項に反する法律等の効力につき規定する同条は条約との関係につき明文を欠き、一方98条2項は「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」旨規定し、さらに最高裁判所の違憲審査権を定める憲法81条も条約をその審査の対象とするかについては明文を欠いている。
 このことから、憲法と条約の優劣関係については様々な考え方があり、学説も(a)条約優位説、(b)憲法優位説、(c)折衷説、に三分されている。政府見解は、(i)条約の中には国際自然法ともいうべき確立された国際法規を明文化したもの―たとえば外交官の治外法権―があり、これについては憲法がその法秩序の前提として受け入れており、憲法に優先する、(ii)一方、二国間の政治的、経済的な条約、これについては憲法が優先する、(iii)降伏文書あるいは平和条約のような一国の安否にかかわる問題に関する条約については条約が優先する、とするものである(第33回国会(参)予算委員会政府委員答弁 山内一夫他編『国会の憲法論議』ぎょうせい)。
 一方最高裁判所の判決としては、砂川上告審判決(最大判1959年12月16日・刑集13巻13号3225頁)が憲法優位説の立場から引用されることが多いが、同判決は、条約は「主権国としてのわが国の存立の基礎に極めて重大な関係をもつ高度の改治性を有する」として、「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外」としているため、事実上条約を司法審査の範囲外とすることで条約優位説と変わらない結論を導くことになる。
 なお条約自体ではなく、条約を具体的に施行するための法律等に対しては違憲審査権が及び、この法律のみを違憲無効とすることで、憲法と条約の矛盾を解決しようとする説がある。この方が上記砂川判決よりも広範な違憲審査権を認めており、妥当性があると主張されている。
 ところで国際法の側からみると、わが国もすでに批准しているウィーン条約法条約27条は、「当事国は、条約の不履行を正当化する根拠として自国の国内法を援用することはできない」との規定を有し、ここでいう国内法には当然憲法も含まれており、またこの条項は国際慣習法を成文化した規定と解されているので、憲法98条2項にいう確立された国際法規としてわが国をも拘束している。

B 人権規約の条約としての性質

 講学上、条約はいわゆる契約条約と立法条約に分けられているが、人権規約は国連総会がコンセンサスによって採択し、国際社会全体に関連する目的をもつ,一般的国際規範を確認ないし長期にわたって確立することを期するものであるから、立法条約であり、一般多数国家間条約であって、すべての国をその参加により拘束する性質のものである。

C 人権規約と憲法98条2項にいう「確立された国際法規」の関係

 上記のような人権規約の条約としての性質に鑑み、人権規約が、わが国が批准した条約というだけでなく、確立された国際法規といえるかについては憲法上での人権規約の地位を検討するうえで重要である。
 まず「確立された国際法規」とは何かについては、2説あり、その1は「一般に承認され、実施されても1る成文、不文の国際法規」であって、その中にはわが国の批准していない条約であってもこれに含まれると解する。その2は「一般に承認され、実施されている国際慣習法をいう」と解しており、成文法規である条約が除外されるかに思われる。しかしながら条約の中には、国際慣習法を確認し又はその存在を宣言するものも含まれるので、必ずしも成文か不文かで区別する実益はない。
 ところで、人権規約も成文条約であるが、当然その中には国際慣習法としてその存在を宣言、確認するものが含まれると考えられ、これらについては、前記の憲法と条約の優劣に関する政府見解のような見解に立てば憲法の前提として、憲法規定に優先する効力を与えられることになる。また、当初は国際慣習法でなかったものが、慣習法化することも認められる。そこで人権規約が全体として確立した国際法規、すなわち国際慣習法といえるかが一応問題となる。しかし人権規約の成立過程等からみて、人権規約全体につきその成立時にすでに国際慣習法となっていたとすることは困難である。むしろ、当初は国際慣習法とはなっていなかったが、条約の成立以来「国際法の一般体系に入り込むに至り、現在では法的信念により、そういうものとして受け入れられ、その結果条約の当事国になっておらず、また当事国にならない国々に対しても拘束力をもつに至った」という可能性につき検討してみる必要があろう。しかしながら、現在人権規約には134カ国という広範な批准国が存在するものの、未だに批准していない安保理常任理事国があり、留保を付して批准した国はわが国を含め相当数にのぼることを考慮すれば、これまた全体としての国際慣習法化の認定は困難であろう。
 それでは個別規定についてはどうであろうか。これについては、人権規約4条の義務免脱禁止条項が参考になるとされているので、6条(生命の権利)、7条(拷問等の禁止)、8条1項及び2項(奴隷の禁止)、11条(債務による拘禁の禁止)、15条(遡及処罰の禁止等)、18条(思想・良心、宗教の自由)については国際慣習人権法と認められる可能性がある。また、米国の「国際慣習人権法lと題する第3リスティトメント§702では、以上の他「長期の恣意的拘禁」、「制度的人種差別」、「国際的に認められた人権の継続的な形態の重大な侵害」をあげている。
 なお規約人権委員会が、その解釈として留保が認められないものとしてあげるその他の条項、9条(恣意的拘禁の禁止)及び27条(少数民族の保護)(一般的意見24・8項)についても同様であろう。その他についてどのような規定が国際慣習人権法と認定できるかは、今後検討を要する課題である。なお世界人権宣言については、全体として国際慣習法となったという説があることを付加しておく。

D 憲法と人権規約の抵触可能性一具体例を中心として

(1)「公共の福祉」と人権規約

 わが国の憲法と人権規約の関係については、第2回政府報告書の審査以来、国際人権〈自由権〉規約委員会委員の間でたびたび取り上げられたが、特に人権制限の原理として憲法に規定される「公共の福祉」と人権規約の各条ごとに規定されている個別的制限事由の関係が問題とされているので、まずこの点を取り上げる。
 わが国の憲法上、財産権に関する29条のようにその内容が「法律」に委ねられたり、教育を受ける権利に関する26条のようにその実現方法が「法律」に依ることになっていたりするものはあるが、この場合の「法律」は基本的人権制限事由というよりも、その内容や実現方法に関するものであり、他の基本的人権についても程度の差こそあれ、その内容や実現方法は「法律」に依らざるをえないものであるから、権利制限事由と解することはできない。したがって日本国憲法にあっては、人権の制限事由としては「公共の福祉」のみということになる。
 一方、人権規約にあっては、具体的な自由権及び参政権を規定するにあたり、各条文毎に個別に制限規定を置いている。参政権を定める25条にあっては「不合理な制限なしに」権利を行使しうるとして、合理的制限には服させることか可能であることを示す。裁判の公開を定める14条1項では、非公開の審理を認める理由として「民主社会の道徳、公の秩序、当事者の私生活の利益のため必要」等の要件を具体的に示しているし、信教の自由のうち宗教又は信念を表明する自由(18条3項)については、「法律で定める制限であって、公共の安全、公の秩序、公衆の健康若しくは道徳又は他者の基本的な権利及び自由を保護するために必要なもの」との制限には服すると規定する。このような規定の仕方は他にも、移動の自由及び居住の自由を定める12条、私生活等に対する不法な干渉をうけない権利を保障する17条、表現等の自由を定める19条、集会の自由等に関する21条、結社等の自由を認める22条にも共通して見られるとおりである。
 したがって「公共の福祉」と人権規約各条項毎の制限事由が矛盾する場合があることは当然考えられるところであるが、政府報告書の審査(第2回)に当っての政府関係者の説明によると、「公共の福祉」は「人権相互間の矛盾・衝突を調整するための実質的公平原則」として厳格に解釈・適用されており、人権を不当に制限するものではないと回答している。しかし、周知のごとく実際の裁判例においては、この抽象的かつ曖昧な概念が憲法上の基本的人権を制限するために、便宜的にかつ安易に用いられているのが実情である。
 ところで人権規約5条は、「この規約において認められる権利若しくは自由を‥‥・・この規約に定める制限の範囲を超えて制限すること」はできない旨規定している。したがって、憲法上の制限事由である「公共の福祉」を規約に持ち込んで、規約上の権利を制限することは許されない。憲法の保障範囲が「公共の福祉」により狭く制限されているからといって、規約上の権利を規約の定める制限事由を超えて狭く制限することはできない。仮に規約によって憲法の保障範囲より広範な人権保障をすることが、「公共の福祉」により禁止されていると解されるような例外的場合を想定するなら別であるが、通常そのような場合は想定しがたい。したがってかかる例外的場合を除いては、規約の保障範囲が広いからといって抵触の問題が生じることはない。

(2)憲法14条の合理的差別の基準と規約2条、26条の平等条項

 第3回日本政府報告書の審査にあたって取り上げ、委員会の勧告と提言に取り上げられたものに、嫡出子と非嫡出子の間の相続割合の不平等の問題がある。委員会はこれを出生による差別であり、規約2条、26条に違反するとしたのに対して、同じ問題につき、過日出された最高裁判所の決定によると、嫡出子、非嫡出子間の相続分の法律上の差異は「合理的差別」に当り憲法14条には違反しないとされた(最大決1995年7月5日・民集49巻7号1789頁)。ここでは、法の下の平等を保障した憲法と人権規約の解釈において、対立、抵触する立場が取られている。

 a 憲法14条の適用にあたっては、最高裁判所は「憲法14条1項は、国民に対して絶対的平等を保障したものではなく、差別すべき合理的理由なくして差別することを禁止している趣旨と解すべきであるから、事柄の性質に即応して合理的と認められる差別的取り扱いをすること」は憲法14条に違反しないとして、いわゆる合理的差別の理論を適用している。また、その範囲についても、憲法14条の摘示する、人種、信条、性別、社会的身分、門地によるものと、それ以外の理由によるものとを区別せず、14条の摘示は例示にすぎないとして、解釈上、指示された理由に基づく差別につき特段の配慮をしていない。
 もっともこの点については、学説上の対立があり、憲法14条に掲げられた事項に限り差別的取り扱いをする立法を一切できないとするものがある。

 b 一方、人権規約にあっては、2条及び26条に平等の規定を有する。2条は規約に定める権利の尊重・確保に限定されているが、規約26条はそのような権利の範囲についての限定はないと解されている。また規約2条及び26条に列挙されている事由のうち、規約4条の緊急事態下にあっても許されないものとして、人種、皮膚の色、性、言語、宗教又は社会的出身のみを理由とする差別を禁じているため、これらの理由のみによって差別を受けない権利は絶対的権利ともいうべきものとなっている。
 ところで「差別」とは何かについては、人種差別撤廃条約1条、女性差別撤廃条約1条等の定義が規約人権委員会の一般的意見18で参照され、差別とは「人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、出生又は他の地位などあらゆる理由に基づく、あらゆる区別、排除、制限又は優先であって、すべての人が平等の立場であらゆる人権と自由とを認識し、享有し又は行使することを無効にし、又は害する目的又は効果を有するものを意味すると理解されるべき」ものとしている。このような観点から差別是正のための政府の行動、措置は、それが必要である限り差別に該当せずとし、また基準が合理的であり、かつ客観的である場合であって、かつ規約の下で正当な目的を達成するという目的で行われた場合には、処遇の差異は必ずしも「差別」を構成するわけではないというのが、前記一般的意見で表明された委員会の見解である。

 c 以上のとおり、憲法14条の列挙する事由と規約2条、26条の列挙する事由はかなりの部分重なりあっているが、最高裁判所の解釈では列挙された事由は例示であって、絶対的平等を保障したものではなく、合理的理由があれば列挙した事由に基づく差別も許されるとするのに対して、規約では「人種、皮膚の色、性、言語、宗教又は社会的出身」のみによる差別は絶対的に禁止されていることから、規約2条、26条に列挙された事由の中にも区別があること、「差別」についての一定の定義がされており、合理的かつ客観的基準に基づく別異の取り扱いを「差別」ではないと解釈する余地を残しながらも、わが国の裁判所の「合理的基準」適用について何が合理的なのかの基準がないと指摘される状況に比べると、はるかに厳格な立場を委員会の規約の解釈はとっており、これが非嫡出子の相続分に関する判断の対立となって表われていると思われる。なおヨーロッパ人権裁判所の判例(たとえばMarckxケース・シリーズA.31巻参照)も、非嫡出子の相続分の法律上の差異を出生による差別と判断する点では、規約人権委員会と同様である。

 d しかし、これは同趣旨の規定である憲法14条と規約2条、26条についての解釈上の対立に過ぎず、憲法と規約そのものとの矛盾・抵触ではない。
 日本政府はその第3回政府報告書の中で、憲法の保障する人権と規約上の人権について「両者に文言の差異はあってもその内容には差異は無い」とし、裁判所の判決の中にもそのような趣旨を述べるものもある。しかしながら、これらは、規約の解釈が後に述べるようにウィーン条約法条約の規定する解釈方法により、かつその文言の解釈にあたって自律的に、すなわち国内法の概念を当てはめて解してはならないとする原則を無視するものであって、正当でない。今後は規約の解釈が正当な方法により深められていくにしたがい、特に最高裁判所の解釈する憲法上の人権の解釈と、国際人権〈自由権〉規約委員会が国際性の解釈原理に基づいて解釈した人権規約による場合のそれとが対立・抵触する可能性は増えてくるであろう。

(3)その他抵触の可能性のある条項

 規約自体の文言と憲法上の明文が、明らかに抵触すると見られる条項も存在する。例としては、規約20条の戦争宣伝の禁止や人種的宗教的憎悪の唱導の禁止と憲法21条の表現の自由等があげられる(もっとも、これに対しては規約5条2項により抵触しないという見解も示されている)。

(4)抵触可能性の分析

 人権に関する憲法内容と条約内容の関係については、一応、次の四つの場合が考えられる。
 第1は、憲法と条約でその解釈も含めて全く一致する場合。
 第2は、憲法よりも条約の方が人権保障の内容が広かったり、具体的に詳細であったりする場合。
 第3は、憲法の方が保障内容が広かったり(例としては規約19条3項と憲法21条の関係があげられるが必ずしもはっきりしない)、具体的に詳細であったりする場合。
 第4は、憲法と条約が矛盾する場合(例としては規約20条や人種差別撤廃条約4条と憲法21条)。
 憲法と条約の関係について、条約優位説をとるならばともかく、その他の立場をとるならば、前述のとおり国際法の一般原則は、憲法を含む国内法を理由として条約上の義務不履行の抗弁とすることはできないのであるから、第1の場合は特に問題ないとしても、第2、第3、第4の場合は、検討を要する。

 a まず第2の場合であるが、これはたとえば、法律を制定して憲法よりも広範な人権保障をはかることが通常は可能であるのと同様に考えうるから、規約の広範な人権保障は何ら憲法と矛盾・抵触するものではなく、その有効性に問題はない。この場合は本来の抵触の問題ではない。

 b 第3の場合は、規約5条2項により、憲法の広範な人権保障が優先すべきことが定められており、規約の人権保障の範囲が狭いことを理由に憲法を含む国内法の人権保障を制限することが許されないことは規約の明定するところである。

 c 第4の場合は、本来条約の批准にあたって留保権を行使することで回避できた課題であるが、現在となってはそれもできない。したがってこの問題は極めて解決の困難な問題であるが、憲法解釈の問題としてできうる限り解決する方向で検討する必要があろう。なお国際慣習法とみなされる条項については前述のとおりである。

 d なお現在の制度の下においては、条約違反は法定上告理由となっていないが、条約の適正な解釈とその運用を確保するためには、条約違反を上告理由とする必要性が強調されている。


【参考文献】
☆憲法と条約
1.『注解日本国憲法(下)』有斐閣、『注釈日本国憲法』青林書院、等の他、芦部信喜『憲法講義ノート(T)』有斐閣 1986年、杉原泰雄『憲法T』有斐閣 1989年
2.政府見解、立法経緯に関しては、『逐条 日本国憲法審議録』有斐閣、『国会の憲法論議』ぎょうせい
☆公共の福祉と人権規約
3.安藤仁介「人権制限事由としての『公共の福祉』に関する一考察」『法学論叢』132巻4、5、6号51頁
☆非嫡出子と平等原則
3.日弁連『世界に問われた日本の人権』こうち書房 1994年
☆人権規約と憲法
4.横田耕一『人権の国際的保障をめぐる理論問題』(憲法理論叢書A 159〜174頁)敬文堂
  なお伊藤正己『憲法の研究』127頁以下 有信堂、同「国際人権と裁判所」周際人権1号7〜11頁参照。
☆抵触回避方法
5,斎藤正彰「国法体系における条約の適用」(1)(2)(『北大法学論集』46巻3号201頁、4号245頁)


6 今すぐできる自由権規約の活用

A 国内的実施の活用


(1)国内裁判所での活用

 国際人権規約を活用できる場の第1は、(国内)裁判所である。
 日本では、前述したように、国内裁判所において、自由権規約は直接適用可能である。しかも、その際、規約の解釈は、条約法条約31条等により、国際的解釈によらねばならない。したがって、国際人権〈自由権〉規約委員会の一般的意見や見解、さらにはヨーロッパ人権裁判所の先例等の国際人権法の水準を参照することができる。
 そして、国際人権規約の国内裁判所での活用については、実際に人権救済の実をあげた実践例があるのである。
 今後の課題は、より多くの訴訟事案において、主張立証を工夫し、活用を広げていくことである。

(2)国会・行政・地方自治体への要請・対話

 国際人権規約の国内的実施義務は、司法府だけではなく、立法府、行政府、地方自治体にもある。したがって、国会、行政、地方自治体への要請や対話活動の際に、規約を活用することができる。

(3)弁護士会人権救済申立事案での活用

 弁護士会の人権救済申立事案においても、国際人権規約を援用することができる。

B 国際的実施の活用

(1)規約人権委員会政府報告書審査におけるカウンターレポート


 国際人権〈自由権〉規約委員会は、定期的に締約国の政府報告書を審査する(同規約40条1項)。同委員会は締約国に対し、5年ごとの報告を求めている。そして、同委員会は、この政府報告書の審査の際に、各種非政府組織(NGO)からの報告(カウンターレポートと通称される)をも考慮に入れるのである。
 したがって、国際人権規約に照らして問題のある人権侵害等について、規約委員会あてに、カウンターレポートを提出することは有効である。
 日弁連も、カウンターレポートを提出し、これが審議に活かされた実績を持っている。
 カウンターレポートは、誰でも提出できるものではあるが、委員会に対する重み等を考えると、その内容・形式について工夫をすべきである。
 また、政府報告書の作成にあたって、意見を述べたり、資料を提出することも試みられるべきである(外務省総合外交政策局人権難民課が担当部局である)。
 さらには、過去の審査において、委員会から懸念事項の指摘やさらには勧告がなされており、その実施を政府に対して要請することも必要である。

(2)国連人権委員会への通報等

 国連は、国連憲章68条に基づき、経済社会理事会により人権委員会(国連人権委員会)を設置し、同委員会は、差別防止・少数者保護小委員会(国連人権小委員会)を設置している。
 国連人権委員会は、通例毎年2月頃6週間の会期で、1967年経済社会理事会決議1235に基づく公開審議・調査手続(1235手続)と、1970年の経済社会理事会決議1503に基づく非公開通報審査手続(1503手続)等の手続の審査等をする。これらの手続も、国際人権規約を規範として実施される。もっとも、これらの申立の許容性審査がかなり厳しいものであるが、日本においても活用可能である。
 また、国連人権小委員会は、通例毎年8月にジュネーブで4週間の会期で、1235手続及び1503手続の国連人権委員会の任務を援助して、公開審議や通報の審査をしている。そして、公開審議では、国連憲章71条に基づき経済社会理事会との協議資格をもつNGOは発言をすることができる。日本からも、このようなNGOと連携して、同小委員会の審議に関与することができる。

(3)この他の人権条約機関、国連専門機関の活用

 国際人権〈自由権〉規約委員会のほかにも、人権条約に基づく機関がある。個人からの申立制度をもつ機関もあり、活用が求められる(詳細は、本書W「広がる国際人権」参照)。もちろん、これらの機関に対する働きかけは、それぞれの条約に基づく必要があるが、重畳的に国際人権〈自由権〉規約を参照することができる。国際人権〈社会権〉規約委員会、人種差別撤廃委員会(個人申立制度利用には、締約国の受諾宣言必要)、女性差別撤廃委員会、子どもの権利委員会等がある。また、国連の専門機関である国際労働機構(ILO)への申立制度や、ユネスコの通報手続の活用も考えられる。

(4)国際的NGOとの連携

 国際人権〈自由権〉規約をめぐって、国際的に、また世界各地に、NGOが多数ある。国際人権〈自由権〉規約委員会への働きかけの際にも、これらのNGOとの連携が必要である。また、日本の問題以外についても、これらのNGOと協力することが求められている。


【参考文献】
1.阿部浩己・今井直『テキストブック国際人権法』日本評論社1966年(定期報告書審査やカウンターレポートについて、69頁。国連人権委員会等について、79頁以下。社会権委員会等の委員会について、60頁及び147頁以下。人権NGOについて、223頁以下)
2.日弁連『問われる日本の人権』こうち書房 1993年
3.日弁連『世界に問われた日本の人権』こうち書房 1994年
4.久保田洋『入門国際人権法』信山社 1990年(国連人権委貝会について、54頁以下。社会権委員会等について、83頁以下。国際労働機構について、114頁。ユネスコについて、118頁。NGOのはたらきについて、13頁以下)
5.久保田洋『国際人権保障の実施措置』日本評論社1993年(国連人権委員会について、41頁以下。NGOについて、233頁以下)
6.戸塚悦朗「国際社会における人権活動」宮崎繁樹編『現代国際人権の課題』三省堂 1988年(国連人権委員会への報告活動等により、日本の精神衛生法改正を促進した活動例)


 法学博士。オーストリア連邦行政研究所教授、ルードゲイッヒ・ボルツマン人権研究所所長(ウィーン)。
** 同書を本文中に引用する場合、単にノバックまたは注釈書として、頁数を指示している。


関連サイト

日本弁護士連合会・国際人権ライブラリー・ホームページ

  • 世界人権宣言
  • 市民的及び政治的権利に関する国際規約 (国際人権(自由権)規約)
  • モデル準備書面例
  •  

    徳島地裁1996年3月15日判決

    判決文 (抄)

    解説 (北村泰三・熊本大学法学部教授)

    解説 (日本弁護士連合会・国際人権ライブラリー)

     

    大阪高裁1994年10月28日判決(判例時報1513号71頁)

    解説 (日本弁護士連合会・国際人権ライブラリー)

     


    参考条文

    条約法に関するウィーン条約第31条 解釈に関する一般的な規則
    1 条約は、文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈するものとする。
    2 条約の解釈上、文脈というときは、条約文(前文及び附属書を含む。)のほかに、次のものを含める。
     (a) 条約の締結に関連してすべての当事国の間でされた条約の関係合意
     (b) 条約の締結に関連して当事国の一又は二以上が作成した文書であつてこれらの当事国以外の当事国が条約の関係文書として認めたもの
    3 文脈とともに、次のものを考慮する。
     (a) 条約の解釈又は適用につき当事国の間で後にされた合意
     (b) 条約の適用につき後に生じた慣行であつて、条約の解釈についての当事国の合意を確立するもの
     (c) 当事国の間の関係において適用される国際法の関連規則
    4 用語は、当事国がこれに特別の意味を与えることを意図していたと認められる場合には、当該特別の意味を有する。

    同条約第32条 解釈の補足的な手段
     前条の規定の適用により得られた意味を確認するため又は次の場合における意味を決定するため、解釈の補足的な手段、特に条約の準備作業及び条約の締結の際の事情に依拠することができる。
     (a) 前条の規定による解釈によつては意味があいまい又は不明確である場合
     (b) 前条の規定による解釈により明らかに常識に反した又は不合理な結果がもたらされる場合

    → 条約法に関するウィーン条約全文(熊本大学法学部北村研究室)


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