Trans News > 判例 > その他の重要判例

人種差別撤廃条約の私人間適用

静岡地裁浜松支部平成11(1999)年10月12日判決
(平成10(1998)年(ワ)第332号損害賠償請求事件)
(判例集未登載)

「ジュリスト臨時増刊No.1179 平成11年度重要判例解説」pp.290-292

(カッコ内の西暦は引用者が挿入)

last edited 2002/11/12


 <事実の概要>

 原告が被告(Y1およびY2の二名)の共同経営する宝石店でショーケース内の商品を眺めていたところ、これに不自然さを感じた被告は、原告の出身がブラジルとわかると、退店を求めた。被告は、原告に外国人立ち入り禁止である旨を告げたが、問答が繰り返されると、店の奥の壁に掛けていた「出店荒らしにご用心!」と題するはり紙(浜松中央警察署作成のもの)を外して原告にみせた。その後、原告の夫、通訳、警察官、警備員らも店にあらわれ錯綜した状況になった。被告は原告の求めに応じて謝罪文を書いたが、原告は、素直な謝罪ではなく、原告に早く店から出てもらいたいことから書かれたものであるとして、これを受け入れなかった。

 こうして、本件は、店から追い出そうとした被告の一連の行為がブラジル人である原告に対する人種差別行為であるとして民法七〇九条の不法行為に該当し、また、右のはり紙を突き出した行為は、理由なく窃盗の嫌疑をかけ原告の名誉を毀損あるいは侮辱したものであるとして、損害賠償を請求したものであるが、原告は、人種差別撤廃条約につき、次のような主張をしている。@個人による人種差別も禁止する二条一項(d)にいう「すべての適当な方法」には、条約を私人間で直接適用するように解釈することも含まれる(とくに同条約の国内的実施に関し何らの立法措置も採られていないことも考えれぼ、そうした直接適用が予定されている)こと、また、六条で条約の違反行為に対する救済とくに賠償を求める権利の確保が定められているのは、条約の規定が直接に裁判規範となることを予定していると解されること、以上から、二条一項(d)は私人間にも直接適用され、本件における人種差別行為は同条約違反であり違法なものであって、条約に違反する行為に対する救済措置を規定する六条および民法七〇九条により損害賠償請求権を有する。また、A同条約が私人間に直接適用されるものではないとしても、法律の一般的、抽象的条項の解釈の規準となり、公の秩序(民法九〇条)の内容や、民法七〇九条の権利侵害、違法性の有無も条約の趣旨に合致するように判断されなければならず、被告らの行為は公の秩序に反しあるいは人種差別に関する平等権の侵害として違法なものであり、民法七〇九条により損害賠償請求権を有する。

 <判旨>

 判決は原告の請求を認めたが、その理由の中で、憲法優位説の下で条約に国内的効力を認めた上で、次のように述べている。

 一 人種差別撤廃条約は、「憲法優位の下、わが国においても国内法としての効力を有する」。ただ、わが国は、条約第四条(a)及び(d)の規定の適用に当たり留保をしている。「また、『この条約の実施のためには、新たな立法措置及び予算措置を必要としない』旨の外務省の説明」がある。「このことは、わが国の憲法が、その前文において主権が国民に存する民主主義を人類普遍の原理として採り、また、国際協調主義を標榜しているのみならず、その第三章において、個人の尊厳と生命、自由及び幸福追求の権利、ならびに人種、信条、性別、社会的身分又は門地により差別されないという法の下の平等を謳い、さらには思想良心の自由等の個別の基本的人権を掲げ、これらの基本的人権は侵すことのできない永久の権利であって、国民の不断の努力によって保持しなければならないと規定していることから、これで充分賄えるとして、敢えて立法措置や予算措置を必要としなかったものと考えられる」。

 「しかしながら、人種差別撤廃条約は、……個人や団体の差別行為についての採るべき立法その他の措置を締約国に要求している」。

 「このことは、我が国内において、人種差別撤廃条約の実体規定に該当する人種差別行為があった場合に、もし国または団体に採るべき措置が採られていなかった場合には、同条約第六条に従い、これらの国または団体に対してその不作為を理由として少なくとも損害賠償その他の救済措置を採りうることを意味する」。

 「そしてまた、何らの立法措置を必要としない外務省の見解を前提とすれば、本件のような個人に対する不法行為に基く損害賠償請求の場合には、右条約の実体規定が不法行為の要件の解釈基準として作用するものと考えられる」。

 二 なお、不法行為の成立については、判決は、次のように述べている。一般の顧客として何ら疾しい態度は見受けられない原告を「ブラジル人と知っただけで追い出しをはかった行為は、その考え方において外国人をそれだけで異質なものとして邪険に取り扱うところがあり、その方法についても見せてはいけない張り紙などを示して原告の感情を害したうえ、犯罪捜査に関係する警察官を呼び込むような行為は、あたかも原告をして犯罪予備軍的に取り扱うものとして妥当を欠き、原告の感情を逆なでするものであったといわざるを得ない」。被告Y1は、「外国人入店お断りというビラを見せるとか、警察官を呼ぶとか、不穏当な方法により原告を店から追い出そうとしたことにより原告の人格的名誉を傷つけたものといわざるを得ず」、被告Y2も「外国人入店お断りという張り紙を作成したり、原告をして早く帰って貰おうと心底から出たのではないメモを渡すなどして原告の名誉を著しく傷つけたものとして民法第七〇九条、第七一〇条に基き、原告に対して、その精神的苦痛を慰謝すべき責任があるところ、その額は原告の主張する慰謝料および弁護士費用を併せて金一五〇万円とするのが相当である。

 <解説>

 一 本件は、人種差別撤廃条約の私人間での直接適用を主張し、また、直接適用がなされなくとも、間接適用がなされると主張して行った損害賠償請求につき、裁判所が、これを認めたものである。裁判所は、「原告の感情」や「名誉」、「人格的名誉」を傷つけたものとして民法の不法行為に関する規定により慰謝料等の請求を認めたが、その際、人種差別撤廃条約の「実体規定が不法行為の要件の解釈基準として作用する」ものと判断した点に特徴がある。

 二 従来からも、私人間での人権侵害に対して、条約規定を援用して、請求を提起する例はみられた。

 (1) 条約上の人権保障規定の私人間での適用には、憲法の人権保障規定と同様に、直接適用説と間接適用説とが考えられる。憲法の人権保障規定につき、わが国の通説・判例が基本的に間接適用説を支持することもあってか、条約についても私人間での人権侵害に関して、間接適用にもとづく主張がなされることが少なくない(See, Iwasawa, Y., International Law, Human Rights and Japanese Law, at 89-92 (1998))。たとえば、条約の規定内容を民法九〇条の公序の内容として主張するとか、民法七〇九条の要件と関連させ、違法性や故意、過失の内容として主張するといった場合である(なお、両説が適用法条が異なるだけで私的人権侵害についての実体判断を左右するものではないのかどうかに関して、憲法学上の議論として、参照、中山勲「基本権の第三者効力論再考−−西ドイツ型のアプローチについて」阪大法学一四一=一四二号二七六頁以下〔一九八七年〕)。

 (2) しかし、裁判所は、こうした主張に積極的な対応をみせるとは限らず、援用された条約規定の解釈やその関係国内法の解釈への影響に触れずに判断をすることもある。とくに本件と同様に不法行為にもとづく損害賠償請求がなされた事例において、援用された条約規定の直接適用を明示的に否定するのみならず、間接適用についても実際上否定するかの裁判例もみられている。そこでは、外国人であることを理由とする入居拒否に関して不法行為にもとづく請求を斥けるにあたり、原告は「入居拒否が憲法及び国際人権規約に違反する旨主張するが、憲法一三条、二五条一項、二二条一項、一四条一項の各基本的人権の保障規定は、対公権力関係の規範であって、私人相互間の法律関係に直接適用されるものではない。そして、右各規定の趣旨は、個別的な実体私法の各条項を通じて実現されるべきものである。また、国際人権規約の各規定が国内的効力を有する法源として機能するのは、国ないし地方行政機関がその趣旨に沿った立法行政上の措置をとるべきことを要請する面にとどまり、私人相互間に直接作用するものではないと解される」と判断された(大阪地判平成五・六・一八判時一四六八号一二二、一二九頁)。これは、直接適用を斥けたにとどまるようにもみられる。しかし、裁判所は、入居拒否が「民法九〇条の公序に違反する違法性を有するものとして、不法行為を構成する」とする不法行為にもとづく請求に関して、原告が援用する条約規定(社会権規約二条二項・一一条一項、自由権規約二条一項・一二条一項・二六条)が「公序」違反をめぐる判断に与えうる影響等について何らの検討もすることなく斥けている。以上の点からは、そしてまた、「立法行政上の措置」のみが要請されるとする判示からは、裁判所は援用された規定の不法行為法の解釈・適用の次元における間接適用について考慮しなかったものとみられる(この点、裁判所は、原告がもっぱら憲法および人権規約にもとづき損害賠償を請求したものと理解したのではないかとする指摘がある。河内宏「マンションの賃貸借につき、借主が外国人〔在日韓国人〕であることを理由に入居を拒否したことが、契約準備段階における信義則上の義務に違反し、損害賠償義務を免れないとされた事例」判評四五四号〔判時一五七九号〕四五頁)。

 三 本件では、私人による人種差別を「禁止し、終了させる」ことを明文にもつ条約の規定内容をより積極的に私人間の法律関係に反映させようとする態度がとられた。

 (1) 判決は、原告の直接適用の主張に影響をうけてか、私人による差別に対しても立法その他の措置をとるべきことが条約上求められていること、また、人種差別撤廃条約の批准の際に、特段の立法措置を必要とされなかったことを考慮して「条約の実体規定が不法行為の要件の基準」となりうるとした。しかし、判決のこの議論は、原告の主張するように直接適用を認める趣旨(条約で禁止される行為であれぼ損害賠償請求権が生じる)なのか、それとも、「解釈基準」というのが間接適用を意図しての表現なのかについての明言はなく、不分明なところを残している(判決の条約六条についての言及も、原告の主張と異なり、本件判断についてもつ意味合いについても、また、「団体」に言及することについても、その内容は不明確である)。

 (2) ただ、条約を受け入れるにあたり、何らの立法措置も必要としないということそれ自身は、既存の国内法を通じて、国際法上の義務の履行が充分に可能であるとする判断を意味する場合もあるため、関連条約規定が直接的に適用されることを必ずしも意味するものではない(谷内正太郎「国際法規の国内的実施」、広部和也=田中忠編集代表・山本草二先生還暦記念国際法と国内法−−国際公益の展開一一三−一一七頁〔一九九一年〕参照)。また、とくに、本件条約については、「私人間の私法的法律関係については、憲法一四条一項の趣旨を踏まえて民法の一般条項が解釈されるべきものと考えられ、我が国がこの条約を締結した事実もまた考慮すべき重要な要素になると考えられる。かかる意味において、民法の一般条項も、人種差別行為を一定程度抑止する効果を有することとなるものと考えられる」という指摘が外務省の関係者によりなされている(阿部康次「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」ジュリ一〇八六号七六頁〔一九九六年〕)。さらに、少なくとも、問題とされた行為を条約に禁止されたものであるとする認定を行うことなく、判旨二にみるようにして不法行為の成立を認めたことをも考え合わせれば、判決は、民法上の不法行為の解釈・適用の枠内で、私人による差別行為の禁止の確保の趣旨を受け止めたものと解され、条約規定の私人間への直接適用を想定するものではないといえよう(とはいえ、原告が間接適用として主張する議論に対応する議論を展開しているわけでもない)。

 四 なお、条約規定の私人間での間接適用は、条約上の義務の国内的履行という観点からみる限り、条約上の義務の解釈として私人間の法律関係に影響を与えることが要請されていることを前提としてはじめて、関連国内法の解釈・適用への影響をもたらすものとみられる。上述の大阪地裁判決が、「立法行政上の措置」のみが要請されると述べるにあたり、「国内的効力を有する法源として機能するのは」という表現を用いたことは、もっぱら国内的平面における議論を展開しているようにみえるものの、暗黙裡に条約上の義務の内容についての解釈もなされているように思われる。また、こうした観点からは、本件でいえぼ、条約で私人間において禁止することが求められる行為にあたるかどうかという問題に加え、加害者に対する損害賠償請求を条約が救済として想定し、こうした救済を用意することを国家に義務として課しているかどうかという問題が間接適用の場合にも前提問題として生じ、これに対する判断が求められよう(判決の条約六条についての解釈論の内容は、既述のとおり不明確だが、この趣旨を意図したものか)。さらに、一般的には、条約の国内実施において認められる裁量の幅や「評価の余地」(margin of appreciation)が認められる場合にこれを国内裁判の次元でどのように位置付けるかという問題も生じることになる。ただ、間接適用が広く、国内法の解釈・適用の指針・規準・補強となるという意味合いからは、拘束力のない国際的文書についても想定されうるものとすれば、とくに国内法上の一般条項の解釈・適用などに関しては、判決においてこれらの点についての詳細な議論をどこまで必要とするかは、一つの問題として残されよう。

 <参考文献>
 ナタン・レルナー(斎藤恵彦・村上正直共訳)、人種差別撤廃条約(一九八三年、解放出版社)
 村上正直「人種差別撤廃条約への日本の加入とその問題点」法学セミナー四九六号(一九九六年)
 特集人種差別撤廃条約、時の動き四〇巻三号(一九九六年)
 金東勲「人種差別撤廃条約と国内実施に関する一考察」国際人権七号(一九九六年)

   (高田 映・たかだ あきら 東海大学助教授)


判例へ

topへ