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「性転換」をめぐる若干の法的課題
―埼玉医科大学における性転換手術の実施を機縁として―
澤田省三(志學館大学教授)
(上・判例時報1692号28〜35頁、下・同1693号14〜20頁)
last edited 2001/02/11
(五
外国における立法例(裁判例)素描を追加)
目次
(上・判例時報1692号・28〜35頁)
一 はじめに
二
「性別」の変更をめぐる家事裁判例
三 性転換手術をめぐる刑事裁判例
四
最近実施された「性転換手術」2例について
1
性転換手術実施の経緯について
2
「性同一性障害に関する答申と提言」の要旨と問題点
3
今回実施された性転換手術2例の評価と問題点
(下・判例時報1693号・14〜20頁)
五
外国における立法例(裁判例)素描
1
ドイツ
2
フランス
3
スウェーデン
4
スペイン
5
カナダ
六
わが国における法的課題
1 問題の提起
(略)
2
「性転換」と刑法、母体保護法(優生保護法)
(略)
3
「性転換」と戸籍法
@
名の変更について (略)
A
性別の変更について
B
性転換者の戸籍とプライバシー
4
性転換と民法
七 終わりに
二
「性別」の変更をめぐる家事裁判例
いわゆる「性別」の変更を理由とする戸籍訂正事件は事柄の性質上極めてまれのようであるが筆者が知りえた限りでの事件の概要を紹介してみたい。
@福井家庭裁判所審判・昭和33(1958)・8・21
★事実関係の概要
甲は幼少より「女」として育てられてきたが、生来半陰陽の肉体的性質を有しており、青年期に至り次第に男性的徴候が顕著となってきたので昭和31(1956)年5月以来「女」としての生活様式を改め、「男」として再出発することを決意し、昭和32(1957)年10月10日京都大学付属病院に入院し、昭和33(1958)年3月21日に退院するまでの間、前後6回に亘り外科的手術を行った結果、肉体的にも「男性」としての条件を具備するに至った。このような事実関係のもとで、甲から戸籍訂正(続柄)及び名の変更の許可の審判を求める申立てがなされたものである。
★審判はいずれの申立ても認容した(1)。
本件は「半陰陽」の肉体的素質を有していた者に関する事件である。この「半陰陽」は医学者の説明によれば、胎生期に性分化の途中で過誤が生じ、形態的には男女の区別が困難なことがあり、このような状態を称して「間性」あるいは「半陰陽」と呼ぶものとされている。例えば、精巣と卵巣をともに持つもの、性腺は一つでも内・外性器が性腺の性と逆に分化していたり(半陰陽)、ときには性の判定の困難な場合(間性)もあると説かれている(2)。
しかし、このような生物学的性の分化に関する障害は以前から医学的治療の対象とされ、実際に外科的治療が行われてきたものである。このような生物学的性の異常例は「性同一性障害」には含まれないと解されている。いずれにしても本件審判例は戸籍法第113条により「続柄」の訂正許可の審判をするとともに、戸籍法第107条による「名」の変更事件をも併合して許可の審判をしたものである。
A東京家庭裁判所審判・昭和38(1963)・5・27
★事実関係の概要
事実関係の詳細は不明であるが、本件も前記の@事件と同質的な「男性仮性半陰陽」に属する者に関する事例であり、戸籍法第113条により「続柄」の訂正の許可を求め申し立てられたもののようである。
★審判は「医師A作成の診断書及び医師B作成の診断書によると、申立人丙は、男性仮性半陰陽で、開腹試験の結果は、両側に睾丸を認めうることが明らかである(現在外陰部整形手術中である)。すると、申立人が『女性』であることを前提とする戸籍記載には錯誤があるというべきであるから、戸籍法第113条により主文のとおり審判する」と判示している(3)。
B名古屋家庭裁判所審判・昭和54(1979)・9・27
★事実関係の概要
事件本人Aは、X(申立人)及びその妻Bとの間に、二男として生まれた。ところがAは出生時「男」と診断されたので前記のような届出をしたものであるが、元々いわゆる半陰陽で、長ずるに従い「女性」の特徴が顕著となり、この際、性転換手術をうけて外形的にも『女性』となった、として、XがAの父母との続柄が二男とあるのを長男に訂正することの許可の審判を求めて申し立てたものである。
★審判は以下のように説いて申立てを却下した。「鑑定人○○の鑑定結果によれば、事件本人は染色体検査、骨盤エックス線検査、診断所見によっても本来正常な男性であって、造膣術等一連の性転換術や豊胸術によって外見上女性型を示しているに過ぎない。よって、事件本人は依然男と認めるほかなく、本件申立は前提を欠くことになり、爾余の判断をするまでもなく却下をまぬがれず(4)……」。
C名古屋高等裁判所決定・昭和54(1979)・11・8
★本件は前記B事件の抗告審の決定である。以下のように説いて原審判の結論を維持したものである。「人間の性別は、性染色体によって決定されるべきものであるところ、記録中の鑑定人○○作成の鑑定書によれば、Aの性染色体は正常男性型であるというのであるから、同Aを女と認める余地は全くない。Xの戸籍訂正申立を却下した原審判は、もとより正当である(5)」。
本件も「半陰陽」に属するとされる者に関する事案であるが、原審判・抗告審の決定いずれにも疑問がある。治療行為としての正当性はもちろん、手術により「女性」としての「性」に確定したものとみるべきであろう。また、性の決定基準として「性染色体」の核型のみに固執している点も、生物学的性の決定基準の多様性を是認する立場からは問題があると思われる(6)。
D札幌家庭裁判所小樽支部審判・平成元(1989)・3・30
★事実関係の概要
申立人丙は、昭和63(1988)年1月2日出生し、甲男・乙女夫妻の「二男」として届出がなされたが、丙は、出生当初から鎖肛及び外性器異常により一見して男女とも判定し難い状態にあった。その後、丙は、同年4月25日から○○大学医学部付属病院に入院し、同年5月16日、上記疾患の治療に伴い今後女子として養育すべきであるとの結論から、精巣摘出手術を受けた。そして丙は、今後、膣形成術、女性ホルモン補充療法の施行を受ける予定であり、甲男・乙女夫妻としても丙を女子として養育していく予定である。よって、丙の続柄欄「二男」とあるを「長女」と訂正することの許可審判を求めて申立てたものである。
★審判は以下のように説いて申立てを却下した。「戸籍訂正は、戸籍の記載が当初から不適法又は真実に反する場合等についてなされるものであるところ、上記の事実からみるならば、申立人については、その性染色体、生殖腺、内性器の形態等からみて、そもそも男子として出生したものであることが明らかであり、更に、申立人は、現在、性染色体はもとより、その他においても女性として何らかの身体的特徴を備えている訳ではないことが認められる。そうであれば、申立人について、戸籍上の性別を男から女に訂正すべき余地はないものといわざるをえず、本件申立ては理由がないものというべきである(7)」。
E札幌高等裁判所決定・平成3(1991)・3・1
★本件は前記D事件の抗告審の決定である。原審判を取り消して、戸籍訂正を許可したものである。以下のように説いている。「抗告人は、性分化の過程で異常を生じ、性染色体は男性型のXYで、精巣を有するけれども、外性器は尿道海綿体が欠如する男女中間型のいわゆる男性仮性半陰陽であったものと認められる。抗告人の診察を担当した前記○○医師は、抗告人の性染色体はXYの男性型であるけれども、外性器異常を伴う抗告人については@抗告人が尿道海綿体を欠如しているため、外性器を男性型に形成することは極めて困難であること、それにもかかわらず抗告人を男性として養育した場合、抗告人が外性器の形態の異常及び機能障害を有することによって受けるハンディキャップ、劣等感は甚大なものであること、A他方、抗告人の会陰部には膣前庭、膣遺残が認められ、女性型の外性器を形成する際の開口部になりうること、Bそして何よりも、抗告人は生命にもかかわりかねない重篤な排尿障害を負っており、その治療としては、カテーテルを外尿道口から膀胱に通して間欠的に導尿することが必要であるが、そのためにはカテーテルを形成された尿道に通すことは困難で、抗告人の現在の女児の長さを有する尿道を維持することが必要であることなどの事情があるため、抗告人を男性ではなく、女性と判断したものである(○○医師は、このような判断に基づき、その後抗告人の父母の同意のもとに抗告人の精巣を摘除した。従って、今後抗告人の外形が男性化することはない。)そして、抗告人の性別判定に関する上記○○医師の医療上の判断が不相当であるということはできない。以上説示したところによると、抗告人は女性でありながら、その戸籍には筆頭者との続柄が「二男」と表示されていることが認められるから、本件戸籍訂正許可の申立ては相当として認容されるべきである。(8)」
本件もいわゆる医学上は「間性」(男性仮性半陰陽)に属するとされる者に関する事案であるが、原審判はそれがなされた段階では未だ性転換の手術が施行されていなかったという事情も影響したものと思われるが「性」の決定についての判断にやや説得力を欠いているように思われる。
これに対して抗告審の決定は、医学上の性別判定の基準について詳細に検討し性分化の異常をきたす場合の存在を医学的に説いた上でいわゆる「間性」の存在を承認し、このような場合については、性染色体のいかんは唯一、絶対の基準ではないとされるようになった現代医療の状況を斟酌し、異常の原因、内性器、外性器の状態、性染色体の構成のほか、外性器の外科的修復の可能性、将来の性的機能の予測等を慎重に勘案し、将来においてどちらの性別を選択した方が当該新生児にとってより幸福かといった予測も加えた上で性別を決定し、その決定に基づいて外性器の形成、ホルモンの投与その他必要な医療上の措置がなされるという扱いが定着するようになっているという認識を明らかにしている。そしてそのことは社会通念、国民感情に照らして容認し難いほど不相当であるとは言えないとしている。このような理解・認識を前提として前記のような判断が示されたわけであり、抗告審の判断は妥当なものといえよう。
なお上記以外の事例として類似の事件について紹介されているものがあるので簡単に触れておきたい。一つは、昭和55(1980)年の事案であるが、ある夫婦の子として生まれ父から出生届がなされ戸籍上の記載は名「秋子」(仮名)父母との続柄は「二女」とされた。しかし申立人(秋子)は思春期に入っても女性としての性徴がなかった。年少の頃から戸籍上では女性であるが、本当は男性であることに苦しんできた。孤独に悩み父母にも話せないまま成年となり上京した。上京後は男性として社会に出ることを決意し、交友関係でも「男性」で通っており、名も「秋雄」であり、戸籍上の記載を知る者はいない状況であった。その後医師の診断を受けたところ「外性器男性として異常なく、女性としての二次性徴は全く認められず、男性であるものと認められる」と診断された。この診断に勇気づけられ女性と結婚式を挙げた。該女性は申立人の秘密を知った上で結婚し、同居しているが、戸籍上は「女性」であるため婚姻届はしていない。このような事情のもとで、申立人の「名」の変更と戸籍上の性別(続柄)を「男性」のそれに訂正するための許可審判を求めて本件申立てをしたものである。しかし、この事件を受理した家庭裁判所の関係者の緊密な連携のもとに調査審判が進行していたが、申立てから十ヶ月後に事件本人からの取下書の提出により終了したとのことである(9)。
今一つは、平成6(1994)年3月31日横浜家庭裁判所で審判のなされた事件である。鑑定などにより申立人は真性の性転向症者であることを認めながらも「人の男女の別を何でするかは、最も常識的に考えて、生物学的、生理学的な見地からであると言わざるをえない」と述べて、戸籍訂正の申立てを却下したというものである(10)。
以上の家事審判に現れた事案を見る限り、最後の横浜家裁の事例を除くといわゆる「性同一性障害」を理由とする性転換手術を理由とする事例は少なくとも公表されているものの中には見られないようである。生物学的性の分化に関する障害は医学的治療の対象とされ、実際にも外科手術が行われてきたものであるから、その結果を受けて戸籍上の登録事項の変更・訂正を求める申立てがなされることはある意味で当然の事態であるといえよう。問題はそこでの先例的審判・決定が「性同一性障害」を理由とする「名」の変更あるいは「性同一性障害」を原因としてなされた性転換手術を理由とする「性別」(続柄)の変更の事例にどのような関連を持たせることができるか、あるいは、全くその可能性を否定するのかという点であろう。筆者は「性同一性障害」を理由とする事案が、いわゆる「間性」等と呼称される生物学的性の分化に関する障害の事例とは本質的な差異のあることを認めつつも過去の家事審判例に示されている論理には「性同一性障害」を理由とする戸籍訂正の当否の議論に益するものがあると考えるがその点は後述することにしたい。
(1) 田中加藤男「先例戸籍訂正法」184頁
(2) 山内俊雄「私たち倫理委員会はなぜ性転換を認めたのか」論座1997・12月号99頁
(3) 田中加藤男「戸籍訂正に関する諸問題の研究」司法研究報告書第16輯第3号256頁
(4) 家庭裁判月報33巻9号63頁
(5) 家庭裁判月報33巻9号61頁
(6) 大島俊之「性転換と法―戸籍訂正問題を中心として―」判例タイムズ484号84頁以下参照
(7) 家庭裁判月報43巻8号82頁
(8) 家庭裁判月報43巻8号48頁
(9) 柳澤千昭「ある名の変更、戸籍訂正事件の審判―性のさすらい人事件の顛末―」判例タイムズ477号44頁
(10)
石原明「医療と法と生命倫理」88頁
五
外国における立法例(裁判例)素描
世界ではじめて性転換手術が行われたのはドイツ(1931年)であり、その手術方法が1953年にオランダ人医師クリスチヤン・ハンバーガーがクリスチーヌ・ヨルゲンセン
Christine Jorgensen
の症例を報告したときにはじめて周知のものとなり、それ以来手術とホルモン療法の合併あるいは単独施行による性転換を希望し実施された患者の症例報告が各国で多数みられるようになったとされている。以後関連する法整備なり、判例の積み重ねが展開してきたわけである。そこで以下においては「性転換」に関する法制の現状について若干の外国の例について素描してみることにしたい。
Jorgensen, Christine
original name GEORGE WILLIAM JORGENSEN, JR. (b. May 30, 1926, New York, N.Y., U.S.--d. May 3, 1989, San Clemente, Calif.)
From an early age, Jorgensen was tormented by feelings of being a woman trapped inside a man's body. Jorgensen served in the U.S. Army (1945-46), moved to Denmark, and worked at various jobs. After being treated with extensive psychotherapy and a series of hormone injections, Jorgensen underwent several surgical operations and, with the announcement of her transformation in 1952, became an instant celebrity. She lived comfortably on the proceeds of her lecture and nightclub circuit and from royalties from her book Christine Jorgensen: A Personal Autobiography (1967), which was adapted into the film The Christine Jorgensen Story (1970). Jorgensen, who never married, battled bladder and lung cancer in her final years.
(Copyright 1994 Encyclopædia Britannica)
1
ドイツ
旧西ドイツでは、1980年9月10日に「特別な場合における名の変更と性の確定に関する法律(性転換法)
Gesetz über die Änderung der
Vornamen und die Feststellung der Geschlechtszugehörigkeit
in besonderen Fällen」が制定された。この法律は「性転向症法Transsexuellengesetz-TSG」と略称されている。ドイツでは、この法律が制定されるまでの十数年間、性転向症者の「名」や「性別」の確定について、裁判所の判断が一定せず、身分登録機関もその処理に困惑していたが、この法律の成立によってそうした問題も解消したようである。このような法律の成立の背景には、性転換の問題が連邦通常裁判所及び連邦憲法裁判所
Bundesverfassungsgerichtに持ち込まれ、憲法上の視点から議論されたという事情があった。1978年10月11日の連邦憲法裁判所の第1法廷Erster Senat の決定で、基本法 Grundgesetz
2条1項Aは、性の自己決定権を保障しているとして、性同一性障害者(性転向症者)の出生登録簿上の「性」の変更を否認した連邦通常裁判所の決定を破棄した。この決定を受けて制定されたのが前記の法である。この法律は全体が18条の条文からなっているが、ここでは「名」と「性別」の変更に関わる部分について触れておきたい。この法律は、性同一性障害者の「名」の変更と「性別」の変更手続を規定し、前者を「小解決
kleine Lösung」、後者を「大解決
grosse Lösung」と呼んでいる。「小解決」とは、性転換手術を受けることなく、「名」のみ変更する手続きである。これに対して、「大解決」とは、性転換手術後に、出生登録簿上の「性別」を変更し、あわせて「名」を変更する手続きである。いずれも裁判所が申請に基づき、一定の要件のもとに許可するものである。ちなみに「名」の変更については、@性転向症的性格のため、出生届に申告された性とは別の性に所属する自覚をもち、かつ、少なくとも3年以上その自覚と一致した生活を求める強い圧迫感のもとに置かれている者は、次の場合において、裁判所に申し立てることによって、その名前を変更することができる。(1)その者が基本法上のドイツ人であること、または……略、(2)他の性への所属感覚をもはや変えることができないことが、高度の蓋然性をもって認められること、(3)その者が、25歳以上であること、A申立人はその申立てにおいて、将来自分が用いることを希望する名前を、申し出なければならない、が要件とされている(同法第1条)。また「性別」と「名」の変更については、@性転向症的性格のため、出生届に申告された性とは別の性に所属する自覚をもち、かつ、少なくとも3年以上、その自覚と一致した生活を求める強い圧迫感のもとに置かれている者の申立てにより、裁判所は次の場合において、その者が他の性に所属するものとみなすことを、確定することができる。(1)第1条1項1号ないし3号(筆者注・25歳以上の者)をみたすとき、(2)結婚していないとき、(3)長期の生殖不能者であるとき、(4)外的性徴表を変更する手術を受け、それによって他の性の表現型と明らかに類似するに至ったとき、A申立人はその申立てにおいて、申立人が将来用いることを希望する名前を申し出なければならない。このことは、その名前がすでに第1条によって変更されている場合には、必要ではない、が要件とされている(同法8条(1))。
ところがこの法律が施行されてから後に第1条と第8条に規定されている年齢制限が基本法3条1項Bの一般的平等条項に違反しないかどうかについての連邦憲法裁判所の判決があった。まず「大解決」の年齢制限については1982年3月12日の決定でそこでの年齢制限は基本法3条1項に違反し無効である旨判示され、さらに「小解決」における年齢制限についても1993年1月26日の決定でやはり違反無効の判断が示された(2)。最もこの決定を受けて同法がどのように改正されるかは詳らかではない。ちなみにドイツにおいては性転換法成立後2年間で名前の変更が48人、性別の変更が116人確認されているという(3)。
(1) 石原明「医療と法と生命倫理」95頁以下(ここにはドイツ性転換法全文が訳出されている。本文中の紹介は石原教授の訳に拠っている)。
大島俊之「性転換と法―戸籍訂正問題を中心として―」判例タイムズ484号99頁以下にも同法第1章と第2章の紹介がある。
(2) 嶋崎健太郎「性同一性障害者の年齢による名の変更制限と平等条項」ドイツの最新憲法判例・栗城壽夫ほか編52頁
(3) 石原明「医療と法と生命倫理」91頁
(A) Artikel 2 - Generelle Freiheitsrechte
(1) Jeder hat das Recht auf die freie Entfaltung seiner Persönlichkeit, soweit er nicht die Rechte anderer verletzt und nicht gegen die verfassungsmäßige Ordnung oder das Sittengesetz verstößt.(B) Artikel 3 - Gleicher Stand für alle vor dem Gesetz
(1) Alle Menschen sind vor dem Gesetz gleich.
フランスにおいては、ドイツのように性転向症者の「名」「性別」の変更に関する法律はなく、判例・学説によって議論されているようである。また手術による性の変更は合法とはされていないとされている(1)。
さてフランスにおいては性転換の問題は、性転換者について民事身分上の(身分証書)「性別」の変更が認められるか否かが問題とされた(2)。フランスにおける身分証書制度においては、その記載事項として「@出生証書には、出生の日、時刻及び地、子の性及び子に与えられる名、父母の氏名、年齢、職業及び住所、並びに、必要がある場合には、申述人のそれらを挙示する。―略―A略B出生証書に表われる子の名は、正当な利益がある場合には、子の申請に基づいて言い渡す大審裁判所の判決によって、変更することができる。判決は、この法典第99条及び第101条に定める条件にしたがって行われ、かつ、公示される。名の追加も、同様に、決定することができる。」(仏民法
Code civil 第58条)、「@身分証書の更正は、その管轄区域において証書が作成され、又は謄記された裁判所の所長によって命じられる。A略、B身分証書に関する宣言的又は補充的判決の更正は、その判決を行った裁判所が命じる。―略―。C略、Dすべての利害関係人又は共和国検事は、更正の申請を提出することができる。共和国検事は、誤記又は脱漏が証書又はそれに代わる裁判の重要な表示にかかわるときは、職権で行為する義務を負う。申請は、共和国検事から提出されるのでないときは、その意見を求めて共和国検事に伝達しなければならない。E略。」(同法第100条)、「更正を定める命令又は判決の主文は、共和国検事によって、修正される証書が登簿されている地の身分吏又は登録簿の受寄者に即時に送付される。当該証書の余白に、この主文の記載を速やかに行う。証書の謄本は、命じられた更正と共にでなければ、もはや交付することはできない。これに反する場合には、登録簿の受寄者に対して、民法典第50条に定める罰金及びすべての損害賠償を命じる。」(同法第101条)、等の関連規定が存在する(3)。こうした規定が主として関係するものである。
ところでフランスにおいては性転換者についての「性別」及び「名」の変更の問題についての訴訟は1975年まではいずれも認められていなかったとされている。しかし1976年1月下級審であるがツールーズ大審院裁判所が、いわゆる性転向症者について法的「性」の訂正を認める判決を下して注目された。判決は「性的特徴が変様した者は、それが自然的要因に基づくものであれ、外部的要因に基づくものであれ、その変化が重大であるために出生の時に届出された性に対応するような社会的立場を維持することが不可能な場合、あるいは極めて困難な場合には、医学的鑑定を経て、性の訂正を求めることができる。また、その結果として、名の変更も認められる」としている(4)。このほか同趣旨の判決例が紹介されている(5)。これに対して、破毀院 Cour de Cassation
は1975年12月16日の判決で、人の身分に関する不可処分性の原則は、公序に関するものであることを理由に法的性の訂正を否定していた。破毀院は1990年5月21日の判決においても性転換を理由とする身分証書の変更を退けている。しかしその後、男性性転換者(男性→女性)が、身分証書の変更を求めたのに対して破毀院がこれを認めなかったため、ヨーロッパ人権裁判所に提訴したのに対して、同裁判所は1992年3月25日ヨーロッパ人権条約第8条1項(「@何人も、その私的な家庭の生活、住居及び通信の尊重を受ける権利を有する」)違反がある旨の判断を示した(B対フランス事件―引用者注)。この判決を契機として、破毀院は1992年12月11日大法廷を開き判例変更を行った。「治療目的によってなされた内科的・外科的な処置の結果、性転換の症状を示す者がもはやその当初の性に伴う特徴をすべて持たず、その社会的行動と一致する反対の性にその者を近づける身体的外観を有するに至ったときは、私生活の尊重の原則により、その者の民事身分が、以後、その者がその外観を有する性を指し示すことは正当化される。民事身分の不可処分性の原則はこの変更の障害にならない」(A 原文〔仏語〕・B 英語)と。かくして、フランスにおいては、@性転換症者に対して、A治療目的で医療的措置が施され、結果として、B身体的に反対の性の外観が生じその者の社会的行動と一致するに至った場合には、性別の変更(身分証書の記載事項の変更)が許されることとなったとされている
(6)。
(1) 石原明「医療と法と生命倫理」82頁
(2)
大村敦志「性転換・同性愛と民法(上)」ジュリスト1080号70頁
(3)
法務大臣官房司法法制調査部編「フランス民法典―家族・相続関係―」15頁ほか
(4)
大島俊之「性転換と法―戸籍訂正問題を中心として―」判例タイムズ484号93頁
(5)
大島俊之「性転換と法―戸籍訂正問題を中心として―」判例タイムズ484号93頁にはフランスの判例が豊富に紹介されている。
(6)
大村敦志「性転換・同性愛と民法(上)」ジュリスト1080号70頁以下・同論文にはフランスにおける判例の流れが要約されているので参考とされたい。
(A) "que lorsque, à la suite d'un traitement médico-chirurgical subi dans un but thérapeutique, une personne présentant le syndrome du transsexualisme ne possède plus tous les caractères de son sexe d'origine et a pris une apparence physique la rapprochant de l'autre sexe, auquel correspond son comportement social, le principe du respect dû à la vie privée justifie que son état civil indique désormais le sexe dont elle a l'apparence; que le principe de l'indisponibilité de l'état des personnes ne fait pas obstacle à une telle modification".
(B) "that when, after having undergone a medical and surgical treatment having a therapeutical purpose, a person presenting transsexual syndromes no longer possesses all the characteristics of her original sex and has taken on a physical appearance bringing her close to the other sex, to which corresponds also her social behaviour, the respect due to private life justifies that her civil status shall henceforth indicate the sex of her appearance; that the principle of the inalienability of the status of individuals does not prevent such a change."
3
スウェーデン
世界で最も早く性転換に関する法律を制定したのはスウェーデンであるとされている。1972年制定の「特定の場合における性の確認に関する法律
Lag (1972:119) om fastställande av könstillhörighet」がそれである(1)。しかしこの法律は1975年から以後数次にわたる改正が行われている。ここでは最新の内容と思われる同国の「性の転換に関する法律」の主たる内容を紹介することにしよう(2)。主要な条文としては第1条と第2条である。第1条は「子どもの時から国民登録台帳(folkbokföringen)に登録されている性以外の性に属することを経験し、且つ長期間、その性によって生活し、将来ともに、そのような性によって生きて行こうとする者は、自らの申請によって、国民登録台帳に登録されている性と異なる性に転換することができる。―中略―前項の規定による性の転換(fastställelse)は、申請者が18歳に達している場合で、且つ断種手術(sterilisering)が行われて、またはその他の理由によって申請者が生殖能力(fortplantningsformåga)を有しない場合においてのみ、認められる。(1991年法律第514号により改正)。」第2条「性器の奇形(missbildning av könsorganen)によって、本人が自己の帰属する性について疑問をもっている場合、性の変更が本人の性的役割の発展(utvecklingen av könsrollen)と一致し、且つ整形手術を行うことによって、性器が本人の欲する性に、より一致するとき、および性器の整形手術を行わなくとも、性が本人の身体的状況と著しく一致しているとき、本人は、第1条に規定されている性転換の申請を行うことができる。前項に規定されている申請者が18歳に達している場合、または18歳未満の者で、且つ何人の監護にも服していない場合、その申請は、本人自身によって行われる。その他の場合にあっては、その申請は監護者(vårdnadshavare)によって行われる。申請者が12歳以上の子供の場合、申請は本人の同意があった場合においてのみ行うことができる。」
このように第1条はいわゆる性転換症者の場合、第2条はいわゆる間性の場合について規定しそれぞれ性転換つまりは法的性の訂正を可能としている。なお、このような性転換は、スウェーデン国籍を有している未婚の者についてのみ行うことができることとされている(同法第3条)。
(1)
大島俊之「性転換と法―戸籍訂正問題を中心として―」判例タイムズ484号98頁
(2) 菱木昭八朗訳「スウェーデン・性の転換に関する法律」専修法学論集68号87頁以下参照
4 スペイン
スペインには性転換に関する法律は存在しないとされている。しかし1989年に最高裁判所
Tribunal Supremo は新しい判決を出して「性」の変更を認める判断を示した。判決は、性は、人の私法的身分の一部であり、出生に立ち会った医師によって発行される出生証明書に記載される人の基本的特徴である。人の性は、私法的身分に関する不変の要素であり、錯誤があった場合、または変更を命じる裁判があった場合にのみ変更することができる。そして具体的な事件に対する判断として「二つの性しかなく、人はどちらかの性に属さなければならない。その際、個性の発展にとって決定的に重要なものとして心理的ファクターを考慮しなければならない。本件において、名の変更を拒絶することは、憲法10・1条の規定する個性の自由な発展に対する重大な侵害となろう」と判示している(ただし、新しい性に基づく婚姻は認められていない(1))。
なお最近の新聞報道によれば、妻が1歳の女児を残して死亡した後、夫は女装の男性と同居を始め約8年間、娘とともに3人で暮らしていたが、2年前に病死した。両親をなくしたこの女児の養育権をめぐる裁判でスペインのセビリア管区裁判所は第1審判決を翻してこの男性に養育権を認めたが、これをめぐってスペイン政界には性転換者の人権をめぐって論争が起こっているそうである。有力野党の社会労働党は性転換者の人権を守るために公文書に記載する性や名前の変更を認める法案の検討や性転換を決心した人に結婚、養子縁組等の権利を付与する法案づくりを進めることにしたといわれている(2)。(A)
(1) 大島俊之「スペイン法における性転換の取扱」神戸学院法学第21巻第4号133頁以下
(2) 朝日新聞1999年7月6日付
(A) Vatican:
Transsexual adoption an insult
(BBC 1999/06/26)
5 カナダ
カナダでは、ケベック州において、1977年に「氏名およびその他の身分事項の変更に関する法律」が成立している。性転換に関連する規定は全25条のうち7か条である。そこには1年以上ケベック州内に居住する成年のカナダ人で未婚の者が、性的外観を変更することを目的とする医学的処置又は性器の構造を変更する外科的手術を受けて成功した者は、司法大臣に請求することによって身分証明書の性別の表示と名の変更を記載することを請求することができる旨の規定がある。この後ケベック州では1991年12月に「ケベック民法 Code
civil du Québec」が成立し、その中に前記1977年法とほぼ同様の規定である性別記載の変更に関する3か条(第71条から第73条―引用者注)が置かれている(1)。また同じくアルバータ州及びブリティッシュ・コロンビア州でも、既に1973年に、性転換後における出生証明書の性別の記載の変更を認める法律が存在しているとされている(2)。
(1) 石原明「医療と法と生命倫理」86頁
大島俊之「スペイン法における性転換の取扱」神戸学院法学第21巻第4号31頁以下
(2) 石原明「医療と法と生命倫理」86頁。なお同書には本文で紹介した以外の国々の状況についても多くの叙述があるので参考とされたい。
六
わが国における法的課題
1 問題の提起 (略)
2 「性転換」と刑法、母体保護法
(略)
3
「性転換」と戸籍法
性転換手術を受けた者の「性」(sex)をどのように位置づけるかという基本的な問題があり、それをどのように法体系の中に取り込むのか、例えば「性転換法」ともいうべき法を制定し、それを受けて関連する民事法上の手当てをするということも将来的には目標として議論されることが望ましい。しかし、そのような措置が速やかに採られることはかなり困難であることがこの国の立法の現状からも肯定できる(婚姻・離婚等の民法改正さえ法制審議会が審議をはじめてからはもう8年経過し、1996年の答申からも既に3年以上経過している。しかしそこで示された改正要綱案は未だに棚ざらしである)。してみれば性転換手術をした者が新たに所属することとなった「性」を法的にも裏づけるためには現行法の枠内でその可能性を探る道しか残されていないことになる。十分なる議論を尽くしてのちでなければ戸籍の性別記載の変更を認めるべきではないという意見もあると思われるがそのことは現実に生じている性転換者に対する法的フォローの必要性を否定する理由にはならないと思われる。そこで現行法の枠内での方法について「名」の変更と「性別」の変更の2つの問題とこれに関連する戸籍上の問題について検討してみたい。
@ 名の変更について (略)
A
性別の変更について
戸籍上の「性別」の変更の可否の問題は、「性同一性障害」と診断され、精神的には自らを生物学的性とは異なる性であると認識し、
ホルモン療法や外科的手術により外見的には生物学的性とは異なる性に属しているとしか見られない人々にとっては、
「名」の問題以上に深刻な問題となるであろうことは予測に難くない。
しかし、当然のことながら現行戸籍法は「性転換」を前提としたどのような規定も設けてはいない。
そこで次善の対応策として現行法の枠内でその変更の可能性を探るとすれば
戸籍法の第113条の規定ということになろう。ところで現行戸籍実務の取扱いによれば、
男女の「性別」が記載されるのは父母との「続柄」欄と称されているところである(そして、嫡出子については「長男」「二女」等と記載されるが、
非嫡出子については単に「男」「女」と記載される扱いである。このような区別記載には問題があることが指摘されているが、
将来的にはすべて「男」「女」の文字通りの「性別」欄に統一すべきであろう)。
過去においてこの「性別」欄の訂正事案は既に紹介したようにいくつかの事例が公表されている。
ただこれらはここで問題としている「性同一性障害」を理由とする性転換によるものではなく、いわゆる「間性」「半陰陽」に属する事例であった。
それでは「性同一性障害」を理由とする性転換の場合にはこの条文による「性別」の訂正はできないであろうか。
確かに性転換に関する法的整備がなされていない段階では問題があるかも知れない。
しかしそれは解釈によって克服できないほどの難問ではないと思われる。
戸籍法第113条の規定は、日本国民の身分登録簿たる戸籍の記載が不適法または真実に反するときは、速やかにその訂正の方法を講じ、
戸籍の記載を適法かつ真実に合致させるために用意されているものであろう。
しかりとすれば性転換者の場合も「性別」を事実に合致させるための申立ては認められるべきである。
正当な医療行為として評価しうるとするならば、前記「間性」「半陰陽」の場合と同視しうるからである。ところで
戸籍法第113条は「戸籍の記載が法律上許されないものであること又はその記載に錯誤若しくは遺漏があることを発見した場合には、
利害関係人は、家庭裁判所の許可を得て、戸籍の訂正を申請することができる」とする。
ここでの「性別」の変更は「その記載に錯誤」がある場合に該当すると解するのである。
解釈論として審判例の中にはそこでいう「錯誤」とは、「戸籍の記載が当初から事実に反する場合等」とするものがあるが、
性同一性障害を理由とする性転換者の場合には「当初から」事実に反する場合はあり得ないのであるから、
治療行為としての転換手術によって事後的に戸籍の記載と不一致を生じた時点で「錯誤」が生じたものとして取り扱うべきであろう。
筆者の知る限りでは既に本条に基づいて性転換者の戸籍の「続柄欄」(性別)の訂正が認められている事例が存在する。
(以下略)
B
性転換者の戸籍とプライバシーについて
戸籍に記載されている個人情報はその内容からして極めてプライバシー性の高い情報がほとんどであるといってよい。
ところが戸籍法は今日においても原則公開主義を採り(
同法第10条@項)「不当な目的」によることが明らかであるとき以外はその情報は公開されることとされている。
他方で「不当な目的」の例示として、プライバシーの侵害につながるものや、差別行為につながるもの等を挙げてその保護を図っている(1)。 しかしその実効性については多くの疑問が提起されているところでもある(2)。
「必要以外のことは公開しないということは、個人情報保護の原点である」という視点からは早急な見直しをすべきであろう(3)。
ところで性転換者が「名」の変更をしたり、「続柄」(性別)の訂正をした場合、その結果が戸籍に反映されると、
その情報は極めて高度のプライバシー性を有するものであることは否定できないと思われる。戸籍の記載事項の変更にせよ、
記載事項の訂正にせよ、戸籍にはその「変更」「訂正」の事由が記載され、関係事項の訂正が行われる扱いである。その痕跡は明確に残る建前である。
そして例えば「謄本」請求に対する公開はその痕跡を明らかにしたままにされる。それではプライバシーの保護を図ることは難しい。
事柄は性転換者の場合に限られるわけではないが、とりわけこの場合にはその保護の必要性が高いことは事実である。保護の手段として当面考えられるのは、
一つは、このような戸籍については、本人の申出でにより「改製」することであり、
今一つは、公開の方法そのものを「記載事項証明書」方式に統一することである。しかし、前者は他の問題のバランスもあって難しいかも知れない。
しかし、後者の方法は可能である。少なくとも第三者請求にかかるものについてはこの方法に統一することに改めるべきであろう。
コンピューター化に移行しているところでは全く問題はないと思われるし、
ブックシステムのところでも「第三者請求」の占める割合は極めて少ないはずであるから「煩瑣」になることもない。
なによりも「プライバシーの保護」を主たる理由として身分に関する一元的な登録システムを断念するという画期的な改革案を提示し、
成年後見関係情報の公示を独立した登記制度に移行し、しかも、そこでの公示方法は「事項証明書」のみによることとする措置を採ったことを考えると、
決して難問とはいえないと思われる。戸籍情報一般についてのこうした視点からの対応がなされるならば、
性転換者に対する前述した指摘にも対応できることになろう(後見登記等に関する法律案第5条、第10条等参照)。
(引用者注)後見登記等に関する法律(平成11(1999)年12月8日・法律第152号、平12(2000)・4・1施行)(抄)
第5条(任意後見契約の登記)
任意後見契約の登記は、嘱託又は申請により、後見登記等ファイルに、次に掲げる事項を記録することによって行う。
(第1号ないし第10号略)
第10条(登記事項証明書の交付等)
何人も、登記官に対し、次に掲げる登記記録について、後見登記等ファイルに記録されている事項(記録がないときは、その旨)を証明した書面(以下「登記事項証明書」という。)の交付を請求することができる。
(第1号ないし第4号略)
2 次の各号に掲げる者は、登記官に対し、それぞれ当該各号に定める登記記録について、登記事項証明書の交付を請求することができる。
(第1号ないし第3号略)
3 何人も、登記官に対し、次に掲げる閉鎖登記記録について、閉鎖登記ファイルに記録されている事項(記録がないときは、その旨)を証明した書面(以下「閉鎖登記事項証明書」という。)の交付を請求することができる。
(第1号ないし第3号略)
4 相続人その他の承継人は、登記官に対し、被相続人その他の被承継人が成年被後見人等若しくは任意後見契約の本人であった閉鎖登記記録又は第四条第二項に規定する保全処分に係る閉鎖登記記録で政令で定めるものについて、閉鎖登記事項証明書の交付を請求することができる。
5 国又は地方公共団体の職員は、職務上必要とする場合には、登記官に対し、登記事項証明書又は閉鎖登記事項証明書の交付を請求することができる。
(1) 昭和51(1976)年11月5日付け法務省民ニ第5641号民事局長通達
(2) 水野紀子「戸籍制度」ジュリスト1000号169頁
榊原富士子「女性と戸籍」193頁以下
二宮周平「戸籍と人権」62頁以下
(3) 二宮周平「戸籍と人権」ジュリスト1000号76頁
4
性転換と民法
前段で述べたとおり「性同一性障害」を理由とする性転換者について、戸籍上の「性別」の変更が可能であるとすると、それを機縁として、
既存の身分関係にも影響が及ぶことになる。例えば、婚姻の成立要件を論じる場合でも、
現行民法は明らかに男女の生物学的差異を前提にした一婦一夫制を予定していると解される。
その場合性転換者は転換後の「性」(戸籍記載上の)に属するものとして扱うことになるのかどうかである。
「手術」の内容、手術後の身体的状況、生殖能力の可否等議論の必要があるかも知れないが、
基本的には、婚姻能力の判断は「男性」であれ「女性」であれ画一的な判断がなされる必要があると思われる。
性転換手術を是認すること自体はまさに人間の生物学的多様性の承認を意味するものである以上、
基本的には転換後の「性」を基準として取り扱われるべきであると考える。これを否定したのでは「性転換」の意味は半減する。
もっとも「婚姻」の意義と目的に照らして(もっともそれ自体が多様化していくから一元的な解釈が将来的にも妥当かどうかという問題は残る)
疑問点がないわけではない。しかし婚姻当事者が事情を了解した上での婚姻を否定する合理的理由を見出すのも難しい。
いずれにしても「婚姻」が終生的結合であるとする以上多角的な議論が必要であると思われる。
ただそうした実態的議論は別として、現実には戸籍上の「性別」が訂正された者について、
婚姻届が提出されれば形式的審査権を基本とする戸籍事務管掌者たる市区町村長は形式的要件が充たされている以上「受理」することになろう。
ちなみに筆者が最近たまたま見る機会のあった戸籍では、性転換手術を受けた者(手術は外国のようであるが)が、
わが国の家庭裁判所で「性別」(続柄)の訂正と「名」の変更をいずれも同時に許可され、
その旨の記載がなされた数年後に婚姻届を提出し受理されていたものがあった。
次に既存の夫婦関係との関係である。ここでの最大の問題点は「性転換者」が既婚者である場合の取扱いであろう。
この点についてはその前提として既婚者に「性転換手術」を認めるかどうかという問題がある。
あるいはその点は医学の問題として民法なり戸籍法が直接関与することは避け、
仮に既婚者について「性転換」が行われても「性別」の変更は認めないという考え方もありうる。
しかし密接に関連するこうした問題は可能な限り問題が生じないよう配慮しておくことも重要なことである。
その意味で当面は「性転換手術」の対象を未婚の者に限定するのが望ましい。
もとより「性同一性障害」の症状が、既婚・未婚を区別して発生するわけではないと思われるが、
現実の問題としてみれば既婚者について問題となることはほとんど考えられないと思われる。
また仮にそれを認めた場合の法律上の困難な問題の発生を考慮すれば、既婚者はこの問題から外すのが妥当であろう。
既にみたとおりドイツの性転換法では婚姻継続中の者については「性別」の変更を認めていないし、
スウェーデンの法律でも性転換は「未婚」の者に限定している。
実質的にこの問題がスタートしたばかりのわが国の場合こうした国の立法例も参考にされるべきであろう。
その意味で日本精神神経学会の示しているガイドラインの中で手術療法のパートで
「配偶者」の同意を条件に「既婚者」についても手術の可能性を肯定しているのは問題があると思われる。
既婚者についても認めることになれば「婚姻」の本質そのものが問われる(同性婚の認容)ことになるだけでなく、
既存の親子関係にも大きな影響を及ぼすことになる。いずれにしてもこの点は医学分野と法律の分野のクロスした議論が必要であると思われる。
そして当面未婚者のみを対象とした性転換手術に限定すれば既存の親子関係への問題も予防できることになる。
しかしそのような限界を設けないという前提に立てばさらに多角的な議論が必要となろう(1)。
いずれにしても「性転換」をめぐる問題は法的にも多くの課題を提供することになることは間違いない。
とりわけ身分関係あるいは身分登録関係に関連して重要な問題が存在する。今後の発展的議論の展開を期待したい。
(1) 大村敦志「性転換・同性愛と民法(上)」ジュリスト1080号68頁以下参照