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性同一性障害と戸籍訂正、名の変更
渡邊雅道・神戸家庭裁判所判事(研究会発表時)
判例タイムズNo.1027(2000/06/15)56〜64頁
last edited 2001/02/17
目次
一 はじめに
二 精神疾患としての性同一性障害について
1
性同一性、性同一性障害の概念
2
心理・社会的性の形成時期
3
性同一性障害の成因
4
性同一性障害の臨床報告
5
医学的診断と治療方法
三 法的評価としての男女の区別
四 戸籍の続柄欄の男女の区別に関する裁判例
五 戸籍法における男女の意義
1
戸籍の果たす社会的機能
2
戸籍訂正の法的効果
3
戸籍法における性同一性障害者の扱い
六 戸籍法113条に関する問題
1
戸籍法113条の対象事項
2
戸籍訂正における訂正の概念
七 性同一性障害と名の変更事由
八 終わりに
前掲(日本精神神経学会平成9(1997)年5月28日付性同一性障害に関する特別委員会による―引用者注)「性同一性障害に関する答申と提言」の中で、「性の転換にともない、性別や戸籍の変更など、さまざまな法的問題が生じることは当然のことである。このような法的問題が性同一性障害の治療効果を妨げ、生活の質を損なう事もすでに指摘されている通りである(22)。」との記述がある。
ところで法律的には何を基準として男性・女性を決定すべきであるのか。少なくとも民法、戸籍法上、人間(自然人)の男性・女性を定義する規定は見あたらない。おそらく性別は社会通念によって決定すべき事柄であり、その社会通念の中の一つの要素として医学的評価が含まれているものと思われる。従来男性・女性の区別は自明の理であり、総ての法規範で統一的に(おそらく後記裁判例のように大多数は性染色体による生物学的性別にしたがって)区別されてきたものであろう。では、いわゆる間性、性同一性障害者をどのように扱うべきか。考えられる方法として、@性転換法を制定し、一定の要件のもとに性別の変更を認める(23)、A男女の解釈はそのままとして、上記のようなある意味では中間的な人間の存在を認め、社会において生活できるような配慮や保護政策を採用する(24)、B男女の概念一般についての解釈を修正する、C例えば、陸上競技のような身体能力を競う場合には、生物学的性別、日常生活を送るうえで必要な立法に関しては一定の要件を充たす対象者について心理・社会的性別というように個別の法令の趣旨目的に応じて異なった男女の概念を採用する、ということが考えられるのではないか。以上のうち@、Aは明らかに立法論というべきである。そこで、性同一性障害者に対する立法・社会政策が何ら示されていない段階であることを前提として、解釈論として可能性のあるBおよびCについて検討する。
これまでに性転換と戸籍訂正に関して公刊された裁判例は、申立人が、「自己の子である事件本人(審判時27歳)が元々判陰陽であったところ、性転換手術を受けて外形的にも女性となった。」と主張して、次男から長女への戸籍訂正等を求めたものに対し、「染色体検査、骨盤エックス線検査、診断所見によっても本来正常な男性であって、造腔術等の一連の性転換術や豊胸術によって外形上女性形を示しているにすぎない」旨(原審)、「人間の性別は、性染色体の如何によって決定されるべきものである」旨(高裁)を理由として戸籍訂正の申立てを認めなかったものがあるのみである(25)。この裁判例によれば、男女の別は性染色体によって決定されることになる。
これに対し、いわゆる間性の場合について「典型的な男性にも女性にも属さない場合(医学上は「間性」と呼ばれる。)、その性別を何を基準として決定するかについては、かつては医学上においても性染色体の構成を唯一の基準として決していたが、次第に性分化の異常に関する症例報告が増え研究が進展するに従い、性染色体の如何は唯一絶対の基準ではないとされるようになり、現在の医療の実践においては外性器異常を伴う新生児が出生した場合、異常の原因、内性器、外性器の状態、性染色体の構成のほか、外性器の外科的修復の可能性、将来の性的機能の予測等(これらの要素を考慮するのは外性器異常を生涯にわたって持つことのハンディキャップ及び劣等感が甚大なものであるからである。)を慎重に勘案し、将来においてどちらの性別を選択したほうが当該新生児にとってより幸福かと言った予測も加えた上で性別を決定し、その決定に基づいて外性器の形成、ホルモンの投与そのほか必要な医療上の措置がなされるという扱いが定着するようになってきている。そして、このような医療の実践が社会通念、国民感情に照らして容認しがたいほど不相当であると断ずることはできない。」と判示し、戸籍の続柄欄の訂正を認めた裁判例(26)がある(27)。
この裁判例は、いわゆる間性の場合については、性染色体による男女の概念一般を修正したものと解される。そこで、性同一性障害者の場合にも医学的に判定された心理・社会的性別にしたがって、男女を区別することが可能ではないかとの見解が考えられる。即ち、いわゆる間性は、染色体異常という生物学的要因によって発生することが医学的に解明されているのであるから、性同一性障害の発生原因について生物学的要因を重視する見解をとれば、発生原因において質的には差がないことになるからである。
次に前掲裁判例は「(当裁判所の上記見解は決して恣意的な性転換による戸籍訂正を認めるものと解されてはならない。本件においては、抗告人の性別は医師により純粋に医療上の見地から女性と判定されたものと言うべきであって、その間に抗告人あるいはその父母の恣意が働く余地は全くなかったものであるうえ、本件は確定した性別を他のものに故意に転換するというものではなく、いわば「性別が未確定」の段階であるにもかかわらず、医療上の誤った報告(28)に基づいてなした出生届出事項を後日判明した正しい性別に訂正するというのに過ぎないものである。)」と判示しており、性同一性障害者についても同様に出生時から問題とすることが可能であれば、当該問題に関しては後記戸籍法113条所定の戸籍訂正事由そのものの問題として扱うことができることになる。
この問題は、個々の事例における事実認定の問題とも関連する。即ち、性同一性障害が生じる原因として染色体異常、遺伝素因を掲げる見解があり、具体的な事例において染色体異常である事実が認定できる場合については、その他の事実関係によって前掲間性の裁判例と同様の考え方や結論に至ることが可能であると思われる。しかしながら、性同一性障害一般(既に述べたとおり生物学的には異常がない対象者を前提としている。)の問題とした場合、現段階では既に述べたとおり性同一性障害の発生原因について生物学的要因のみによって発症するとまで医学的に解明されておらず、むしろ生物学的性を基本に出生後の様々な環境的要因により変容する可能性を否定していない。即ち、別の医学文献では、小児期の性別同一性障害の場合、「児童が専門家の介入を受ければ、青年期か若い成人期に性別同一性障害を伴うことはきわめてまれであるが、4分の3は同性愛傾向か、両性愛傾向を有するといわれる。」と紹介されている(29)。また男性の青年期成人期の性同一性障害の場合、人生の早期からではなくて、思春期以後に性転換願望を抱き、多くは何年にもわたってうまく男性として生きてきた生活史を示す対象者の存在が説明されており(30)、これらの対象者は、既に社会において生物学的性別に従った社会的役割を果たしてきたといえるのではないだろうか。更に、仮に一定の対象者の性別をその生物学的性別とは異なる心理・社会的な性別が医学的に生物学的性別とは異なるものであると判定されただけでは足りず、性転換手術(31)を受け性的外観が変容していることが必要であると思われるところ、前掲(日本精神神経学会平成9(1997)年5月28日付性同一性障害に関する特別委員会による―引用者注)「性同一性障害に関する答申と提言」によれば、現段階での手術療法による治療の要件として20歳以上であることが課されており(32)、それまでの間の生活を性別未確定状態のものであると評価できるケースはむしろまれではないかと思われる。これらの事柄からすれば、性同一性障害者に関して既に述べた間性の場合の裁判例と同様に判断できる事例はきわめて限られるのではないか。
前掲各判例は、戸籍訂正に関するものではあったが、法的な男女の概念はすべての法規範において同一であることを前提とするものであったと思われる。そこで次に、仮にここの法律の趣旨目的によって男女の概念を個別に定義することができるとした場合、戸籍法の趣旨目的から心理・社会的な性別をもって戸籍法における性別と解釈する余地があるか否かについて検討する。
戸籍を定義すると身分関係を公証登録した公文書ということができる。すなわち、戸籍は、個人にとどまらず一定の親族団体の構成員について、その構成員各個人の出生から死亡に至るまでの身分上の重要事件が時間的序列にしたがって記載されており、西欧諸国の個人単位及び出生、死亡、婚姻、離婚という事件別の身分登記制度と根本的に相違している。また戸籍は、既成の身分関係又は法律関係を登録するほか、親子夫婦等の人の身分関係の形成に関与し、これにつき公証の機能を持ち、更には、実体身分法の具体化の機能を持っている。たとえば、親権の行使、相続の開始及び相続人の資格等は、戸籍に親権者であるとか、死亡又は失踪宣告、妻又は子等として記載されていなければ、原則として親権者としての証明が困難であり、相続の開始等の立証ができない。このように戸籍は、個人の存在だけではなくその周辺親族、また国家の家族制度にも深く関わる機能を果たしている。
他方戸籍は、日本国籍者であれば居住地に関わらずすべて記載されており、本籍、戸籍筆頭者の氏名、個人の生年月日、性別といったものが記載されていることにより個人の存在と他人との識別の機能を持っている。また出生届がなされると市町村長の職権(34)によりそれに基づき住民登録がなされる。住民基本台帳法による住民登録は、地方公共団体の住民の居住関係を公証するもので国民健康保険被保険者資格(国民健康保険法7条)、国民年金被保険者資格(国民年金法7条、8条)、選挙人名簿の登録、市長村民税、都道府県民税課税、学齢簿編製、生活保護事務、予防接種、印鑑証明事務、人口動態調査の基礎となる(35)など、戸籍はこのような住民登録制度と相まって国又は地方公共団体の行政施策の基礎資料を提供する機能も有している。以上のように日本における戸籍(簿)は、個人が個人として日常生活を営むうえで必要な公的事項の基礎ともなっている。
次に、戸籍法113条により戸籍訂正をした場合の効果について検討する。性同一性障害者について戸籍の性別を訂正・変更した場合(例えば「長男(長女)」から「長女(長男)」に戸籍訂正された場合)、女(男)性としての民事身分を取得する。即ちあらゆる方面において当該本人は女(男)性となり、肉体的には同性同士の婚姻も許されることになるという議論がなされているようである(36)。しかしながら、戸籍は、既に述べたとおり身分関係を登録公証した公文書ではあっても、戸籍の記載自体は身分関係を公証するものにすぎず、戸籍の記載に公信力があるわけではない(37)。したがって、戸籍を訂正することなく戸籍の記載に反する主張をすることは可能である。更に戸籍法113条に基づく訂正は、訂正の前提となる実体的法律関係につき既判力を持って確定するものではないので、再度の訂正の可能性を残すことになる。これらの事柄からすれば、例えば仮に戸籍の続柄欄の訂正が許可され、その訂正ができた後、更に生物学的同性者との婚姻届が戸籍係によって受理されたとしても、それは当該戸籍係が形式的審査権しか有しないためにすぎないからであって、当該婚姻が有効であるか否かについては別問題である。即ち、それは、民法上において別に議論されるべき問題である。
さて、これらの事柄を前提として戸籍法における男女の概念について検討する。戸籍に男女(続柄欄)が記載されるのは、出生届を受理した際である。その出生届における性別は、出生証明書に記載された性別による。そして出生証明書の男女の別は出生子の外性器の形状によって判定していると思われる(38)。性同一性障害者は性転換手術をしない限り生物学的性別については何ら異常がないのであるから、出生時の性別は同人の生物学的性別にしたがって判定されることになる。しかしながら、戸籍は、既に述べたとおり、単に過去の時点の記録というだけではなく、個人が出生してから死亡するまで、社会生活のさまざまな面において重要な役割を果たすものである。戸籍の果たすそのような機能から考えて、戸籍簿に記載された性別が出生時の外性器の形態のみを確定するものとは考えられない。むしろ出生子の外性器と肉体的性別、更には心理的・社会的性とが一致する蓋然性の高いことに基づき従来外性器の形状によって性別を決すればよいとしていたと考えるべきである。更にまた社会生活において、一般人は、個人の体型、体格、服装や身のこなし、場合により性器の形状等によって、個人の性別を識別しているものと考えられ、性染色体を検査することはきわめて特殊な場合であろう。この一般人が男女を区別する基準により性転換手術を受けた性同一性障害者の性別を区別するとすれば、その性同一性障害者は、その心理・社会的性別に従って分類されることになる。その面から見れば、戸籍の記載がそれと齟齬していることはかえって、当該性同一性障害者個人の社会生活上の保護というだけでなく、社会秩序にも少なからず混乱を生じさせることになる。更に性同一性障害者は、その発生原因について未だ解明されていないものの、一つの精神的疾患から生物学的性別とは別の性に属する社会生活を余儀なくされたものである。したがって、個人が、その趣味・嗜好・商売のために自由意思によって性転換手術を受けた場合とは質的に異なると言うべきである。
これらの事柄からすれば、現段階の私見としては、医学的な診断を受け、一定の治療を施された対象者のうち、過去の生活状況から戸籍のほかの機能に対する影響を考慮したうえ、一定の対象者については、医学的に判定された心理・社会的性別にしたがった性別を戸籍法上の性別とすることの方が適当な場合があるのではないかと考える。もっとも私見では戸籍が個人が個人として生涯にわたり日常生活を送るうえでも、その基本文書となっていることに注目し(39)、上記のとおり考えるものであって、仮に性別の変更を認めたとしてもそれによって、当然に肉体的同性者との婚姻を認めるとか、民事法上総ての関係において出生時から遡及して当然に性別が変更したことにはならないと考える。それらの問題については別に議論がなされるべきである。
次に性同一性障害者のうち一定の対象者については、前項で述べたとおり医学的に判定された心理・社会的性別にしたがって戸籍法上の性別を決定する事が適当であると仮に考えたとして、当該対象者の戸籍簿上に記載された生物学的性別を戸籍法113条に基づき訂正できるか否かはまた別問題である。すなわち、戸籍法113条は、従来その対象が戸籍面上明らかであるか、戸籍面上明らかでなくとも訂正の結果、身分関係に重大な影響を与えない事項について、不適法、錯誤、遺漏が認められる場合に訂正するための規定である(40)。この本来の規定の趣旨からすれば、戸籍の続柄欄の訂正が可能な場合は出生届の単純な誤りの場合などに限定されることになる。ところが、性同一性障害による戸籍訂正は、まず、既に述べたとおり出生時の判定方法の結果自体に誤りはない、また前掲民事身分を取得させるまでのものではないとしても、実質的には夫婦、親子の関係に重大な影響を及ぼすものであるから、本来の戸籍法113条に基づく訂正の場合には、審理の結果戸籍の記載に不適法、錯誤、遺漏が存在する場合には、必ず許可しなければならず、裁量の余地はないと考えられてきた(41)。私見によれば、仮に戸籍訂正を認めるとしても性同一性障害者の一部の者に限られるのであるから、戸籍法113条の規定が、家庭裁判所にその裁量権を付与した趣旨と解されるのか否かを検討しなければならない。
まず戸籍法113条の対象事項については、明文の制限はない。もっとも規定の位置関係から戸籍法116条(嫡出性の否認、民法773条による父を定める訴え等確定判決により身分関係が発生変更消滅する場合)、同114条(創設的届出行為)の各対象事項については含まれないようにも解されるが、実務では113条と116条の対象事項の一部について並存を認めている(42)。また家庭裁判所は、非公開で審理ができ、調査官、医務室技官という組織を備え、利害関係人の参加も可能であること等、本件事項を審理判断するうえで適当な機関であると考えられる。これらの事柄からすれば、私見では、性同一性障害者に対する立法的または社会制度的対応が明らかとなっていない段階においては、本件事項を戸籍法113条の対象事項に含めることが可能であると考える。
次に許可の要件を吟味することが113条の許可をするうえで可能であるのか否かについては、戸籍法113条の対象事項を形式的事項に限定する場合には裁量権を認める必要はないとしても、対象事項にそのような制限がないのであれば、法文上許可するか否かについても何ら文言上制限がないのであるから、広く裁量を認めることができるのではないかと考える。
性同一性障害の発症原因について生物学的要因説の立場に立脚するならば、当該対象者は出生時より生物学的性別とは反対の心理・社会的性別を有していたことになるのであるから、その治療として性転換手術を受けたことは戸籍訂正を認めるための一つの要件であるに過ぎず、結局出生時から性別表記は誤っていたことになる。これは事実認定の問題も含まれるので、具体的事例においてそのような事実が認定できる可能性を否定するものではない。しかしながら、既に述べたとおり性同一性障害の発生原因については、未だ医学的に解明されたとまでは言えない。また仮に理論的には中核的性の自己認知とそれを基盤として形成される心理・社会的な性の自己認知とは区別して観念できるとしても、外形的・現象的な面から見れば、心理・社会的性の自己認知については、一定期間人間として成長するにしたがって明らかとなっていくものであって、小児期から現れた症状のため生物学的性別に従った学校生活が全くできなかったような場合は別として、そうでないものは外形から判断して、出生時から一定期間生物学的性別に従って社会生活を送ってきたと評価せざるを得ない場合が多いのではないか。そうすると当該対象者のその期間に関しては、法律上生物学的性別に属していたと評価せざるを得ないことになる。この事柄を前提とすれば、既に述べた心理・社会学的性別によるべき対象者の戸籍法上の性別については、その性質上生涯の途中で変容する可能性のある事項になる。すなわち、その出生時における戸籍の記載には誤りはないことになり、その後ある一定の時点において初めて戸籍の性別記載と本来記載すべき性別とが齟齬することになる。この齟齬している状態を解消することは、本来の訂正ではなく、むしろ概念的には更正(戸籍法施行規則45、46条参照)に含まれるのではないかと思われる。しかしながら、戸籍法及び施行規則上、戸籍更正のできる場合は限定されており、また本件事柄の性質上戸籍更正に含めて処理することは相当ではない。他方戸籍は、過去の記録であるとともに当該個人の将来の生活の基本事項ともなるという二面性をもっているものであるから当該齟齬した状態を放置することも相当ではない。したがって、このように戸籍記載された事項がその性質上将来において変容する可能性のあるものである場合には、一定の時点における対象事項が従来の戸籍記載と齟齬すれば、その時点では戸籍訂正事由があるとして訂正を認めることができるのではないかと考える(43)。
性同一性障害者が、戸籍法113条に基づき戸籍訂正を求めてきた場合、性同一性障害者に対する何らかの立法的措置、社会制度的配慮が確立していないことを前提とすると、以下の見解に分かれると思われる。第一は、「性同一性障害については、その発症原因等医学的に解明されていない部分があり、またその治療として行われるいわゆる性転換手術についても現代医学の技術では未だ不完全と言わざるを得ない。また戸籍上の性別は、既存の夫婦関係、親子関係に更には夫婦・親子の概念に深刻な影響を及ぼすことになることから、いかに医学的判断とはいえ、それを社会通念、国民感情から受け入れることはできない(一切否定する見解)。」とする説、第二は、「戸籍訂正を認める余地はあるとしても、この種の訂正は、現行の戸籍法113条の対象外の事項である。すなわち、戸籍法113条による訂正は、訂正の対象事項が戸籍の記載自体から明白である場合、又はその事項が軽微であって訂正がなされても親族法相続法上重大な影響を及ぼす虞のない場合に限られるべきである。また本来の訂正の概念にもなじまないのではないか。」との説、第三は、「性同一性障害者であると医学的に認定され、その治療として不可逆的な性転換手術を受けた対象者について、更に一定の要件が充たされる場合には、戸籍法113条によって、訂正が可能である。」との説である。
私は、本件の問題点を整理するとともに、性同一性障害者に対する立法や社会制度的措置が無い段階における解釈論として前記第三の説が成立する可能性を検討してきた。現段階の私見は、戸籍訂正を認めることを一切否定するものではないが、認めることのできる事例はかなり限定されるというものである。
(筆者)注
(22) 精神神経学雑誌99巻7号534頁
(23)
大島俊之教授は、「性同一性障害の法律問題」神戸学院法学29巻1号95頁以下において、「性同一性障害者に対して、性別表記および名の変更を認めるための特別立法をしていないわが国の現状は、憲法24条2項の規定に違反している。特別立法を制定する場合には次のような要件を規定すべきである。」と主張される。
「一 医学的な要件
@性同一性障害者であること、A性転換手術を受けていること、B性的外観が変容したこと、すなわち、外部性器の形態による性及び第二次性徴が、出生時に確認された性と異なること、C社会学的性の変容、つまり当該人物が社会において果たしている性的役割が変容したこと、D生殖能力がないこと、E将来における再転換の可能性が極めて低いこと
二 法的な要件 1 満20歳以上であること、2
完全な行為能力を有すること、3
婚姻していないこと
三 子のない者に限るべきか
私見は、子(実子・養子)を持っている者にも性別表記の変更を認めるべきであると考える。そして、性別表記の変更の効力は既存の親子関係には、影響を及ぼさない旨を規定すべきである。」
(24) 大村敦志教授は戸籍の記載の訂正まで認めるのは消極的である。すなわち、「確かに自己決定権、幸福追求権などを援用して、戸籍上の性別の変更までもが必要であるとする議論は可能であろう。とはいうものの、そのような取扱いに伴う弊害が大きいならば、(2)(3)で述べたような措置(筆者注「行政文書等への性別記載の省略」「名の変更」)にとどまるという選択もあり得るように思われる。」と主張される(大村「性転換・同性愛と民法(下)」ジュリスト1081号61頁)。なお、私見によれば性同一性障害者に対するこのような立法政策が示されれば、戸籍訂正に関する解釈も当然変わってくるものと思われる。
(25) 名古屋高裁決定昭54(1979)・11・8家庭裁判月報33巻9号61頁(原審名古屋家裁審判昭和54(1979)・9・27)。
(26) 札幌高裁決定平3(1991)・3・13家庭裁判月報43巻8号48頁
(27) 田中加藤男氏は、「戸籍訂正に関する諸問題の研究」司法研究報告書16巻3号256頁において、注(26)〔札幌高裁決定平3(1991)・3・13家庭裁判月報43巻8号48頁〕と類似の事例である東京家裁審判昭38(1963)・5・27(医師の診断書によって申立人が男性仮性判陰陽で開腹試験の結果両側に睾丸が認めうるとして申立人の続柄欄長女とあるのを長男と訂正することを許可した。)を紹介し、そのコメントとして、「(申立人の)出生当時を取ってみれば、申立人が女性として出生届され、そのように戸籍に記載されたことを事実に反するものといえないかもしれない。しかし、手術により男性であることが判明した以上、戸籍記載に錯誤があるものと言わざるを得ないであろう。この審判に異論はあるまい。」と述べられている。
(28) 出生当時男女の性別を判定できないため、出生証明書が作成不能であり、同書面を添付できない出生届であっても、監督法務局長の指示により、追完を前提として出生届は受理される扱いとなっている(昭23(1948)・12・1民甲1998号民事局長回答)。
(29) 「臨床精神医学講座第7巻人格障害」262頁以下(中山書店、1998年)
(30) 「臨床精神医学講座第7巻人格障害」262頁以下(中山書店、1998年)
(31) 針間克己「性同一性障害の概念及び現況」ケース研究254号42頁によれば、医学用語としては、性別再判定手術 (sex reassignment surgery) が用いられ、性転換手術 (sex change operation) という用語は現在用いられていないとのことであるが、本稿では一般になじんでいる性転換手術という用語を使用する。
(32) 精神神経学雑誌99巻7号536頁
(33) 戸籍の意義と使命、社会的機能については、成毛鐡二新編『戸籍の実務とその理論(改訂・増補)』22頁以下(日本加除出版、昭和40(1965)年)参照
(34) 加藤令造=岡垣学『全訂戸籍法逐条解説』327頁(日本加除出版、昭和60(1985)年)
(35) 谷口知平『戸籍法(第3版)』454頁(有斐閣法律学全集、昭和61(1986)年)
(36) 大村敦志『家族法』269頁(有斐閣)
(37) 青木義人=大森政輔『全訂戸籍法』41頁(日本評論社、昭和57(1982)年)、谷口知平『戸籍法(第3版)』42頁(有斐閣法律学全集、昭和61(1986)年)
(38) 出生届には、添付書類に原則として出生証明書を必要とする。子の男女の別は出生証明書の記載に従う(加藤令造=岡垣学『全訂戸籍法逐条解説』325頁〔日本加除出版、昭和60(1985)年〕)、出生証明書の作成者は、出産に立ち会った医師、助産婦、その他の者であり、「その他の者」とは、出産に立ち会った者であれば、家族・親戚・隣人など何人でも支障はない(加藤令造=岡垣学『全訂戸籍法逐条解説』330頁〔日本加除出版、昭和60(1985)年〕、谷口知平『戸籍法(第3版)』133頁〔有斐閣法律学全集、昭和61(1986)年〕)。このように出生証明書を作成するのは法律上一般人(家族・親戚・隣人)でもよいこと等からすれば、出生子の性別は外性器の形状によらざるを得ないであろう。
(39) 住民登録台帳等行政文書の性別を行政機関に対し職権により訂正・変更することを求めるという方法も考えられる。その場合、現行制度ではおそらく申立者が行政機関に対し資料とともに職権訂正を求め、訂正されない場合には何らかの行政処分に対する行政訴訟提起という方法になるのであろうが、家庭裁判所と比較して当該行政機関が当該事項を判断するうえで必要な物的人的組織を備えているのか、またその方法が申立人のプライバシー保護の観点から適当であるのかと言う点を考えると当該方法が有効な救済手段であるとは言い難い。
(40) 田中加藤男「戸籍訂正に関する諸問題の研究」司法研究報告書16巻3号19頁
(41) 田中加藤男「戸籍訂正に関する諸問題の研究」司法研究報告書16巻3号19頁
(42) 戸籍法113条、114条の対象事項については、あまり限定しないのが、審判例及び戸籍実務の扱いであると思われる(『講座・実務家事審判法』4―261頁〈日本評論社)、青木義人=大森政輔『全訂戸籍法』457頁(日本評論社、昭和57(1982)年)、昭和46(1971)年3月1日民甲972号通達)。
(43) 仁平先麿「性転換と法」戸籍時報269号11頁において、仁平氏も訂正の概念に含めて考えるべきであると主張されている。
参考条文
国民健康保険法第7条(資格取得の時期)
市町村が行う国民健康保険の被保険者は、当該市町村の区域内に住所を有するに至つた日又は前条各号のいずれにも該当しなくなつた日から、その資格を取得する。
国民年金法第7条(被保険者の資格)
次の各号のいずれかに該当する者は、国民年金の被保険者とする。
一 日本国内に住所を有する二十歳以上六十歳未満の者であつて次号及び第三号のいずれにも該当しないもの(被用者年金各法に基づく老齢又は退職を支給事由とする年金たる給付その他の老齢又は退職を支給事由とする給付であつて政令で定めるもの(以下「被用者年金各法に基づく老齢給付等」という。)を受けることができる者を除く。以下「第一号被保険者」という。)
二 被用者年金各法の被保険者、組合員又は加入者(以下「第二号被保険者」という。)
三 第二号被保険者の配偶者であつて主として第二号被保険者の収入により生計を維持するもの(第二号被保険者である者を除く。以下「被扶養配偶者」という。)のうち二十歳以上六十歳未満のもの(以下「第三号被保険者」という。)
2
前項第三号の規定の適用上、主として第二号被保険者の収入により生計を維持することの認定に関し必要な事項は、政令で定める。
3
前項の認定については、行政手続法(平成五年法律第八十八号)第三章(第十二条及び第十四条を除く。)の規定は、適用しない。
国民年金法第8条(資格取得の時期)
前条の規定による被保険者は、同条第一項第二号及び第三号のいずれにも該当しない者については第一号から第三号までのいずれかに該当するに至つた日に、二十歳未満の者又は六十歳以上の者については第四号に該当するに至つた日に、その他の者については同号又は第五号のいずれかに該当するに至つた日に、それぞれ被保険者の資格を取得する。
一 二十歳に達したとき。
二 日本国内に住所を有するに至つたとき。
三 被用者年金各法に基づく老齢給付等を受けることができる者でなくなつたとき。
四 被用者年金各法の被保険者、組合員又は加入者の資格を取得したとき。
五 被扶養配偶者となつたとき。