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人権擁護法案2005記事アーカイブ
updated 2005/03/13
社説:人権擁護法案 メディア規制削除し出直せ
(毎日 2005/03/13)
自民党の法務部会などで激しい反対論が渦巻いたのも、当然といえば当然である。
政府が再提出を予定している人権擁護法案のことだ。
メディア規制の条項などが激しい世論の反発を浴び03年に廃案となった法案が、今度は与党の中からも批判にさらされている。
もはや議論を振り出しに戻さなければならない。
法案では、問題のメディア規制の条項は凍結し、解除するには別の法律を制定する必要がある。凍結するとはいえ、メディア規制の条項は取材を拒否した際の「つきまとい、待ち伏せ、進路に立ちふさがり」を人権侵害と規定するなど極めて威圧的だ。
メディア規制を凍結しても、マスコミが政府や与党に都合の悪い報道をすれば、解除するぞと脅しているように見える。日ごろから圧力をかけておきたいとの意図がミエミエである。
3年前に旧法案が国会に提出された際には日本新聞協会と日本民間放送連盟、NHKの3者が共同声明を出し、「政府機関の報道への不当な干渉につながりかねない」と強い懸念を表明した。
同時に、マスコミ側は集団的過熱取材の弊害を防ぐための取り組みを強化し、各報道機関は第三者によるチェック機関を設置するなど、国民の批判に応える努力をしている。
しかし、自民党の部会ではメディア規制に対する反対論は少なく、規制に同調する声の方が多かったようだ。
その一方で法案に対しては「法案の人権侵害の定義があいまいで、憲法が保障する表現の自由などに反する」などと別の角度からの批判が相次いだ。
確かにその定義は「不当な差別、虐待、その他の人権を侵害する行為」とあいまいだ。「その他」が拡大解釈される恐れは十分にありそうだ。国会や政党の調査活動にすら支障が出るのではないかとの議論も浮上している。
部会ではこのほか、救済機関である人権委員会が立ち入り調査権限を持つことや委員委嘱の選考過程が不透明で委員に国籍条項がないことへの懸念も出された。そうした指摘が自民党内の法案批判に拍車をかけた。
これに対し法務省側からは出席者を納得させる説明はほとんどなく、欠陥だらけの法案であることが浮き彫りにされた。
自民、公明両党が法案成立に動き、民主党もメディア規制の削除を条件に成立に前向きの姿勢を見せていたが、自民党の部会の反対で15日予定の法案の閣議決定は見送られることになった。与謝野馨自民党政調会長も「懸念が払しょくされるまで法案は提出させない」と言わざるを得なかった。
一から論議をやり直すのは当然だ。人権擁護とメディア規制とは、別の問題として考えなければならない。人権侵害の定義や人権委員会の独立性の問題なども、丁寧な議論が不可欠である。
法案再提出の前にまだやることがたくさんある。
人権法案を問う 土井香苗弁護士インタビュー
(東京 2005/03/13)
政府・与党が今国会に再提出を検討中の人権擁護法案では、同法案に基づき法務省外局に新設される人権委員会(仮称)のジェンダーバランス(男女比)が男性優位となり、「女性の人権侵害救済が十分なされない」との指摘がある。女性として、また難民問題をめぐる法務省入国管理局とのやりとりも多々、経験している弁護士の土井香苗氏に話を聞いた。 (社会部・市川隆太)
――政府与党案によれば、人権委の構成は委員長プラス四人の委員で、うち常勤は委員長と委員一人だけ。「男女いずれかが二名未満とならないよう努める」(九条二項)ともなっており、「男性優位の委員会になるのでは」との指摘もある。女性差別撤廃に役立ちますか。
法案では人権委は法務省外局になりますが、反対です。私自身、性差別を法務・検察当局に訴えることの無意味さを体験的に知っている。
私は検事志望でしたが、司法試験合格後の修習中、検察の教官から「女性の採用はクラスで一人だから」と言われた。「結婚とか出産もあるんだから」と、検事任官をあきらめるよう促された女性もおり、すごい差別をしていた。
実際、修習同期生の四分の一が女性なのに、検事になれた七十四人中、女性は十人だけ。「検察官任官における“女性枠”を考える修習生の会」を結成し、法務省人権擁護局に是正を求めたが、ぬかにくぎの対応。「はあ。はあ」と聞き置くだけで、何もしない。改善されたのは、メディアと日弁連の批判のおかげです。
――法務省首脳は、その人権擁護局を人権委事務局に横滑りさせると言っている。政府は、国連から二度にわたり、政府からの独立性ある人権機関にするよう注意された経緯があるが、これで国際水準を満たせるか。
国際比較でも法務省外局というのは一番の問題で、本当は会計検査院のような独立性を持たせるべきだ。国の権利侵害と闘えるよう人権機関のトップに中央省庁の事務次官級の権限を持たせ、強い機関にしている国もある。スウェーデンの人権機関を一カ月、研究しに行ったことがあるが、事務局に女性やマイノリティー(少数者)が多数、入っていた。
――難民・入管問題に携わる立場からの意見は。
法務省は入管の収容場や刑務所、拘置所という身柄拘束施設、いわば最大の人権抑制機関を抱えている。名古屋刑務所事件のように施設内で人権侵害事件を起こし、入管が国連機関が認定した難民を強制送還しているのに、肝心の人権委が法務省外局なのでは被害者を救済できない。在日外国人は入管の身内であることを嫌気し、入居差別や就職差別を受けても人権委に駆け込めなくなるでしょう。政府からの独立性を求める国際基準を尊重すべきです。
どい・かなえ 弁護士。1975年、神奈川県生まれ。東大法学部卒。97年、国際司法ボランティアとして、独立直後のエリトリア(アフリカ)の法務省調査員となり、法整備に携わる。アフガニスタン難民弁護団、原爆症認定集団訴訟弁護団などに所属。
再提出迫る「人権擁護法案」とは (朝日 2005/03/10朝刊社会面)
3年前に国会提出され、与野党や弁護士会、メディアも巻き込んで熱い議論を呼び、結局は廃案となった人権擁護法案が、再び国会に提出される。そもそも法案は何を目指し、どのような内容なのか。主な争点は何なのか。
目的 迅速に被害救済
差別や虐待の被害者の人権をすみやかに救済することが、法案のもともとの目的だ。成立した場合に行政機関として設置される人権委員会は、どんな手続きで救済にあたるのか。
人権侵害の程度により二つのルートがある。ひとつは一般救済手続き。対象はすべての侵害で、調査は任意にとどまり、関係する行政機関に資料や情報提供などを求めることもできる。救済や予防の必要があれば、被害者への助言、加害者への指導、被害著と加害者の調整などを行う。
もう一つは特別救済手続き。不当な差別や相手をひどく不快にさせるような差別的言動、深刻な虐待、加えてメディアによる人権侵害を対象とする。
調査は強制力を伴い、出頭を求めての質問、文書の差し押さえ、侵害現場への立ち入りもある。
侵害があると判断すれば、人権委は特別救済措置をとる。例えば調停・仲裁で話し合いによる解決を目指す。
解決しない場合は、司法の場での救済を図るため、人権委が調査資料を裁判所に提供するなどで支援する訴訟参加制度が最後の手段としてある。
対象 差別・虐待・いじめも
特別救済の対象にあげる差別、虐待、メディアによる人権侵害とは、どのようなものか。人権擁護推進審議会の答申などをもとに想定してみた。第一に、人種、信条、性別、社会的身分、門地、精神的・身体的障害や病気、性的指向などを理由とする差別的取り扱いだ。ホテルや公的施設がハンセン病の元患者や同性愛者の宿泊などを断ることや、在日朝鮮人への嫌がらせは典型だ。
被差別部落を明示した「部落地名総鑑」の販売・配布などは「差別助長行為」として差し止め措置も考えられる。しかし石原都知事の「ババア」発言のように不特定多数を対象にした場合は、文書頒布ではなく、被害者を特定できないとの理由から対象外というのが法務省の見解だ。
虐待は配偶者や恋人の暴力やスト−カー行為、家庭や施設での子ども、高齢者、障害者に対するもの、学校・職場での体罰・いじめなど。
一方、「メディアによる人権侵害」は特別救済の柱として別枠でたてられている。取材者が犯罪被害者や容疑者の家族らに対し、「つきまとい、待ち伏せし、立ちふさがり、住居や学校、勤務先に押しかけたり、見張りをしたり、電話をかけ、ファクスを送ることを継続的反復的に行い、生活の平穏を著しく害する。私生活に関する事実をみだりに報道し、名誉や平穏を著しく害する」ことを「過剰な取材」などとして対象とするが、「定義が不明確で拡大解釈される」と批判を浴びている。
争点 人権委独立性 メディア規制
争点は主に二つ。第一は「人権委員会の独立性への疑問」だ。法案で人権委は法務省の外局とされる。「法務省が所管する拘禁施設などでの人権侵害を、実効的に救済できないのでは」との指摘である。日本弁護士連合会などは内閣府に置くべきだとの対案を示した。
前回の法案審議で、情勢を変えたのは02年10月に明るみに出た名古屋刑務所事件だ。「法務省施設での人権侵害」という指摘が現実になった。
再提出される法案でも人権委は法務省の外局に置く。「独立行政委員会として設置し、法相の指揮・監督が及ぶわけではない」と同省は同じ主張を繰り返す。
第二の争点は「メディア規制への危惧(きぐ)」。日本新聞協会などは「国民の知る権利に応えるための『熱心な取材』『粘り強い報道』にブレーキをかける危険がある」と反対してきた。
メディア対象条項は今回は「凍結」とされる。同省は「人権擁護推進審議会の答申を尊重した。全国犯罪被害者の会から同条項を残すよう求める要望も出されている」という。だが言論界などから「報道の制約は民主主義にとって危険だ」と、再び削除を求める声があがっている。
人権法案を問う 辛淑玉さんインタビュー (東京
2005/03/06)
政府・与党が、二〇〇三年に廃案となった人権擁護法案の今国会再提出を目指している。人権救済機関を法務省外局につくり、メディア規制も行う法案に反対してきた民主党や部落解放同盟も、なんらかの人権救済法案づくりには賛成した。解放同盟と女性、在日外国人、障害者、学者、弁護士らは対案の「人権侵害救済法試案」をつくったが、もし与党案の修正協議が中心の条件闘争色が強まると、顧みられなくなる。
試案づくりに間接的にかかわった人材育成コンサルタントの辛淑玉さんは「人権の大義で戦争する米国を見れば、人権は権力者の新しい“カード”だ。カードを切った与党に今の反対勢力では勝てないが、大事なのは負け方だ」と言う。
(社会部・市川隆太)
――与野党協議でマイノリティー(少数者)の意見が反映されるか。
マイノリティーに関し、与野党とも無知。イラクの日本人人質事件後、民主党幹部に「在日外国人の私が人質になったら民主党は助けてくれるか」と質問したら、「世論が支持しない」と答えた。政治家は外国人を犯罪者予備軍か低賃金労働力として見ており、在日コリアンのように「国民」の枠からはずれた者、一票を持たない者は意識の中にもない。法案の中身も理解していないだろう。
――汚職政治家らへの取材を妨げるメディア規制条項もあり、問題だ。
分かる。でも、イラクでの人質をたたいた雑誌が「メディア規制反対」と叫ぶのを見ると吐き気がしたし、批判しない他社も人権を語れるのか。声を上げられぬほどたたかれた人のために闘って解決したことがあるのか。被害者は生き抜くのに精いっぱいで、メディア規制に反対する余裕もない。
ドメスティックバイオレンス、ストーカー、セクハラの被害者も、そう。彼女たちを救っているのは警察です、国家権力です。国家が最大の人権侵害をするという従来型発想だけでは、国家が保護する人権という新しい概念を理解できない。
法務省外局に人権委員会(仮称)をつくる、もってのほかの法案だが、人権救済が明文化されれば民事訴訟などで武器になる。たたかれている者は「小さなニンジン」でもうれしいし、転ぶんです。だから、与党案にだって飛びつきたくなる。東京都の管理職受験資格が否定されたように、在日コリアンも一貫して無権利状態。われわれマイノリティーは今、なんの保護もない「奴隷」なんですよ。
――にもかかわらず、与党案に反対の理由は。
自民党は憲法すら解釈で骨抜きにしてきたから、今度も「人権」を盾に良識あるメディアの息の根が止められる。物言えぬ社会になるばかりか、戦争への道につながる、とんでもない悪法です。反対運動の仕切り直しが必要。たとえ負けても「これはまずいぞ」と思わせる負け方ができれば、政府・与党の暴走は防げる。同時に、人権カードを使い、味方のふりをしつつ自らの既得権だけ考える人や組織は…、私は絶対に許さない。
――在日外国人に指紋押なつを強制した人たちが、今度は辛さんたちの人権を守ります、と言っている。感想を。
吐き気がします。悪夢ですよ。
◇ ◇
被差別部落出身者を中傷する悪質な差別はがき事件が、つい最近も起きた。許し難い差別をなくす法律の制定が急務となっている。それとともに、女性、障害者、在日外国人、難民、犯罪被害者、受刑者などの人権をどう守っていくのか。当事者の声を随時紹介する。
しん・すご 1959年、東京都生まれの在日3世。人材育成会社「香科舎(こうがしゃ)」代表。ビジネスショーなどの運営、官庁、企業の研修を手がける。人材育成、人権に関する講演などは年間百数十本に及ぶ。明治大学政治経済学部特別招聘(しょうへい)教授、神奈川県人権啓発推進会議委員。