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(引用者注・判例収録誌は、引用者が挿入)

 

石原明(神戸学院大学法学部教授)『法と生命倫理20講』日本評論社・1997年11月30日刊
(75〜86頁)

第8講     性転換手術はタブーか? 性転換と戸籍性別の変更可能性



目次

はじめに

    真性の性転向症者に見られる主な徴候とその原因
    一    その主な徴候
    二    その主要な原因

    性転換の法律問題
    一    刑事法上の問題―性転換手術の合法化
    二    民事法上の問題―戸籍簿の性別変更

むすび



2 性転換の法律問題

    一    刑事法上の問題―性転換手術の合法化 (略)

    二    民事法上の問題―戸籍簿の性別変更

        (一)     わが国ではまだ、人の性別は身体的・生物学的に決められるとの考え方から抜け出していないが、欧米諸国では次第に性別を、生物学的のみならず精神的・社会的要因をも考慮して考えるという方向に進んでいる。そしてドイツでは性転換を遂げた人の身分登録簿の性別変更を認める法律がつくられ、スウェーデンやカナダのケベック州でもそのような法律があるが、法律がなくてもフランス、オランダ、スペインのように裁判上でこれを認めたり、イギリスやアメリカの幾つかの州のように行政上で柔軟に転向した性に合致した取扱いをする国も多い。

        (二)     世界に先駆けて法律を制定したスウェーデンやドイツでも、その制定に至るまでには幾つかの経緯があった。ドイツを例にとると、その背後にはこの問題を憲法レベルで論議した連邦憲法裁判所判決がある。そこでその事実関係と判決内容を要約的に紹介しよう。

    A(男性)は、少年の頃から自分を女性名に変え、また睾丸摘出、陰茎除去、人工膣を取りつける性転換手術を受け、病院で看護婦として働いていた。Aは出生届の性別の記載を「女性」に改めてもらうよう裁判所に申し立て、この申立ては最終的に連邦憲法裁判所に持ち越された。裁判所は当人を真性の性転向症者と認めた上で、ドイツ憲法は人間としての尊厳と人格の自由な発展を保障しているので、真に精神と肉体の不一致に悩む人には、道徳律としての「性の不可変更性の原則」にもその例外を認めるべきだとして、性別の変更を認めたのである(1978年10月11日)。更にこの判決は、男性および女性の生殖能力が婚姻締結のための前提条件ではなく、婚姻は原則として解消しえない共同生活への両性の結合であるとして、性転換を遂げた人にも結婚の道を開いたことをも付け加えておきたい。

        (三)     こうした司法機関の最上級の裁定を背景として、ドイツでは性別変更を可能にするための法律をつくる作業が開始され、連邦議会および連邦参議院における審議を経て、1980年9月10日に特別な場合における名前の変更および性所属の確定に関する法律(性転換法)が成立した。そこでこの法律の中心的な規定をここで示しておく。

    それは8条〔性所属の確定〕であり、そこでは性別変更を認める前提条件として、@性転向症により、出生届に申告された性とは別の性に所属する感覚を持ち、少なくとも3年以上そのような強い圧迫感のもとにある者が、裁判所に性所属変更の申立てをすること、A他の性への所属感覚をもはや変えることができないと認められること、B結婚していないこと、C長期の生殖不能者であること、D性転換手術を受け、それによって他の性の表現型と明らかに類似するに至ったこと、以上である。そうしてこの法律が制定されてからドイツでは、毎年平均160件ほどもの裁判例があり、その多くは性転向症者に好意的な判決で、就職上の差別を禁じたものもある。なお95年9月には、世界各国から約200人ほどの性転換に関する専門家がドイツに集まってシンポジウムが開かれ、多くの成果を得たということが報告されている。

        (四)    こうして、外国における一例としてドイツの場合を示したが、ひるがえってわが国の状況はどうであろうか。

    性別変更に関してこれまでわが国では、それほど多くの議論があるわけではない。ただし戸籍変更の手がかりとしては、戸籍法113条114条および116条の規定があり、その113条は、「戸籍の記載が法律上許されないものであること又はその記載に錯誤若しくは遺漏があることを発見した場合には、利害関係人は、家庭裁判所の許可を得て、戸籍の訂正を申請することができる」と規定している。そこでこの場合、「その記載の錯誤」を援用もしくは類推して、性別変更を可能にすべきだとの見解もあるが、錯誤とは「思い違い」であって、性転向症者の場合は、はじめは例えば「男性」としたことに間違いがあったわけではなく、成長するにつれて心と体の不一致が次第に現れてくるというのであるから、やはり錯誤による「訂正」には当たらず、まさしく性別の「変更」ということになり、そうすると、その根拠規定がないことになる。

    ただ、東京家裁1963年5月27日の審判が、申立人とその父母との続柄を「長女」から「長男」に訂正することを許可したケースがあった。しかしこれはいわゆる半陰陽(間性)の場合であり、医師の鑑定によると開腹検査の結果、両側に睾丸を認めうることが明らかであるから、戸籍の「長女」という記載には錯誤がある、というものである。したがってこれは性転向症の場合の先例となるものではない。今一つ、札幌高裁1991年3月13日決定(家庭裁判月報43巻8号48頁) は、「性別判定には性染色体のほか、外性器の修正可能性および将来どちらの性で生活した方が新生児にとって幸せかといったことをも加えて判断すべき」として、戸籍上の「二男」を「長女」に訂正することを認めたが、これも出生時において外性器に異常があり性別判定が困難であったという、いわゆる間性のケースである。性転換のケースとしては、男性から女性へと性転換手術を受けた者が、両親との続柄「二男」を「長女」に訂正することを申立てたのに対して、名古屋高裁1979年11月8日決定(家庭裁判月報33巻9号61頁)は、「人間の性別は性染色体の如何によって決定されるべきであるから、鑑定の結果、正常男性型の性染色体を持つ者については、男性から女性への戸籍訂正をすることはできない」とした。さらに、乳房の除去手術を受けた女性から男性への性転向症者が、性別を女性から男性に訂正することを申立てた事案について、1994年3月31日に横浜家裁は、鑑定などにより申立人は真性の性転向症者であることを認めながらも、「男女の別を何でするかは、最も常識的に考えて、生物学的・生理学的な見地からであるといわざるをえない」と述べて、戸籍訂正申立てを却下した。この事案は東京高裁で審理中であったが、97年3月28日に原審を支持する決定がなされたので、申立人は最高裁に特別抗告をし、現在最高裁で審理中である。


むすび

   こうしてみると、海外の幾つかの国では、すでに立法により、あるいは裁判例により、または行政上で、性転向症者がその性に適合して社会生活を行っている事実を尊重する取扱いをしているのであるが、わが国のこの問題に対する法的・社会的な面での対応はまだまだ進展していないというべきである。しかし医学が進歩しその情報がわれわれに伝えられる今日においては、いたずらに感情論や固定した道徳観念にとらわれることなく、悩める人に救済の手を差し伸べて共に生きるということでなければならない。それらの人の就職や結婚問題についても、身体的特徴のほかに精神的要因や社会的要因をも加味して判断するということへの理解も必要である。更には、世間には真性の性転向症の段階にまでは至っていなくても、なおこうした心身の悩みを抱え、就職や社会生活面で不自由を強いられている人達も多いことをも考慮に入れて、こういう人達も胸を張って生きていけるよう、社会の理解が進展することを期待したい。

 


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