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人権擁護法案 各紙社説

Editorials on the Human Rights Protection Bill

last edited 2002/11/12


日本経済 2002/11/12

人権擁護法案の不備明らか


 国会で審議が進んでいる人権擁護法案の不備が浮き彫りになるような事件が起きた。

 名古屋地検は、男性受刑者に集団暴行を加えていたとして、名古屋刑務所の刑務官5人を特別公務員暴行陵虐致傷容疑で逮捕した。激高した受刑者を取り押さえ保護房に収容する際、腹部を革手錠で強く圧迫し腹部内出血の重傷を負わせた疑いが持たれている。限度を超える暴行を加えたとの報道もある。事実だとしたら、許されない権力犯罪である。

 名古屋刑務所では、今年5月にも保護房で刑務官らの制圧を受けた受刑者が急死している。法務省の調査では、名古屋刑務所での革手錠の使用は飛び抜けて多い。一体名古屋刑務所で何が行われていたのか。検察当局は、徹底的に捜査してほしい。

 受刑者の逃亡や暴行、自殺などを防ぐため、監獄法で身体を拘束する用具の使用が認められている。しかし、革手錠については、国連規約人権委員会が「心身への苦痛が大きく残虐で非人道的である」として使用を懸念する勧告を出した。名古屋弁護士会も今年8月、適正な使用を求める警告書を提出している。重傷を負った受刑者は、理由のない懲罰を受けたとして、同弁護士会に人権救済を申し立てている最中であった。

 それなのになぜ事件を止められなかったのか。刑務所は、刑務官がいわば「権力者」として君臨し法の支配が及びにくく、閉鎖社会で外部からの監視も不十分であるからだ。刑務官への人権教育と人権侵害を食い止める仕組みが必要となっている。

 人権擁護法案は、今回のような公権力の行使に当たる職員の虐待を防止するのが目的の1つである。そのためには、公権力による虐待を調査勧告する人権救済機関の独立性と強力な調査権限が不可欠である。

 だが、人権救済機関を刑務所や入国管理施設を所管する法務省の外局として設置する法案では、独立性に不安が残る。内閣府に移すべきだ。人権救済機関への申し立てに限り収容者の秘密通信権も保障すべきだ。

 法務省は、メディア規制につながるとの批判のある条項を凍結する考えを示した。だが、行政機関が取材報道活動を規制すること自体おかしい。凍結でなく削除すべきだ。


読売 2002/11/10
 
[刑務官暴行]「人権擁護法案の欠陥を示した」

 密室のなかで行われた「公権力の犯罪」に暗然とする。許し難い職権の乱用である。

 名古屋刑務所で今年九月、受刑者が大けがをした事件で、名古屋地検特捜部は、集団暴行を加えたとして、刑務官五人を特別公務員暴行陵虐致傷の疑いで逮捕した。

 興奮した受刑者に集団で殴るけるの暴行を加えたうえ、保護房に収容し、両手首と腹部を縛る革手錠をかけ、腹部を強く圧迫して重傷を負わせたという。

 名古屋刑務所では今年五月、暴れた受刑者が刑務官から制止され、革手錠で保護房に収容されたあと、死亡する事故が起きている。昨年も、受刑者が保護房収容後、死亡している。

 外部からはうかがい知れない刑務所内で何が起きているのか。受刑者への人権意識が希薄になってはいないか。

 検察当局は、今回の事件だけでなく、全国の類似の疑いある事例を、徹底的に調べなければならない。

 国連の規約人権委員会は、革手錠について「非人間的な戒具」とし、法務省も通達で「特別に必要がある場合」と規定している。

 名古屋刑務所では、革手錠を使った事例が、今年一月から九月までに計百五十八件もあった。異常に多い件数だ。

 刑務所を監督する法務省は、名古屋刑務所での革手錠の使用状況をつかんでいなかったことを認めた。同刑務所の徹底した内部調査が行われたこともない。

 問題の根は深い。刑務所などを管理する法務省矯正局と全国の刑務官などは、法務省の他局をはじめ、外部との人事交流も乏しく、強固で職能的な閉鎖社会を形成してきた背景があるからだ。

 現在、国会で、人権救済機関の設置などを盛り込んだ人権擁護法案の審議が行われている。

 法案策定のそもそもの発端は、国連の規約人権委員会が警察、刑務所などでの「公権力による人権侵害」の救済機関の設置を、政府に勧告したことだった。

 だが、実際に政府が提出した法案は、公権力による人権侵害と同列の形で、メディアの過剰取材などによる人権侵害を「特別救済」の対象とし、救済機関の人権委員会を法務省の外局として、自省の管理の下に置くものだった。

 これに対して読売新聞社は五月に、人権委を「法務省の外局ではなく、内閣府に移すべきだ」と提言している。

 刑務所など法務省の施設で、虐待の訴えが少なくないが、同省に対するチェックが働かない懸念が強いからだ。

 人権委を内閣府に置くよう、法案の見直しが必要だ。


毎日 2002/11/09

人権擁護法案 差別と虐待根絶のため出直せ

人権擁護法案を審議する参院法務委員会で、政府がメディア規制に関する部分を凍結する意向を表明した。報道の自由を脅かすとの批判を考慮してのものだが、法案の欠陥は一部修正ぐらいでは到底是正できない。廃案とし、差別と虐待の根絶という本来の目的達成のため根本から練り直すべきだ。

 法案のメディア規制に関する条項は、スキャンダル報道を嫌う政治家の横やりで盛り込まれたといわれ、当初から疑問視する声が強かった。法務省も諸外国の人権救済機関はメディアを対象としていない、と説明してきた。

 確かに、いわゆる「報道被害」には深刻な側面がある。興味本位の報道や行き過ぎた取材などについて、新聞をはじめとするメディアが反省すべき点も多い。しかし、日本新聞協会はメディアスクラム(集団的過熱取材)対策に取り組み、各報道機関もオンブズマン制度をスタートさせるなどして、報道の適正化に努めている。その成果は少しずつだが表れている。

 「報道被害」の救済は本来、司法手続きに委ねられるべきだとする考え方が一般的でもある。最近の名誉棄損訴訟の判決や和解では損害賠償額が大幅に引き上げられており、行き過ぎた報道への抑止力が高まっていることも見落とせない。メディア側の一層の努力は不可欠だが、「報道被害」を理由に報道の自由を軽んじるメディア規制は、民主社会を守る立場からは危険と言わざるを得ない。

 政府がメディア規制を凍結すると言い出したのも非を認めればこそだろう。それならメンツなどにこだわらず、削除して当然だ。報道による人権侵害は、あくまでも報道機関の自主規制と、行き過ぎた報道を排除する市民の健全な良識によって一掃を図りたい。

 一方、国連など国際機関からも政府から独立した人権救済機関を設置するように再三勧告されているのに、法案が新設する人権委員会を法務省の外局としている点も納得できない。独立行政委員会は内閣や法相の指揮を受けないとしても、地方組織を法務省職員が担うのに、同省が所管する拘禁施設での公権力による虐待や暴力に満足に対応できるとは考えにくい。

 折から名古屋刑務所で受刑者が刑務官の集団暴行を受けて死傷した事件も発覚した。拘禁施設では似たような暴力や虐待が日常茶飯事のように起きているからこそ、国際機関からも独立性を確保するように求められているのだ。襟を正し、公平性を示すため、人権委員会は外部に設置すべきだ。

 そもそも人権委員会のスタッフに、同省人権擁護局の職員をそのまま横滑りさせようとすることも虫がよすぎる。同局がさまざまな差別などで人権を救済できなかったからこそ、新しい人権救済機関が求められているのではないか。過去への反省なくして、実効ある運営は期待できない。

 欠陥だらけの法案を小手先の修正で済ませようとするのは、差別と虐待を真剣に根絶する気持ちがないからだと思わざるを得ない。


東京 2002/11/09

刑務官の暴行 人権擁護へ解明急げ

 塀の内側で圧倒的に有利な立場を利用して受刑者に暴行するのは卑劣極まる。本当に人権が守られる社会の実現を目指し、事件が起きた土壌まで解明するとともに人権擁護法案を練り直すべきだ。

 特別公務員暴行陵虐致傷容疑で名古屋地検に逮捕された名古屋刑務所刑務官の暴行は、服従しない受刑者を制圧するために行われた。

 同刑務所では他にも制圧行為で死亡した受刑者がいる。傷害、傷害致死行為が公務として行われていたとすれば恐ろしい。

 受刑者は外部との接触を断たれ、被害をすぐ外部へ訴えることもできない。刑務官は受刑者を心理的、物理的に支配し圧倒的な優位にいる。このような力関係を背景にした権限乱用は人間として恥ずべき行為である。幹部の管理、監督責任も視野に入れ徹底的に追及すべきだ。

 国民は検察と刑務所がいずれも法務省所管であることを知って捜査を見守っている。検察は捜査の行方しだいでは国民の信頼を失う危険性を肝に銘じなければならない。

 同刑務所では革手錠の使用回数が突出していた。事件は氷山の一角、水面下にもっとたくさんの人権侵害があることをうかがわせる。

 だからこそ国会審議中の人権擁護法案は練り直しが必要なのである。官の人権侵害に甘いと批判された法務省は「既にある救済制度が機能しているから」と弁解したが、事件の発覚で前提が完全に崩れた。

 法案で新しく設置される人権委員会が独立行政委員会だとはいえ、実務を担うのは法務省の職員や地域の人権擁護委員だ。同じ法務省管轄の拘置所、刑務所や警察など官の人権侵害に公正、的確に対処できるか疑わしい。

 委員会の独立性はまやかしにすぎない。人権侵害の是正と防止のためには事務局の独立性も重要だ。

 国会審議で浮上している「メディア規制条項を一定期間凍結」する修正案もまやかしだ。当面、メディア側の自主努力を見守るが、その対応に政治の側が納得しなければ凍結解除というのだから、規制権限が官に留保される点で本質は変わらない。背後にムチを隠しながら左手でアメを差し出すようなものである。

 メディアと市民の関係は、メディアと市民の対話で決めるのが民主社会のあり方だ。そのための努力が既に活発に行われている。

 国連が日本政府に求めたのは官の人権侵害に有効に対処できる人権機関である。その基本に立ち返り、現在の法案はいったん廃案にして一から出直すべきだ。


朝日 2002/11/09

■刑務官犯罪――官に強い人権機関を

 まぎれもない公権力の犯罪である。名古屋刑務所の受刑者に集団で暴行して大けがを負わせたとして、名古屋地検が刑務官5人を逮捕した。

 暴れた受刑者を保護房に収容したうえで、必要もないのに革手錠で腹部をひどく圧迫し、手術をしなければならないほどの大けがをさせたという。

 刑務所は、罪を犯した人々を健全に社会復帰させるための矯正の場である。人権感覚がまひした刑務官の行為は、その理念を踏みにじるものだ。

 名古屋刑務所では、保護房での別の受刑者の急死にも不自然な点がある。外部の目が届かない密室で何が起きたのか、検察当局には真相を解明する責務がある。

 不可解なのは刑務所の姿勢だ。所長は当初「許される範囲の正当な職務行為だった」と説明した。だが、暴行の様子は自殺や逃走防止のために保護房につけられているビデオカメラに録画され、これが立件の決定的な証拠になった。

 最初から、うやむやにするつもりだったのではないかと思わざるをえない。もしビデオカメラがなかったらと思うと、ぞっとする。

 募るのは、この事件が氷山の一角ではないかという疑念である。

 全国各地の刑務所の保護房で受刑者が死亡したケースが、この4年間に、明るみに出ただけで5件ある。しかし、プライバシーなどを理由に、死亡時の状況や原因などは公表されていない。

 受刑者が「暴行を受けた」と裁判所に訴えても、刑務所側に暴行の事実を否定されてしまえば、密室で起きたことだけに証明するすべはほとんどない。弁護士会にも多くの救済申し立てがされており、問題の広がりと深刻さを感じさせるが、現実の被害救済には大きな壁があった。

 国連の規約人権委員会は98年、日本の刑務所や拘置所には国際人権規約上多くの問題がある、とする見解を公表した。「受刑者の不服申し立てを調査する、信頼できる制度がない」という委員会の指摘にどうこたえるかが、いまこそ問われている。

 折しも、新しい人権救済機関の設置を盛り込んだ人権擁護法案の実質審議が、今週から始まった。

 法案では人権救済機関が法務省の外局に置かれることになっている。それでは、身内の刑務所や拘置所で起きた人権侵害を徹底的に調査できるのかという疑問がある。

 法務省施設での人権侵害はかねて疑われながらも、摘発されることは少なかった。隠蔽(いんぺい)体質や身内への甘さに対する疑念をぬぐうことはできない。人権救済機関を法務省にゆだねるわけにはいかないのだ。

 人権救済機関づくりで「民に強く、官に弱い」と言われるような愚を犯してはならない。官に強い組織にしてこそ、本当に役に立つものになる。


朝日 2002/11/08

■人権擁護法案――修正はまやかしだ

 人権擁護法案の実質審議が臨時国会で始まった。差別や虐待などに苦しむ人たちを迅速に救済するため、立ち入り調査をしたり、文書の提出を命じたりできる新たな人権委員会をつくろうというものだ。

 現在は身近で頼りになる人権救済機関がなく、裁判に訴えては時間と金がかかる。被害者が泣き寝入りをせざるをえない面があることを考えると、人権委員会をつくることは歓迎したい。

 問題は法案の中身である。私たちはこれまで、見過ごせない点が二つあり、それを根底から改めない限り、廃案にすべきだ、と主張してきた。

 一つは、メディアの取材・報道に制約を加える色合いが濃いことだ。もう一つは、入国管理施設や刑務所など法務省管轄下で人権侵害が繰り返されているのに、人権委員会を法務省に置くことの矛盾である。

 こうした批判を意識してのことだろう。政府・与党内では、(1)将来新たな立法で解除するまでは、メディア規制の部分を凍結する(2)一定期間後に法律全体を見直す、という修正を加えることで、法案の成立を図ろうという動きが進んでいる。

 筋違いの修正である。

 メディア規制では、犯罪被害者や家族などへの行き過ぎた取材が対象とされている。取材が過剰かどうかを人権委員会という行政機関が判断する。行政が取材の範囲を決めることになり、表現・報道の自由を侵しかねない。

 政府も認めるように、海外の人権救済機関にメディアを対象としたものはない。

 凍結というまやかしではなく、メディア規制の部分は完全に削除すべきだ。

 市民の批判にさらされ、メディアの側にも変化が生まれている。

 犯罪被害者や家族の取材で報道各社が窓口を一本化する。話し合いで通夜の取材を控え、葬儀も代表取材にする。各社ごとに自宅に押しかけるような取材は慎む。そうした試みが積み重ねられている。

 中央だけでなく、地方の新聞・通信・放送各社が協力し、「集団的過熱取材」の苦情受け付けの窓口も次々につくっている。

 一方、最近になって、名古屋刑務所で受刑者が急死したり、けがをしたりしていたことが明らかになった。刑務官の暴行があったとして検察当局が捜査している。この刑務所では、これまでも急死したケースがあるのに、プライバシーなどを理由に、実態はつまびらかにされていない。

 法務省に置かれた人権委員会がこうした問題を洗いざらい調査して、被害を救済できるのか。疑問に思わざるをえない。

 人権委員会をいったん法務省に置けば、一定期間後に見直すといっても、ほかの府省に移すのは容易ではない。

 政府と与党は、「凍結」や「見直し」という一時しのぎの策ではなく、人権救済機関のあり方を真剣に考えるべきである。


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