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(引用者注・西暦は引用者・旧規定(刑法・優生保護法)は当時のまま)
高等裁判所刑事判例集23巻4号759頁(判例時報639号107頁)
性的倒錯者に対していわゆる性転換手術を行った医師につき優生保護法28条違反の罪の成立を認めた事例の控訴審判決(控訴棄却・上告取下確定)
(麻薬取締法違反、優生保護法違反被告事件、東京高等裁判所昭和44(1969)(う)1043号昭和45(1970)年11月11日第一刑事部判決、控訴棄却(上告取下確定)
→ 一審
東京地方裁判所昭和40(1965)合(わ)307号ほか、昭和44(1969)年2月15日判決
《参照条文》優生保護法28条・34条、刑法35条
【控訴人】 被告人
【被告人】 青木正雄 弁護人 鹿野琢見 外5名
【検察官】 竹内 至
【第一審】 東京地方裁判所
○判示事項
1、正当な医療行為にあたらないとされた事例
2、優生保護法第28条の「手術」の意味
○判決要旨
1、判示のような情況のもとにおける去勢手術は、正当な医療行為といえない。
2、優生保護法第28条にいわゆる「手術」とは優生手術(同法2条1項参照)のみにかぎらず去勢手術をも含むものと解するのが相当である。
【参照】
優生保護法1条 この法律は優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護することを目的とする。
同法2条 この法律で優生手術とは、生殖腺を除去することなしに、生殖を不能にする手術で命令をもって定めるものをいう。
この法律で人工妊娠中絶とは、胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児及びその付属物を母体外に排出することをいう。
同法28条 何人も、この法律の規定による場合の外、故なく、生殖を不能にすることを目的として手術又はレントゲン照射を行ってはならない。
同法34条 第28条の規定に違反した者は、これを1年以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する。そのために、人を死に至らしめたときは、3年以下の懲役に処する。
刑法35条 法令又ハ正当ノ業務ニ因リ為シタル行為ハ之ヲ罰セス
○主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
○理由
本件控訴の趣意は、弁護人鹿野琢見、同三枝三重子及び同桜井千恵子共同作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、東京高等検察庁検察官検事土田義一郎作成の答弁書記載のとおりであるから、これ等を引用する。
論旨第1点について
所論は、原判示第一の事実につき、被告人の行為は、正当な医療行為であるのに、これを認めなかった原判決には、判決に影響を及ぼすことが明かな事実誤認がある、というのである。
よって、按ずるに、証拠に照らすと、被告人は、産婦人科専門医に過ぎず、本件手術当時においては、いわゆる性転向症者に対する治療行為、特に本件のような手術の必要性(医学的適応性)及び方法の医学的承認(医術的正当性)について、深い学識、考慮及び経験があったとは認めがたい上、原判示のように、本件手術前被手術者等に対し、自ら及び精神科医等に協力を求めて、精神医学乃至心理学的な検査、一定期間の観察及び問診等による家族関係、生活史等の調査、確認をすることもなく、又正規の診療録の作成及び被手術者等の同意書の徴収もしておらず、又性転向症者に対する性転換手術を医療行為として肯定しない医学上の諸見解があることが認められ、これ等の事実とその他被告人の捜査官に対する供述調書等諸般の関係証拠とを総合考察すると、被告人が技術的に性転換手術を施行する能力のある医師であり、一応性転向症者であると推認しうる被手術者等の積極的な依頼に基づき、性転換手術の一段階として本件手術をしたものであり、性転向症者に対する性転換手術が次第に医学的にも治療行為としての意義を認められつつあるのであって、本件手術が表見的には治療行為としての形態を備えていることを否定できない旨の原判決は、これを概ね肯認できること及び所論の縷説するところを考慮しても、被告人に被手術者等に対する性転向症治療の目的があり、被手術者等に真に本件手術を右治療のため行う必要があって、且本件手術が右治療の方法として医学上の一般に承認されているといいうるかについては、甚だ疑問の存するところであり、未だ本件手術を正当な医療行為と断定するに足らない。原判決が、性転向症者に対する性転換手術が法的に正当な医療行為として評価されるために必要な条件を掲げ、本件手術が右条件に適合しない点が多いので、これを正当な医療行為として容認できない旨判示しているのは、その表現において右判示するところと稍異るけれども、略同旨であると考えられるのであって、正当な結論であるというべく、その他記録を精査し、且当審における事実取調の結果を併せ検討しても、原判決に所論のような事実誤認があるとは認められない。論旨は理由がない。
同第2点の2について
所論は、原判決第1の事実につき、本件手術は、優生保護法第28条の対象にならないのに、本件手術に同条を適用した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明かな法令適用の誤りがある、というのである。
よって、按ずるに、同条にいう手術は、同条の文理と検察官の答弁のように、同条が比較的人身に対する影響の少ない優生手術でさえ、正当の理由がない限り一般的にこれを禁止していることに鑑み、身体に種々の障碍を生ずるおそれの大きいいわゆる去勢手術を禁止することは、合理的な措置であるというべきことに照らすと、所論を考慮しても、所論のように優生手術のみに限らず、原判示のように本件手術のような去勢手術をも含むものと解するのが相当であり、又同条にいう生殖を不能にすることを目的として手術……をしてはならない旨の文言を原判示のようにその手術により生殖が不能になることを認識して行えば足りる旨解することは、文理上いささか無理があるが、本法の趣旨に鑑みれば合理的で正当な解釈であると考えられ、且被告人に右認識があったことは明らかである。然らば、本件手術が同条の構成要件に該当するものと認定した原判決は正当であって、所論のような法令適用の誤りがあるとは認められない。論旨は理由がない。
同第2点の1について
所論は、優生保護法第28条は、憲法第11条、第13条に違反するか又は本件手術が優生保護法第28条に違反するとすることは、同条の解釈運用において憲法の右各法条に抵触するから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。
よって、按ずるに、(中略)原判決に所論のような法令適用の誤りがあるとは認められない。論旨は理由がない。
同第1点の2について
所論は、原判示第一の事実につき、被告人は、本件手術を正当な業務行為と信じて行ったものであるから、故意を阻却するものであるのに、被告人に故意を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。
よって、按ずるに、(中略)原判決に所論のような事実誤認があるとは認められない。論旨は理由がない。
同第1点の3について
所論は、原判示第2の事実につき、被告人に犯意及び営利目的なく、且期待可能性がなかったのに、犯罪の成立を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。
よって、按ずるに、(中略)原判決に所論のような事実誤認があるとは認められない。論旨は理由がない。
同第3点について
所論は、原判決の量刑不当を主張するが、(中略)原判決の量刑は寔に相当であって、不当に重いとは考えられない。論旨は理由がない。
よって、本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法第396条によりこれを棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき同法第181条第1項本文を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 脇田忠 判事 高橋幹男 判事 環 直弥)