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Naoのエッセイ2002-03

since June, 2002
updated Jan. 2, 2003

1/2

昨日、★市長さんからの年賀メールが届きました。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
☆なお 様

あけましておめでとうございます。
昨年7月にお会いしてから、メールをいただいておりましたのにお返事をしないで失礼しました。
その後、もっと詳しい資料もいただきました。
市役所では、ご不自由な事が無いようにしていただけるようにしたつもりです。
今度試してみてください。

市報にあなたの写真の作品を載せたのは御気づきでしょうか?
今年がよりよい年になる事を祈っています。
             ★市長 ♪(2003・1・1)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
市報の取材の為に市庁舎を訪れた時、市長さんにも挨拶したんですけどね?
町村合併などで多忙な方ですので、わからなかったのでしょうね。
 
国への意見書についての請願書の件は、年末に公明の女性市議と話し合いをしました。
公明党の新聞で、この問題についてはずいぶん知識があるようでしたが、実際に市民からの申し出がないと、市議会で取り上げることは無いので、わたしがいろいろと話をすることで、やっと市に話をすることができると言ってくれました。
来月は、公明党の集まりで浜四津敏子議員にも会われるということですし、小金井市の鈴木洋子議員もよく知っているそうです。
 
しかし、市議会への請願については、他の会派などとの話し合いも必要ということで、とりあえず市長との話し合いで、市の書類について、不用な性別欄の削除の問題を話してみるということでした。
これについては、すでに市長さんも協力的なので、他にも対処できることがあれば、実際に措置をしてくれると思います。
目標としては、先進の自治体である小金井市、新座市の状態まではできると言われたので、そこまではがんばってもらえそうです。
 
投票所入場券のゴタゴタから、政治に全く無関心になってたわたしでしたけど、こうなったら政治家の方にご協力いただいて、なんとか議員立法をお願いしないと、この性同一性障害者の戸籍の性別変更問題は解決しないと思います。
地方都市での話では、政府には全く影響を及ぼせないかもしれませんけど、こうやって地道に協力していただける人脈を築くしか、今のわたしにできることはありません。
なんとか、意見書の可決までいけるといいのですが・・・
今年も戸籍の性別変更が可能になるよう、できることからコツコツとがんばります!


12/24

わたしは仏教徒ですけど・・・でも、キリスト様のお話も好きなのがありますし、教義は違っても、平和と愛を求める気持ちはすべての宗教で同じだと思います。
 
男女共同参画のお話・・・先日の鳥取県での女性の政治参画フォーラムで、男性県議がクレームをつけ、サブタイトルが変更されたという事柄が、田舎では未だに男系社会が幅を利かせているというのを象徴する出来事ではないでしょうか。
県の各委員会の男女比を平等にする運動に対する、男性県議のアンチテーゼかも?
 
こちらでは、農家の長男がなかなか結婚できず、村によっては40代男性の婚姻率が半数以下という事態になっているそうです。
農家というのは、代々田畑を守るという性質上、家督相続になるのを避けられません。
ここでは、現在であっても「家を継ぐ」という問題が残っています。
当然のように、長男がいればその人が家督相続をします。
その長男は嫁をもらい、子供を産み育て、また長男に田畑を託します。
これを延々と繰り返すのが、農村の掟なのです。
 
農家では、妻と夫は対等のパートナーではありえません。
家の組織の中で嫁の立場は「最下級」であり、「家を継ぐ長男を産めなければ黙って家を去れ」という掟まで残っています。
農家では、嫁がどんなに農業を手伝い、家事をがんばったとしても、それは当然の事。
舅も姑も、誰もほめてくれたり、感謝してくれることはありません。
農家の嫁というのは、もらわれてきた奴隷に等しいのです。
運良く長男を産めたとしても、大切にされるのは長男であり、嫁はいつまでたっても他人扱いです。
嫁がやっと人間らしさを取り戻せるのは、舅や姑が老いてからです。
こんな状況であっても、当の農家では考え方を変えるつもりはなく、現在でも農家に嫁いだ女性たちは、このような家庭内差別に耐えているのです。
こんな結婚生活なんて、現在の自立した女性なら、どう考えてもしませんよね?
 
問題は、そのような男系社会が残っている家に生まれ育った男性が議員になり、その凝り固まった頭で議会に出ていることではないでしょうか?
表面上は「男女共同参画運動もしなくては」と言っていますが、内心は「しょせん女に政治なんかできるものか」と考えているに決まっています。
それが噴出したのが、先日のフォーラムでの出来事だったのだと思います。
 
☆市の人口は、男性より女性の方が多いんです。
それにもかかわらず、市議会32議席の内、女性議員はたった3名です。
立候補する人がいないから?本当に、ただそれだけの理由でしょうか?
田舎の男系社会が、立候補したい女性を押さえ込んでいるのではないでしょうか?
やはり、性同一性障害者の問題の次は、女性問題に取り組まなくてはいけないかも・・・
 
年末までに、女性市議の方と請願に向けての話し合いをすることになりました。
浜四津参議院議員、牛山長野県議会議員の活動もよくご存知でしたので、きっと協力していただけると思います。


12/21

昨日はよく読んでいなかったのですが、新しい小金井市の意見書は、内容がとても充実していて素晴らしいものになっていますね・・・感激です。
各地方自治体からの意見書としては、これをお手本にして議会で可決されれば、国としても動かざるおえない状態になるでしょう。
 
問題は、それを議会に提出してくれる協力議員を探し、コンタクトすることですね。
わたしも地元市議会の名簿の中から、とりあえず女性議員とのコンタクトをとってみようと思います。
この問題を聞いてもらうには、やはり?女性議員のほうがいいと思いますし・・・
 
先日の女性の政治参画フォーラムの一件もありますし、田舎の議会で男性議員にこのような話をしても無駄という気がしますね(+_+)
性同一性障害者の問題が片付いたら、そのまま女性問題にも取り組まなくてはいけないようになったりしてね・・・いっそ議員になりましょうか??ウソウソ(~ ~;


12/20

日々刻々と、わたしたち性同一性障害者に対する世論の理解が高まっているように感じるようになりましたね。
これも、みなさんの御協力の賜物だと思います。
 
今年○月、名の審判の時に裁判官から「現状の戸籍法では、戸籍の性別変更は不可能」と言われ、なんとも言えない脱力感を感じましたが、この1年を通してみれば、集団申立てはうまくいかなかったものの、地方自治体の意見書の可決、浜四津敏子議員・井上哲士議員の法務委員会での質問なども現実に行われ、少しづつでも前進している感があります。
 
イングランドの出生証明の性別変更、婚姻も可能になりますし、お隣り、韓国では有名な性同一性障害者の戸籍の性別変更が認められるなど、この1年間に、世界でも性同一性障害者の人権問題を解決していこうとする動きが顕著になりました。
 
こういう動向を支えにして、来年こそは、日本国内においても戸籍の性別変更が可能になるような、具体的な動きを作れたらと思います。
それには、なおいっそうの皆様のご協力をいただかなければいけません。
可能な方は、自分の居住する自治体の長に「性同一性障害者に対する人権保護政策」をお願いし、もし協力いただける議員の方がいれば、情報提供などのお手伝いを積極的にするなどの、陰の努力も必要だと思います。
 
裁判官も「時代と共に法は変わるもの、希望は捨てないでください」と言ってくれました。
来年こそは、法を変えるほどのムーブメントをみんなで作りましょう!


12/15

ハ・リスさんのニュース、とても明るい報道が多く、この問題が韓国社会に完全に認められてしまったかのように感じられます。
ハ・リスさんの判決は、韓国の性同一性障害者にとって、とても心強い判決になったと思います。
これまでの判例を元に、韓国で性同一性障害者に有利な判決が続くことを祈ります。
もちろん、日本も同じ戸籍制度を持つ国として、見習っていただきたいですね。

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さて、わたしもアムネスティー活動を支持する者ですので、当然、死刑には反対です。
被害者の家族が、死刑という極刑を望む気持ちも理解できますけれど、死に死をもって報いるという考え方は、人権というものを理解できていない証拠です。

しかし、現在の日本の刑法にも問題はあると思います。
死刑を廃止すれば、当然、最高刑は無期懲役となりますが、現在の日本の無期懲役というのは、恩赦が重なれば有期懲役となり、いずれ社会に戻ってしまうこともあるという点が問題になると思います。

こういう無期懲役を、本当の無期懲役とするためには、一部の国の刑法のように、禁固100年とか、禁固200年というような、短縮されたとしても、とうてい生きては刑期を終えられないようなものにするべきです。
単純に「死刑廃止」というだけでは、被害者家族は納得できないと思います。

先日も、和歌山砒素入りカレー事件の一審判決があり、死刑判決となりましたが、
被害者は複数であり、たった一人の犯人を死刑にしたとしても、それで被害者や家族の気持ちが救われたと言えるのでしょうか?
死者一人につき禁固100年を与え、合計禁固数百年とすれば、どんなに恩赦が重なったとしても、二度と社会に戻ることはできませんし、その犯行の罪の重さを、量刑によって歴史にはっきりと残すこともできます。

死刑廃止には賛成ですけど、死刑に替わる量刑を作らない状態では、犯罪被害者、家族の感情を考えれば、諸手を挙げて賛成する気持ちになれません。
法務大臣の判断で、死刑が実施されたりされなかったりというのではなく、きちんと刑法の改正をするのが先だと思います。

12/13

東京都小金井市、埼玉県新座市の取り組みは、今後の性同一性障害者への法的救済の礎となる出来事ではないかと思います。
こういう地方自治体での小さな救済措置が順次取られていけば、国としてもいつまでもこの人権問題を放置しておけなくなるはずです。
西川きよし議員の言葉を拝借して「小さなことからコツコツと!」ですね。
 
こちらでも現在、市の市民参画課の方が、現在の市の関係書類に、どのくらい性別欄があるのかを調査してくれています。(ご報告いただけるそうです)
性別欄が無用なものについては、省いていく方向に持っていけるようです。
以前にも市の書類から、無用な押印、性別記入欄などを少なくする運動をおこなったそうで、現在は昔よりもかなり少なくなっているそうです。
 
新座市の取り組みの中に「投票所入場券」の性別記載をやめるというのがあり、是非わたしの市でも、このような措置をお願いしたいと思いました。
ホルモン治療を始めてから、投票所でのもめごとがあって以来、一度も投票に行ったことがありません。
この措置が取られれば、是非、投票に出かけてみたいと思います。


12/10

東京は雪だったようですね・・・2〜3センチほどの積雪で大きな被害が出るということに、雪国のわたしたちは驚きを隠せません。
こちらでは、30センチ以下の積雪は通常生活の範囲ですので・・・(^o ^;

先日、市報のわたしの記事を取材してくれた女性とのメールがきっかけになり、わたしの「性同一性障害者への人権侵害問題」を市長に取り上げてもらうように、「市役所の市民参画課」に書類を提出することになりました。

昨日、担当の方と短時間面談して、参考資料として、わたしの意見文、名の変更審判書、小金井市の取り組みの新聞報道、参議院法務委員会での浜四津参議院議員の意見、地元新聞の「戸籍訂正審判集団申立ての失敗」の報道を渡してお願いしました。

市議会への提出をするには、一般陳情と請願があるというのを知りましたけど、これからどのような活動をすればいいのか、わたしにはわかりません。
味方になってくれそうな市議の方がいればいいのですが、政治の世界には知り合いもいませんし・・・
市長さんとは、先日面談したのですが(^o ^;手短に説明したので、よくわかってくれなかったようです(~ ~;

投票所でのすったもんだが嫌で、選挙にもずいぶん行っていませんし・・・でも、こういう活動をするには、どうしても政治家の助けが必要だな〜というのを感じるようになりました。



12/6

印鑑証明って、自分で使う書類としては、使う頻度が低いものですね。
わたしが使ったのは、普通車の購入の時、自動車登録用とカーローンの銀行借入の際の提出書類くらいのものです。
他には使うことが無い書類ですので、性別記載がどうであっても、それほど重要な問題ではないと思います。
 
住民票については、免許証や資格取得、就学、就職などの際に提出を求められるもので、この書類に性別記載が無くなれば、GIDにはうれしいかもしれませんが、受け取る側としては、トランス途中の人などの性別が不確定な場合、どのような対応をすればいいのか、実際困るのではないかと思います。
書類提出後にあれこれと質問されるのであれば、どちらがいいのかわからなくなるような気がします。
 
戸籍抄本については、パスポート申請と名の変更後の手続きに使ったくらいです。
こちらについては、法的解決をしないと問題の解決にはなりません。
 
ということを考えてみると、やはり戸籍の性別変更をちゃんとできない状態で、このような措置をとっても、それほどGID当事者に恩恵があるとは思えなくなりました・・あくまでもPost Operativeのわたしの個人的意見です。
 
今は「人権週間」なのですが、このような人権問題を考える人の多くのは「GIDの人々が、それを周囲に知られても差別を受けない社会」であればいいじゃないか?
という考え方をされているようです。
ところが、わたしが知る多くのGID(特にPost Operative)は「周囲の人々にGIDだと知られなければ、差別を受けることはありえない」との思いが強く、ここに両者の人権意識のギャップを感じてしまいます。
 
もちろん、どちらも可能になる社会が目標なんですけどね。




12/5

小金井市の性別不記載措置は「印鑑証明」だけに終わらないのでしょうね?

重要な書類としては、地方自治体管掌の「国民健康保険証」があると思います。
これに性別記載が無ければ、病院としても現実の体に対応してくれると思いますので、SRSを終えた人が病院に通いやすくなると思います。

実社会でよく使う「住民票」と「選挙投票所入場券」にも適用してもらえば、かなりの場面で不愉快な思いをしなくて済むと思います。

管轄が違うのですが、国外での特例措置として、海外での身の安全を守る為、肉体に合わせた性別を記載したパスポートを発給してもらいたいですね。
テロ警戒で乗客チェックがどんどん厳しさを増しているのですから、現実にセックスチェックされることも考えられますし、過激な宗教国家では、そのことを理由に逮捕される事も考えられます。
パスポートは、国内の身分証明には使わないのですから、海外での状況を考えれば、国民の命を守る為にも必要不可欠な措置だと思います。

しかし、人命を失う事件でも起きないと、この国は動かないのでしょうか?



12/4

民主党がゴタゴタ内紛している時に、GID調査会(注1)っていうのはね・・・それはとてもいいことなんですけど、ちゃんと立法してもらえるの?って心配になりますよね?
 
わたしは政治のことはわかりませんけど、政治家っていうのは、いつも地元の「票」を気にしながら活動するというのを聴いたことがあります。
ということはGIDの問題のように、それを取り上げたところで、地元の票とは無関係な事柄に関しては、なかなか積極的になれないのではないかと思ったのです。
 
ところが、公明党の浜四津参議院議員は違いました。
この方は、自分の票の為にGIDの法的救済を考えているのではありません。
今までも、さまざまな人権運動に携わってこられた方ですので、その運動の中から、わたしたちGIDの置かれた状況が、国の人権侵害であるという事を理解できたのだと思います。
 
もちろん、民主党議員の方にも、GID問題の理解者はいらっしゃると思います。
虎井まさ衛さんたち当事者と大島俊之先生、針間克己先生など、この問題のスペシャリストとも言える方々が出席されているので、正確にこの問題について話されたことと思います。
しかし、それをどう受け取るかというのは、個人的感情にも左右されることですので、果たしてこの後、どれだけの代議士がこの問題に理解を示してくれるかが問題です。
 
このように国政の場でたびたびGID問題が取り上げられるようになったことは、今までこの問題自体が無いものとして扱われてきた状況から考えれば、かなりの変化ではないかと思います。
 
わたしに本音を語ってくれた家事審判員の言葉ですが「法律は時代と共に変わるもの」という言葉を信じたいと思います。
 
鳥取県の「女性の政策決定参画フォーラム」についての男性議員のクレーム問題(注2)は、いかにこの田舎の議会が、男性主導状態にあるかを示すものでしょう。
都会では女性議員が多数在籍する議会もあるのでしょうが、田舎の議会で女性議員は少数派で、目立った政治活動はできない状況です。
与党の議席に女性議員はいませんし、女性議員が一人で何をどう言っても、男性議員に押さえ込まれてしまう状況は変えられないでしょう。
 
これは、田舎においては、一般社会の中でも同じことです。
男尊女卑は無くなったというのはうわべだけ、田舎ではいまだこのルールは無くなったとは言えない現状です。
たとえば教師にしても、PTAの反発を喰うのは女性教師が圧倒的に多いのです。
「受験期の大事な時に、女性教師が担任では困る」というのは、PTAの女親からの苦情です。
「いい歳して、嫁に行かないのは家の恥」などという時代錯誤な言葉も、田舎の人々にとってはあたりまえの言葉なのです。

問題なのは、それを言うのが女親たちだと言うことです。
女性自ら男女差別を行ったら、一体、誰がそれを止めさせることができるのでしょうか?
 
このような土地では、「男女共同参画」というのは建て前でしかありません。
現実には、男系社会そのものが残っているのです。
そして、それを否定しない女性たちにも、問題はあるかもしれません。



(1) 12月3日、民主党人権・消費者調査会でGID問題が取り上げられたことを指す。詳細は、杏野丈さんのHP(日記) および
Sexual Scienceの記事を参照。


(2) 12月4日付、山陰中央新報記事

 14日に鳥取県が羽合町で開くフォーラム「女性の政策決定参画」について3日開かれた鳥取県議会の教育民主常任委員会で議員から「公費を使って女性議員をふやそうというのはいかがなものか」とフォーラムそのものやサブタイトルの「議会は、女性を待っている」などにクレームがついた。

 県はフォーラムは、実施するがサブタイトルとパネリストの見直しをするため、案内のちらしを4千枚回収する。

 フォーラムは、女性の政治参画を促そうと県が企画。市川房枝記念会の山口みつ子常務理事が基調講演をし、片山善博知事ほか県議や市議、町議がパネリストになって意見交換する予定だった。

 委員会では「公費を使った会で女性議員を増やそうなどということが許されるのか」と男性議員からはフォーラムそのものを疑問視する発言が出た。

 また、他の議員は、「県議会や町村議会が女性を待っていると決議したような錯覚をあたえる。」とサブタイトルを批判。

 パネリストについても「統一地方選を前に現職議員が登場するのは、問題だ」「選挙前の微妙なときなので中止すべき」などの意見が相次いだ。

 取材に対して片山知事は、「女性が政治の場にでやすいよう環境づくりをしてハードルを低くすることは公益性にかなっている」と、セミナーやフォーラムの意義を強調。ただ「選挙前なのに人選に配慮がなかったかもしれない。タイトルで誤解を与えるというのなら変えてもいい」と話し、タイトルとパネリストの見直しを指示した。


11/26

今朝、主人の見ているテレビを眺めていると、スポーツ関係の話題を取り上げている番組でした。

今は、野球選手の来年の所属チームを変更する時期のようで、読売ジャイアンツの松井選手の話題と、近鉄バファローズの中村選手の話題が取り上げられていました。
二人とも、アメリカメジャーリーグのチームへの移籍を希望しているということで、どこの球団に所属するのか、楽しみな話題だと思って見ていました。

すると、巨人軍のオファーを中村選手が断るようだという話題になり、渡辺さんという巨人軍オーナーのコメントが報道されました。
「あんな金髪のモヒカンは、うちの4番バッターにはいらん!うちの選手が真似するとは思わんが、あんなのを未来ある少年たちが真似したらどうする?」という内容でしたが、この中には当の中村選手の実力の評価などは全く含まれておらず、単純に彼が「金髪とモヒカン」であるということへの誹謗中傷でした。

これをもしアメリカメジャーリーグのオーナーが言ったら、該当する選手に名誉毀損で訴えられてもおかしくないコメントだと思いますが、この純血主義の日本国においては「髪の色を変えるのは、不良かろくでなし」という見方が大勢を占めています。

「まともな日本人は黒髪」という固定観念でしか、人物を判断できないのでしょう。   このような発言は、以前にサッカー界の責任ある立場の人からも公式コメントとして発表されたことがありましたが、ご存知のように今年のサッカーワールドカップの日本代表選手の先発メンバーには、一人として黒髪の選手はいませんでした。

すでにサッカー界においては、このような選手個人のファッションへの誹謗中傷が公に発言されることはないかもしれませんが、歴史と格式あるスポーツ界においては、選手の実力という以外に、いまだに個人の容貌なども問題にする傾向があります。

このような「髪の色」に対する偏見の多くは、根底に「人種差別」を含むのではないかと個人的に推測します。

日本国は、単一民族(この国は少数民族無視ですから)、単一国家、単一言語という歴史を持ち、それゆえに他人種に対する寛容度や理解が乏しい欠点があります。 これが表面化したのが、先日の「外国人入浴規制問題」であり、今回の野球界の重鎮のコメントも、そのような人種差別が根底に含まれるものであると思います。
相撲界の話でも、外国人力士の行動について「品格に欠ける」という発言がありましたが、感情を表面に出さないことが「人間の品格」なのでしょうか?
これも、感情表現の違う外国人への偏見ではないのでしょうか?

金髪でもモヒカンでも、ちゃんと納税してまともに暮らしている日本人は大勢います。
今回のマスメディアでのこの発言は、そのような人への差別とも受け取れます。

わたしも金髪で暮らしていますが、公的機関で生徒45人に対して講義を行う講師として、生徒さんからも信頼されています。

このような「差別発言」が、メディアで堂々と放送されていることに、大変な不快感を持っています。


11/21

今日、参議院議員、浜四津敏子さんから、先日の法務委員会での質問にエールを贈ったメールのお返事をいただきました。
今後もこの問題に取り組み「一日も早く人権先進国として誇れるような日本に、すべての人がその人らしい人生を生きることができる人間性豊かな社会になれますよう、共に力を合わせて参りたいと思います」と書いていただきました。
国会の中に、浜四津先生のような協力者を得られたこと、とても心強く感じます。

現在の国内での状況を考えていきますと、いずれは戸籍の性別変更は可能になるであろうと推測できます。
もちろん、それまでにはたくさんの人の努力や協力が必要ですし、それがいったいいつ現実となるのかも不明です。
しかし、この状況が悪化方向へ向かうようには感じられませんので、微速前進という感じでしょうが、明るい方向へ動いていると思います。

ということを考えれば、果たしてここで書類上の性別記載をしないという、いわば「小さな解決」に臨むことがいいのだろうか?という疑問も生じます。
今後、戸籍の性別変更という、いわば「大きな解決」があったとすれば、そのような「小さな解決」が、反対に一部のTSにとって悪い影響を与えはしないだろうか?という不安もあるということです。

審判により新しい戸籍を獲得した後であっても、あるいは外見上、書類上の性別とは疑わしく見えるTSもいるかもしれません。
そのような方にとっては、書類に記載された性別がそれを受け取る側の判断材料となり、その書類が違和感の解消に役立つのではないかと思います。

もし仮に、そのような書類に性別記載が無かった場合、外見上はっきりと性別判断がつかない状態のTSが、書類上の手続きを行う場合において、いちいち確認されたりというような、戸籍の性別変更前の状態となんら変わらない状況になることも推測できるのではないでしょうか?

数年前までの「名の変更審判」において、MtFの名前に「子」をつけると却下されるというような噂があり、そのような明らかに女性とわかる名前を避けて、新しい名前を使用した人も多くいると思います。
わたしの名もそうですが、このような両性に共通の名の場合、書類記載の性別が存在するほうが、かえって「大きな解決」の後には好都合になります。
この場合「小さな解決」は、かえって「大きな解決」後には邪魔な存在となることも考えられるということです。

男女共同参画運動の観点からすれば、性差別解消にも役立つし、それをやってみてもいいのでは?という考え方になるかもしれませんけれど、わたしたちTSが本当に望んでいるのは、実際には男女共同参画運動とは逆のものかもしれませんね?

しかし、トランスジェンダーの方や、性同一性障害者でなくても住民票や印鑑証明に性別を記載されたくない方もいるかもしれませんし、それらの証明書発行が行政サービスであるなら、利用者の要求する情報だけを記載した証明書を発行してくれればよいのではないかと思います。
実際に、こちらの住民票の請求には、前住所と本籍を記載するかしないかというリクエストが可能ですから、これに性別という項目を増やしていただければ、様々な人のニーズに対応できるのではないかと思います。


11/20

市街地の紅葉も終わりに近づき、いつもより早い冬景色になりそうです。
もう山間部には積雪もありましたけど、初雪が早い年は降雪量は少ないというジンクスがあるので、スキー場にとってはあまりいい冬にならないかも?
○○市は、冬は積雪が多くて大変なので、あまり降らないほうがありがたいんですけどね・・・

岡山大でも、18歳から治療を開始できるようになったんですね。
わたしが一番苦しかった年頃でもあり、病名?や治療法もわからなかった時代から考えれば、格段の進歩と言えるでしょうね。
でも、こうやって遅ればせながらでも真実の姿に戻れたことは、過去のわたしにとっては、夢のまた夢の実現という感じです。

しかし、そういう大学などへの就学年齢での治療が開始できたというのに、法的救済措置がまったく取られていないのでは、治療中も治療後も、普通の暮らしをすることができないでしょうね。
特に、これからの厳しい就職を考えれば、せめて戸籍だけでもちゃんとしてあげなければ、あまりにもハンデキャップが大きすぎると思います。

こういうのは、責任ある大人がちゃんとしてあげなくてはいけないのに・・・
この国の司法は、いったいどこを見ているのでしょう?
六法全書と書類だけで物事を判断するから、現実の姿、実態が見えていないのでしょうね。
一刻も早く、この若い人たちの人権を守ってあげなくては!




11/14

横田先生への相談の時、最初、ゲイの婚姻の問題と思われてしまったことは、以前お話ししたと思います。
国際的人権問題に詳しい先生にとっては、そちらの問題も大きな問題かもしれません。
しかし、日本国内においては憲法24条(*)の両性合意の婚姻の原則があり、同性間の婚姻について取り組むには、まず憲法改正論から始めなければなりません。

性同一性障害者の戸籍訂正問題を、同性間の婚姻と同時に処理しようというのは、問題の本質から言っても異なることですが、一方で、同性愛者の人にしてみれば、元の戸籍では同性婚になるものの婚姻を認め、自分たちには何一つ認められないというのは、法の下の平等に反すると思われることでしょう。

もともと「生殖性」を基本に「婚姻関係」が制定されてきた経緯を考えてみても、性同一性障害者の婚姻というのは、基本的に生殖の可能性の無い婚姻ですので、そういう意味では、同性婚と比べてどこが違うのか?ということになるでしょう。

仮にMtF Post Operativeが、現状で女性と婚姻することは、法律上認められた婚姻となりますが、周囲からはどう見ても「同性婚」としか見えないでしょうし、多くの場合違和感を与えることになるでしょう。
もちろん、このような婚姻がある場合、当事者同士は「同性愛」との自覚を持っての婚姻となると思いますし、もちろん「生殖性」については可能性無しです。
これと、女性同士の同性婚との比較をした場合、いったいどこに差異があるのでしょう?
違いがあるのは、MtF Post Operativeが、書類上「異性」扱いされることだけです。
周囲の反響などを予想すれば、どちらのカップルにも差はないはずです。

MtF Post Operativeが男性と婚姻することは、現在の戸籍法では不可能です。
しかし、周囲の人間関係においては、このカップルは普通のカップルであり、日常的に差別を受けることは無いと思います。
しかし、書類上の手続きを要する場合に問題が多く、税金、保険などの請求においても、扶養関係が成立しないため、高い税率を支払うことになります。

しかし、これに関しては、同性婚(事実婚)をしている場合と同じであり、これが戸籍法の改定で婚姻が成立し、MtF Post Operativeの扶養が認められるようになった場合、同性婚(事実婚)をしている人との格差ができてしまいます。
どちらのカップルについても「生殖性」はありませんので、法的契約が違うとはいえ、片方だけに「婚姻関係」が適用されるのは、法の下の平等に反することになるとは言えないでしょうか。

諸先進国での取り組みも考えた場合、これに対処する方法としては、まず最初に性同一性障害者の戸籍訂正問題を解決し、同性婚ではなく、既存の婚姻関係で処理できる環境を作ることが、最もシンプルな解決法になると思います。
その後に「婚姻関係」と同義の、新たな「家族関係」を認める法律を作成する方法が、憲法の解釈の上でも、よいのではないかと思います。


*日本国憲法第24条
婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により維持されなければならない。
配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

  

11/12

今朝テレビニュースで、小樽の銭湯の、外国人の入浴規制に対する訴訟の報道を見ました。
入浴規制は「人種差別」にあたり不当とのことで、銭湯は損害賠償を支払わなければいけないという判決だったと放送されていました。

この銭湯の入浴規制が人種差別問題に当たるということは、海外の人種差別問題に関心を持っていれば常識で判断できると思いますが、日本という単一民族(この国は、少数民族は無視していますので)で単一国家の国では、ずっと昔のままの感覚なのでしょうね。
判決については明らかな人種差別ですので、控訴しようと何をしようと、絶対に覆らないと思います。

これは銭湯側の対応に問題があったのですが、実際には外国人の入浴スタイルが、日本人の常識から外れているという問題が多くあったのではないかと思います。
日本人はかけ湯をして入浴し、タオルも浴槽に浸けない(お湯が濁るので)などの常識をもって、公衆浴場を利用しているハズ?です。
(最近は、かけ湯もしないで入る日本人もよく見かけます)
外国人の中には、そのような日本的常識を知らないで入浴される方も多くあるでしょうし、しかも、外国人船員などの場合、体に刺青(タトゥー)をたくさん入れている人も多いので、一緒に利用している日本人から銭湯に苦情が寄せられたのではないかと推測します。

刺青を入れた人については、ほとんどの公衆浴場、公共プールなどで入場規制が実施されていますが、それについての訴訟というのは聞いたことがありません。
これは「暴対法」に由来する入浴規制に当たると思いますが、確かに刺青をした人イコール暴力団構成員とのイメージが日本国内では強く、そのような人が多く入浴していれば、自然と一般客が遠のくなどの「威力業務妨害」に当たるのではないかと思います。
それで、全国的にこの「刺青入浴規制」が行われていても訴訟問題とはならないのだと推測します。

ということを考えれば、その銭湯の人も「入浴ルールを外国人利用者に告知し、それに従えない場合は威力業務妨害として訴える」との意思表示を行えば、このような人種差別と判断されるような入浴規制を行わなくてもよかったのではないかと思います。

人種差別というのは、嫌悪感から発生する場合が多いので、このように「感情的」とも思えるような問題が多く発生するのだと思います。
今回の問題も、一つは「言葉の壁」があり、さらに「習慣の違い」などもあったと思います。
銭湯側が、外国人利用者とよく話し合うことが不可能だったので、問題がこじれていったのではないかと思います。

このように人と接する商売をされる方は、常に国際的感覚を持ち、顧客となる外国人とのコミュニケーションを率先して図るなどしなければ、いつまでたっても日本は鎖国時代と変わらないのではないかと思います。

今回の事件は、日本人の国際感覚、人権に関する知識の欠如を現したものだと思いました。

出人さんのHPにもあるように、人種差別に対する罰則を設けなければ、このような差別問題はなくならないだろうという意見に賛成します。
しかし、日本人が国際感覚を持たなければ、いつまでたっても心の差別は残ることでしょうし、そういう差別意識を根絶するには、本当の意味の人権教育が必要だと思いました。

ところで、わたしが今、人権文化センターから借りて読んでいるのは「
性同一性障害と法律」という本(晃洋書房)で、石原教授と大島教授の共著となっているものです。
まだ一部しか読んでいませんが、読めば読むほど、日本国の司法に憤りを感じます。

今、日本では、拉致被害者の家族問題から、北朝鮮に対して「どうしようもない国だ」との批判が多く聞かれますが、わたしたちの問題に関して言えば「日本国もどうしようもない国」との思いが非常に強いです。
すでに諸先進国では、すべて明らかにされて処理できている性同一性障害者に対する法的措置が、見かけ先進国である日本国では何一つ解決されていないのです。

小金井市のフォーラムで、国会議員の方から、立法に向けた動きがあることを知りましたが、それがいつになるのか、どういう立法を目指すのかなど、まだまだ未定のようです。
マスメディアでも、性同一性障害の問題がたびたび取り上げられるようになり、司法の言う「社会的コンセンサス不足」という問題は解決されつつありますが、ここから立法に至るには、まだまだ事件性が低いと立法府では考えているでしょう。

北朝鮮の拉致被害者救済に関する議員立法は、すぐにでも成立するようです。
これは、すでに国民的事件との意識が強く、世論がそれを求めていると判断されてのことでしょうが、わたしたちの問題は、もっとたくさんの人が救済を求めているのに対して、世論は相変わらず興味本位で、批判的意見が多く、同情的意見はまだまだ少ないのだと思います。

多くの日本人の人権に対する意識が国際的感覚になるまでは、わたしたちの問題を人権問題として理解できる世論にはならないでしょう。

いっそ亡命したい・・・わたしは日本国に対して、日々、絶望感と憤りを感じています。

しかし、こんなメールをわたしの講座の生徒さんからいただきました。

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前回のメールでNAOさんの(個人的な事なのでNAOさんと呼ばせてもらいます)
辛い立場がよ〜く解かりました。
世の中には不当だと思ってもさまざまな差別に遭遇する場合があります。
人種・男女・学歴・年齢・容姿・職業・障害者・etc.
しかし、何もしていないのに「笑われる」という屈辱を味わう経験はないでしょう。
戸籍上の性と違うだけで人を笑う無神経な人間がいることに怒りさえ感じます。
私など想像も出来ないほど悔しく悲しい思いをされたことでしょう。
そして守られるべき人権さえ保護されないないなんて・・・

お気楽に生きてる私が言える立場ではありませんが、
頑張って下さい!  負けないで下さい!選挙にも堂々と行って下さい!
笑う人間こそ笑われるべきなのです。

差別に関しては時代と共に徐々になくなりつつあるようですが
真摯に受け取ることが出来ない人もまだまだいると思います。
ただ闇雲に主張することがベストなのかどうかと危惧したので
前回、余談として書かせていただきました。

身近な人に性同一性障害の実態を話すくらいしかできませんが、
人権も守られ皆平等に生きらる世の中に一日も早くなるよう願っています。

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カミングアウトして講師を始めて、本当に良かったのかな?と思っていたのですが、このような反響のメールをいただいて、まだまだ日本人も棄てたものではないかな?と、一縷の希望も持てました。


11/11

法務省の「戸籍の再製制度に関する意見募集」なんて、全くこちらにも伝わっていませんでした。
わたしがちょうど人権文化センターによく通っていた時期ですので、そのような情報がセンターにあれば、必ずわたしの耳に入ったはずです。
ということで、人権文化センター(県の人権相談窓口にもなっています)の所長に、この件についてお話を聞きに行ってきました。
もちろん、わたしの事情などは熟知していただいてますので、もしそのような意見募集が所長に伝わっていれば、すぐにわたしに知らせてくれているはずです。

法務省のHPをプリントして持参してみたところ、やはり人権文化センターの方には、一切、この意見募集に関する話は来ていないということで、所長も「初耳です」とのことでした。
ストーカー被害の戸籍訂正など、人権に関するものも含まれる事柄ですので、人権文化センターに意見募集の通知が無いというのは、あまりにもいい加減な募集方法ではないかと、所長もあきれていました。
全国でたった8件の意見書しかなかった?なんて、あまりにも非常識な数字です。
一応「意見募集はしました」と言い訳をする為に、わざとわかりにくい募集方法をしたとしか考えられません。
マスメディアに出られる方々には、是非、この問題もアピールしていただきたいです。

今日、人権文化センターに
「性同一性障害と法律」が蔵書として入りました。
わたしが副所長にリクエストしておきたもので、正確にこの人権問題を考える上で、最も適当ではないかと思い、蔵書にしていただきました。
ここの図書は、主に教育機関の人が人権問題を研究するための図書として利用するものですので、少しでも多くの人にこの問題が正しく伝わることを期待しています。

小金井市でのフォーラムの様子を読み、GIDの戸籍の性別変更問題に対する社会の関心が、少しづつでも高まっていることを感じました。
このような取り組みが、やがて法律をも変える原動力となると思います。
一人一人の力は小さくても、あちこちでこのような運動が起これば、国としても放置しておけなくなると思います。
わたしも微力ではありますけど、この田舎でできる限りのアピールをしようと思います。

わたしは今日、
アムネスティーフレンズに入会しました。
初めて講師のお給料(非常勤なので僅かですけど)を頂いたので、それを使いました。

今、テロの脅威もさることながら、アメリカがイラク攻撃をいつ始めるのか?というような緊迫した状態にあります。
アフガニスタンの時もそうでしたけど、テロ撲滅という正義の名の下に、いったい何人の罪も無い一般市民が殺されたのでしょう?
正義の為には、多少の一般市民の犠牲はしょうがない?そんな正義があるのでしょうか?
何の罪も無い人が突然殺される、そんな戦争を絶対に許してはいけないと思います。
もちろん、卑劣なテロも憎むべき事ですが・・・
なんて、人間は愚かな生き物なのでしょうね。


11/7

昨日、無事に帰国しました。

テロの警戒ですけど、シンガポールのチャンギ空港が一番凄かったです。
自動小銃を提げた(ちゃんと引き金に指がかかってました)迷彩戦闘服の兵士が、4人ほどで空港内を警戒して歩いていました。
ぶっそうな国の人は見慣れているでしょうけど、平和ボケしている日本人にとってはかなり刺激的な警戒でした。
手荷物の検査も念入りで、チャンギ空港に入ってきた場合も出る場合も、X線と金属探知機の検査をしていました。

プーケット空港に着いた時はそれほどの警戒は見えませんでしたけど、現地旅行会社から「西洋人のよく行くディスコ、バーなどには近づかないようにしてください」と言われてしまい、やはり噂は本当だな〜と実感しました。
といっても、わたしたちの宿泊先のホテルの一階にはディスコがありますし、周辺にはゲイバー(ホモセクシャルの発展場?)がたくさんあって、そういう意味ではとても危険地帯の真ん中に宿泊しました。
しかし、そのあたりでは誰も警戒している様子はありませんでしたけど・・・

滞在中、ドクターは超多忙で、結局電話でお話をしただけでした。
せっかくなので、病院でホルモンを購入して帰りましたけど、以前よりも値上がりしていましたので、それほど割安感はありませんでした。
★さんと彼氏とで食事に行ったり、SRSを終えて静養中のメールフレンドと食事をしたりと、のんびりした旅行でした。

よく行く「サイモンキャバレー」にも行きましたけど、いつもほぼ満席なのに、今回はガラガラでしたので、これもテロの警戒のせいかな〜と思いました。
特に日本人観光客は激減しているそうで、プーケットの観光関係で働く人にとっては、とても危機的な状態のようです。


10/28

昨夜はなぜか寝付かれず、駄文をダラダラと書いてしまったようですね(^o ^;
他の方へのメールにも、駄文をダラダラと書き送っていたようで、久々に深夜のメール病患者?となっていました。

ということもあり、文中にちぐはぐな文章とか、よく理解できない文章もあったと思います。
半分眠っているような状態で書いていましたので、問題(特に部落差別などの差別に関する部分)となりそうな文章があったら、ご指摘いただければ幸いです。

文章を読まれた方が「不快感」を感じれば、それも差別問題となるわけですから、わたし個人の考えを書いたものであっても、他の方を傷つけるものについては、削除、訂正させていただきます。

さて、もうすぐ旅に出ます。

モスクワであのような事件があり、結果的には大量の死者を出しながら、テロを鎮圧した格好となりました。
チェチェンの問題とはいえ、これにもイスラム系のテロリストが関わっていることでしょうし、今後、ますますテロ活動が活発になることも予想されます。

タイという国はご存知のように「仏教国」ですが、Phuketのある南部の地域は、もともとマレーの一部でしたので、イスラム教徒も多くいます。
いつもお世話になる運転手さんもムスリムですが、あまり熱心な信者ではないので、豚肉混じりの料理も食べていますし、ラマダンの時も少々は食事につきあってくれたりします。

街のあちこちにあるチキン料理の屋台は、タイ北部のイサーン料理かムスリムの屋台で、街のあちこちに礼拝所(モスク)を見かけます。
暑い国ですので、薄い布を顔に巻くことはあっても、厳重に髪を隠すほどの女性は見かけません。

仏教徒といっても、一般人は僧にタンブン(お布施)をすることと、寺院に寄付をすることが徳を積むことと考えられている小乗仏教ですので、教義によって何かを規制されたりすることはありません。
やはり、この国は自由を重んじる国だと感じます。

しかし、それは法によって作られる自由ではなく、個人がまとまらないことと、人と価値観が違うことに無関心であることで作られる「自由」のようです。
ぶっちゃけると「とってもいい加減な自由」の国ですから、テロリストが何かを行うには不適当な場所ではないかとも思えます。
外国人が多く訪れる場所でテロを行っても、被害者となった人の母国では問題となるかもしれませんが、タイの事件としては、数日もあれば忘れてしまわれるのではないかと思います。

Phuketでは、よく日本人観光客が事故に遭っています。
「象乗りツアー」で象に振り落とされて半身不随になったり、ダイビングツアーの潜水事故で亡くなったりという事件が年に数回はあります。
それでも、そのようなツアーは無くなりませんし、誰もそれを責めるようなことはしません。

事故に遭いたくなければ、ツアーを購入しなければいいし、ツアーに参加するということは、そういう危険に遭っても仕方ないと思われる国だからです。
日本国内であれば、そんな危険なツアーは即時廃止・・・ですよね?

たとえタイ国内で事故死したとしても、日本のように何千万円もの慰謝料を請求することは不可能です。
ツアー会社と言っても個人経営の小さなものですし、あちらの年収が数十万円ほどであることを考えれば、どこに請求したとしても支払える能力はありません。
もし、死んだり事故に遭った時に対価が欲しいのであれば、日本の損保会社と契約しておくことが必要です。

タイで死ぬということは、日本よりもとても小さな問題のように思えます。
だから、タイで大量殺人のテロを行ったとしても、タイ国内に与えるインパクトはあまり無いと思うのです。

もし、わたしたちがテロに遭ったら・・・一番の問題は、新聞などの報道で「日本人男性2人がテロに遭遇」と書き立てられることでしょうね。
戸籍の性別変更を行えずそのような死に方をしたということが、心残りと言えば心残りかもしれません。
でも、主人と一緒に逝けるなら、わたしは幸せですよ。

あ、またつまらないことを書いてしまいました・・・ごめんなさい


10/27

わたしが中学生の時、同和教育の授業で担任の教師に注意を受けたことがありました。
それはアンケートのようなものだったと思いますが、「部落差別のことをどう感じていますか?」というような内容だったと思います。
わたしは答えに「わたしは、部落の人を絶対に差別しません。でもそれを他の人に注意することは逆効果なのでは?」と書いた覚えがあります。
それに対して教師は「差別するかしないかは個人の問題ですが、この問題をみんなで考えないと差別は無くならないので、授業で取り上げる必要があるのです」と注意され、教師の真意がわからなかった思い出があります。

今は自分の問題で人権というものを考えるようになったので、そのような部落差別の問題を教育で取り上げることで、差別がいかに社会に蔓延しているかを知り、教育によって、差別が悪いことだという意識を多数の人に持ってもらおうというのは、非常に良いことだと思います。
中学生の頃の自分は、やはり「差別する側」の考え方しかできていなかったのだと、今更反省している次第です。

現在の教育では、差別が悪いことだと教えていますが、わたしたちよりも上の世代の人には、このような教育はありませんでした。
その頃は、差別問題を表面に出すことが悪いことであり、社会の裏側にこっそりと隠蔽してしまうことで、差別問題を無いもののようにしていました。
ですから、その頃の差別は表面には出ないものの、陰では確実に行われていたもので、その状態が続けば、差別は決して消えないものであったと思います。

しかし、このように差別問題を教育され、いかに差別が悪いことだという知識を得たとしても、自分の身の回りの人に被差別者がいた時、本当に他の人と違う対応をしないか?というのは、相手にもよるでしょうし、個人的感情によって変化するものではないかと思います。
仮に、その人に好意を持った場合は本当に差別しない立場になれるでしょうが、自分が不快に感じる人に対しては、差別的な態度を取ってしまうかもしれません。

GIDの人と会った場合、同じ当事者であったとしても、その方の容姿、言動に対して同情できる場合とできない場合が出てきます。
同情できる場合は、その方に差別感情は持ちませんが、容姿が許せないとか、言動が許せない人の場合、同じGIDであるが故、かえって差別感情が昂ぶる場合もあります。

このように、差別感情というのは、知識や規制ではどうにもならない個人的感情の一部であると考えるべきでしょう。
ただ、そうであっても、差別が悪いことだというのは、教育しなくてはいけないものに違い無いと思います。

一方、人権問題というのは、そういう個人対個人の感情問題では無く、個人と国、個人と行政組織との関係と考えればわかりやすいと思います。
こちらは、個人的感情で差別されるべきことではなく、あくまでも中立の立場で判断するべき事で、そこに個人的感情が介在するべきものではないと思います。

部落差別の問題では、この部分に関する問題は少ないのではないかと思います。
就職、結婚などの問題がよくクローズアップされますが、それらは個人対個人、個人対私的組織との関係上出てくる差別ですので、法的に対処できる問題ではないと言えるのではないでしょうか?

結婚問題で出身地が問題になったとしても、そこに法が介入して婚姻を強制することはできないでしょう。
就職問題で出身地が問題で不採用になったとしても、企業側は他の理由をあげてくるでしょうから、そこに法が介入することも不可能でしょう。
それらは差別問題であっても、個人と国の問題ではないからです。

わたしたちの問題についても、性同一性障害者が生活上、周囲の人から受ける差別を法的に規制することは不可能でしょう。

ただ、わたしたちの問題については、一般の人と同じ生活を送れない事に、行政上の(書類上の性別が違う)問題も確実にあるわけで、その部分に関しては、人権問題として、法的に保護を受ける必要性があると思います。
就職問題、結婚問題という点で、部落差別問題と同様と思われるかもしれませんが、わたしたちの問題は、行政上の届出が不可能(婚姻届が出せない、SRS後の肉体での保険証が受けられない、求職票が出せない)という点で、明らかに個人と国(行政)との問題であり、これを人権問題として司法が判断せず、差別問題と同様に考えている点が非常に問題なのです。
司法の判断しているものは、あくまでも申立て人の個人の問題として捉えた場合についてであると考えられます。

生物学的性別の問題、社会的コンセンサス不足の問題を挙げますが、これらは個人としての問題との発想であり、個人と国(行政)との関係について、現状が人権侵害状態であるとの判断を下したものではありません。
ここに大きな問題があるということを、多くの法学者の方々は指摘されていますが、司法はあくまでも人権の部分に踏み込んで判断をしようとしません。

どうして司法がこの部分に踏み込まないのか、これがもっとも大きな問題です。
わたしは、この部分に裁判官の個人的な性モラルや、社会通念という名の個人的感情が介在しているのではないかと感じます。
人権問題であると踏み込めば、諸先進国のように法的保護を与えなければいけなくなるのは、司法は十分わかっていると思います。
でも、ここに裁判官の個人的モラルが介在し、そこに踏み込めば、自分の性モラルが崩されてしまい、ひいては日本の性モラルが崩れるとの恐れが生じるのではないかと考えてしまうのではないかと思います。

これが個人と国との人権問題でありながら、それを判断する人の私的感情(差別感情)が介在する状態、これが一番の問題であることを、社会によく知っていただくことも、この問題を解決する糸口になるのではないでしょうか?

  

10/26

気温が下がってきて、山々も少しづつ色づいてきました。

北朝鮮の拉致被害者の問題ですけど、お亡くなりになった方への賠償問題とかは、国と国の問題として、今後も積極的に交渉して欲しいと思います。

でも、現在一時帰国されている方々については、国が勝手に北朝鮮への帰国を延長したり、このまま永住するなどの決定をするのは間違っていると思います。
最初のきっかけが「拉致」であったとはいえ、日本で育った期間よりも北朝鮮での生活が長くなっている人たちにとっては、ひょっとしたら北朝鮮での暮らしが真実の暮らしとなっているかもしれません。

お子さんがいらっしゃる人にとっては、北朝鮮が母国と信じている子供たちの事を考えれば、必ずしも日本に帰ってくることがベストだと思えないかもしれません。
家族の感情、地域感情などは「拉致されていた悪い国へ戻ることはない」との思いが強く、彼らの本当の気持ちを考えているものとは思えません。

人権という観点からしても、彼らの求めることを最優先するべきで、政府や家族が勝手に彼らの帰国問題を決定してしまうのは間違いでしょう。
理想的には、彼らが北朝鮮と日本を自由意志で行き来できればと思います。
それには、やはり日朝国交正常化が果たされなければいけませんね。
中国だって、今はさまざまな方面で解放されてきていますし、北朝鮮も、いつまでも孤立した状態ではいられないでしょう。
彼らの問題が、日朝国交正常化の橋渡しとなればと期待しています。

キム・ヘギョンさんのインタビューを見ました。
彼女の場合、血統主義の日本では、日本国籍取得が可能だと思います。
彼女が日本という国をどう思い、北朝鮮の父親との関係をどうするか、これも日朝国交正常化で大きく変化していく問題かもしれませんね。
横田めぐみさんとキム・ヘギョンさんの話を聞くと、まるで映画のような現実ですね。
誰かがストーリーにして、いつか映画化されるのではないかと思います。
インタビューを見ていて、涙が止まりませんでした・・・母親のめぐみさんの経験した事を考えると・・・まさに現実は小説より奇なりです。

Phuketの風景、旅行から帰ったら「壁紙」になりそうなのを送りますね。
わたし、これでも写真の先生なんで・・・


10/25

今日は少し寒さが和らぎました。
先日までの冷え込みで、ストーブとこたつを出してすっかり冬支度です。

やっと風邪の症状が無くなったので、久々にプールで泳いできました(^o ^;
さすがにこの時期になると、常連のおばさまたち(痩身目的で水中ウォークに通っている人たちです)しか利用者が無く、水泳コースの方はガラガラで泳ぎやすいです。
ここ2年ほどなんですけど、水泳を続けていると体調がいいので、週1だけでも続けるようにしています。

年輩の女優さんたちも水泳で体型維持をしている人が多いので、見習いたいです。
目標としては「由美かおる」さんで、いくつになっても体型が変化しないというのは、とても凄いことだと思います。
わたしたちは女性ホルモンの安定供給ができるので、歳を取ると一般女性よりも条件はいいと思います。
死ぬとしたら乳がんかな・・・と思いながらも、ホルモンだけは続けたいと思います。

昨年、Phuket旅行に行ったのが11月の終わり頃だったのですが、その時も、空港でのボディーチェックや持ち物検査が厳しかったです。
★★空港では日本人にはそれほど厳しい検査はしなかったのですが、中東アジア人には時間をかけていたようです。
同時テロの余韻があった頃でしたので、シンガポールのチャンギ空港の検査が厳しくて、日本行きの飛行機なのに、日本人の手荷物も厳しく開封検査していたのが印象的でした。
シンガポールは他民族、他宗教国家なので、ムスリムも多くいますけど、中東の人?という顔をした人には特に厳しいチェックが行われていました。

しかし・・・Phuket空港って、さすがタイというか、そんな外国の空港のような厳しさは微塵も無く、いつもと同じような普通のチェック体制でした。
イミグレーションもいつものごとく「Are you male?」「I'm transsexual」で問題なく通過ですし、いつもDr.♪の診断書を携帯しているのに、今まで一度も見せたことはありません。
空港の入管にはツーリストから連絡してもらっていますので、わたしがイミグレーションに行くと「ニヤッ」として、何事もなかったように処理してくれます。
それにもう5回もタイに行っているわたしの情報は覚えてくれているのでしょう。

一度だけ、出国してから待合室まで係官が来て「あの、これご主人のパスポートでは?」
ともう一度確認されたことがありましたけど、すぐに「失礼しました」と一人で納得してくれたことがありました(^o ^;

バリのテロはちょっとびっくり・・・ちょうど女友達が新婚旅行に行った頃だったので、ちょっとびびっていたんですけど、彼女はテロの5日前に帰国していたので無事でした。
その後でフィリッピンでもありましたし、今はモスクワで大騒ぎでしょ?
テロがテロを呼ぶというか、これ以上テロが増えないで欲しいですね。

しかし、もしテロに遭ったら?
わたしはいつでも「死」の準備がしてありますので、それがテロであっても航空機事故であっても病気であっても、恐くないです。
生きているだけで無数の苦しみの中に居続けているわけですから、それが「死」という瞬間を過ぎれば無くなるのであれば(わたしたちの苦しみは肉体に由来するものですから、肉体が消滅すれば楽になると思うのです)それもいいかと思います。
遺影も戒名も用意して部屋に置いています。
妹には旅に出る度に「遺影は部屋にかけてあるし、戒名もそこに書いてあるのを使って」と遺言して出かけます。

できれば、主人と共にあの世に行ければ、主人の心配をしなくて済みます。
飛行機が墜落?するのであれば、それもいいかと思ってます。
最期の瞬間は二人で抱き合って逝けますし・・・なんて、映画の見すぎでしょうか(^o ^;


10/24

サワッディカー おはようございます

わたしはタイ語はほとんど知らないんですけど、Phuketのホテルやお店などでは不自由しないですよね〜やはり英語(アジアっぽいのでわかりやすいです)が共通言語という感じです。

Phuketの住人にカトゥーイが多いのは、観光地だからかもしれません。
わたしと主人でよく利用する観光ホテルの周辺は、特にホモセクシャルバーが多く、若いタイ人の男の子と西洋人のおじさんのカップルをよく見かけます。

「Go Go Boys」、「Tiger Boys」なんてお店がたくさんありますし、近くのバングラー通りにある「Andaman Queen」という、いわゆるニューハーフパブが有名です。
昼間、その周囲のレストランに食事に行くと、朝食?と思われるカトゥーイたちと一緒になることがあります。
誰も好奇の目で見る人もいませんし、ウエイトレスの方もひょっとして?という場合も多いです。

デパートの店員さんには、普通の男性の格好でフルメイクしている人もいますし、どう見ても普通の男性店員が全くの女性語で話していたりというのも珍しくないです。
(男性は言葉の最後に「カップ」とつけますし、女性は「カー」とつけますので)現地ガイドに「I go to Simon cabaret(有名なニューハーフショーの店)for work!」と言うと、とたんに打ち解けてくれます・・・(^o ^;

Phuketは、そんな気楽な土地なんです。


10/21

先週から風邪を引きずっていて、まだ喉がおかしく、低い声しか出なくて困っています。
日曜の講義もかすれ声という感じでしたけど、画像データをパソコンにコピーするという実習の日でしたので、いつもより話す内容が少なくて助かりました。

田舎の本屋に注文したので?やっと先週末に
「憲法への招待」(岩波新書)が届きました。
予想した本より簡潔で、わたしのようなド素人にもなんとか理解できる内容だと思いました。
人権の部分について、特に何度も読み返してみるのですが、わたしたちの戸籍の性別変更問題については、やはり立法前に、司法が憲法の解釈を弾力的に引用し、わたしたちの人権を保護するという観点から、戸籍の性別変更の妥当性を認める判例が必要だと感じました。
しかしこの本にも、裁判所は新しい権利の認定には慎重だと書かれているように、立法で・・・という逃げの手を打ってきている以上、この判例を獲得するのは、非常に難しいことだと感じます。

「宇都宮駅トイレ事件」は、ある方からのメールで、今日初めて知りました。
このような事例は、過去にも多くあったのではないかと思いますが、表面に出てきたところが目新しいかもしれません。
しかし、事件性が乏しいのに、実名報道されてしまうというのは、確かに問題報道だと思います。
今回の容疑者は「無職」と報じられていますが、仮に被疑者が会社員だったら、職を失うなどの被害も出たことでしょう。

わたしの場合、痴漢や覗きの「被害者」になった経験が多いので、どちらかというと通報した女性に同感してしまいます。
もしわたしが現場にいたら、同じように駅員に「おかしな男がいます」と通報したのではないかと思います。

この事件の問題点といえば、被疑者が「明らかに男性とわかるのに、女性用のトイレを使用したこと」ではないでしょうか。
これは、女性トイレに侵入し、覗きや盗撮を行う事件が頻発している現状では、そのような性犯罪の被疑者と勘違いされたとしても、仕方ないのではないかと思います。
わたしも公衆トイレを利用する際、「隣に用具置き場のある個室は避ける」とか和式トイレは特に「隔壁の破損(特に不自然な穴)をチェックしてから利用」するなどの、覗きや盗撮に対する自衛手段を考えます。

逮捕後の取調べにおいて、被疑者が「性同一性障害」であるという証明書等を携帯していなかったとすれば問題でしょう。
このような事件で、仮に「性同一性障害」と診断されている人が逮捕された場合、診断書等の提示により、犯罪性が無いものと現場で判断されれば、このような事件とはならなかったと思います。

被疑者が本当に「性同一性障害」であり、ただ診断を受けていなかっただけであった場合であっても、肉体的な変化が何一つ無い状態(普通の男性の肉体)であれば、女性に対して性的興味を抱いて女性トイレに侵入したのではないかと疑われたとしても、反論は難しいのではないかと思います。

多くの性同一性障害者にも「トランスする間の経過的な状態」は存在します。その過程にあって、このような事件の被疑者とならない為には、「診断書を携帯する」などの自衛策を講じておくべきでしょう。

余談ですけど、わたしは反対に「男性トイレ」で、何度も注意を受けたことがあります。
まだホルモントリートメントも始めていなかった頃で、男性トイレを利用するのが妥当だと考えてのことですが、実際に男性トイレに入る時点で「女性用は隣ですよ」とか、「こっちは男だよ」とか、「コラッ!おまえはどっちに入っとるんだ!」とおじさんに怒鳴られることも度々でした。
ジーンズにトレーナーとかで、女性用の服は着ていなかったんですけどね(^o ^;

反対に、SRSを終えているのに、男性の方を利用される方も知ってます。こういう場合、「犯罪者と見られない方を利用する」というのが、現実的ではないかと思いますけど・・・

来月早々、主人と海外へ旅行します。
また例によって「Mr.」と書かれたチケットを持ち、旅行しなければいけません。いつも使う旅行会社なので、関係者には事前に知らせておいてもらっています。

○○空港のイミグレーションには、すっかり知られているので心配はありません。Phuket空港の入管も、土地柄かトランスを見慣れているようで、ニヤッとするか「Are you male? You are beautiful!」という軽口くらいで通過できます。

問題なのは現地のツーリストで、下請けの小さなツアー会社が空港送迎サービスをしているのですが、わたしたちがイミグレーションを出ても、誰も声をかけてくる人がいないのです。
いつも他のツーリストの旗を持ってる人に「Do you know XXX tour?」と聞いて、送迎係を探してもらいます。
たいていはイミグレーション出口にいて、わたしたちを見逃したと言います。チケット上は「Mr.&Mr.」なので、日本人男性二人組を探すから、わたしたちを見逃してしまうわけです。
毎度のことなので、わたしも慣れていますけどね・・・(~ ~;

最近、S医大でのSRSが事実上不可能になったと聞きました。
大学内の派閥争いから、SRSの執刀医が不在とか・・・真偽は定かではありませんけれど、そのおかげで?海外でのSRSを希望する人が急増しているそうです。




10/12

東京都小金井市議若竹さんのお話を、お伺いしました。

彼女は「男女共同参画運動」から、GIDの問題も含めて考えるようになったのでしょうね。
根本は「性差別」からきている問題なので、そこに加えていただいたというのが実情でしょう。 このような形で政治家の間に理解者を増やしていくことは、立法を実現するために絶対に必要なことですので、今後も各地でこの動きが広がってくれればと思います。   わたしの方も、できれば「一般陳情」ではなく、市議を巻き込んで「請願」の形で、戸籍訂正問題と行政サービスの性別不記載措置を提案できればと思います。 一般陳情では、この田舎のおじさんばかりの議会で採択されることは、非常に望み薄だと感じます。 若竹さんの場合も、女性議員の後押しがあったから可決(「採択」だと思ったら正式には「可決」だそうで…勉強になりました(^o ^;)されたようですし、この提案を現実にするには、女性市議を巻き込んで運動するしかないと感じています。 ということは、人脈を使って議員と接触するということですね・・・全く無いことはありませんけど、男性議員では難しいし、女性議員は少ないしということで、ちょっと難問になりそうです。    昨日、今度の国会議員補欠選挙の選挙投票所入場券が来ました。 しっかりと「ハガキ」で、名前と性別が記載されていて、これでわたしの家に来る郵便局員に個人の秘密を知られてしまったわけです。 このような事例は、プライバシー権の侵害になると思うのですけど・・・ もちろん投票には行きませんので、即時、シュレッダーしました。 慣れているはずなんですけど、とても悔しくて灰皿で燃してやりました。

    

10/8

今日、小金井市の意見書の記事を持って「人権文化センター」に行きました。
所長、副所長とも、性同一性障害者の人権問題については、ずいぶんと理解が進み、これを放置することが大きな問題であるという認識は持ってくれたようです。

小金井市の意見書の件についても、これが人権問題だということを社会に認知してもらう上では、重要な採択だと言われてました。
そして、いつもはわたしが記事などを持って行き、お話をするというパターンなのですが、今日は、所長さんから
新聞の記事のスクラップを渡されました。

わたしはマスメディアを利用する方法は考えていませんけど、社会にこの問題が認知されるには、マスメディアを利用するが手っ取り早いのは事実ですね。
そういう意味で、虎井さんの活動には敬意を表します。

わたしも、もう少し表で活動しなくてはいけないのではないかと感じます。
でも、あまりにアピールしすぎると、反対に「そうやって人前に出たいから、性同一性障害者だとアピールしているのでは?」と思われるのも心外です。
これからどうすれば、いい結果に結びつく活動ができるか・・・この活動方針を考えるのが、一番難しいのではないかと思います。


10/7

小金井市の「意見書」の採択は、法的効力は無くても、世論に訴えるには十分だと思いました。 わたしも地元の議会に、一般陳情として「住民票、印鑑証明、国民健康保険証、選挙投票所入場券に、性同一性障害者の性別を記載しない特例を求める陳情」を出してみようかと考えていたもので、小金井市の意見書の採択は、非常に参考になりました。

戸籍の性別変更は事実上宙に浮かされた状態ですから、立法までの経過措置としてでも、このような実際の生活レベルの部分の問題解決を図るのは、重要な事だと思います。 これが地方自治体レベルで可能(条例制定で?)なのでしたら、議員を説得してでも陳情してみる価値があると思いますけど、法的には、このような条例制定は可能なのでしょうか?

松村先生も、自治体の条例運用会議に参加されていると聞きましたが、あちこちの自治体でこのような陳情が通れば、司法としても、いつまでも見て見ぬふりを続けることはできないと思います。 それでも司法が見て見ぬふりをするようであれば、この国には人権は存在しないということですから、わたしも本気で亡命を考えます。 しかし、こういう理由で亡命を受け入れてくれる国ってあるのでしょうか?

市内のあちこちに「人権尊重都市」って自治体の看板があるのですが、お役所はこういうのが「人権啓発」だと思っているんでしょうね? 本当の意味の「人権」を理解できていない役人と役所に、いくら問題を提起しても無意味なのかな・・・と、空しさを感じる今日この頃です。



9/30

わたしは、ここ(朝日新聞・9/28朝刊「混浴温泉を気持ちよく」)に紹介されているような本当の「露天風呂」というのにも入浴した経験があります。

岡山県北部の「湯原温泉」という場所にある「砂湯」という混浴露天風呂で、こちらは河原に公然と設置してあり、浴槽は360度どこからでも見えます。
唯一、更衣所だけは男女別となっていますが、ここも防犯(脱いだ衣類を盗まれないように)の意味で、格子しか目隠しがありません。
ということで、ここに入浴するということは、完全に人目にふれる状態で更衣して、完全な屋外での混浴となります。

文章にマナーのことが触れてありましたけれど、この「砂湯」に入浴したときにも、全く性器を隠さない男性(わざと見せているとしか思えないです)とか、たばこを吸いながらというような男性もいましたし、入浴しないのに、着衣のまま浴槽の横に座って眺めている男性もいました。
日が暮れてから入浴したのですが、旅行中の若い女性や若いカップルも多くいて、とても和やかな雰囲気でした。

しかし、よく目を凝らして見ると、脱衣所で着替える女性を格子の後から舐めるように見ている男性や、川の反対側から双眼鏡で眺めている男性もいて、興ざめしてしまいました。
もちろんここも女性にはバスタオルの使用を認めていますけど、中にはタオルを巻かない派の女性もいました。
たまたま居合わせた近所のストリップ小屋の踊り子で、わざと体を見せておいて「続きは店に見にきてね」と営業活動をしていたのにはびっくりでした。
しかし、このような屋外で混浴ができるというのは、日本独自の伝統文化だと思います。
せっかくの伝統文化を、心無い人たちのおかげで壊してしまわないようにしてもらいたいものですね。


9/29

すっかり秋らしい気候になりました。

韓国の判例を読むと、日本の司法よりも「人権」の解釈の仕方が、より進歩しているように感じました。
でも、ヨーロッパやアメリカの人権の捉え方と違い、あくまでも周囲との関係も考慮した上で、個人の人権というものを考慮している感じがあり、より日本に近い考え方だと感じました。

このあたりがいかにもアジア的だな・・・と思いますけど、日本の司法の場合は、韓国の判例のように、地方の裁判所が他の裁判所と違う判断をするということは無いと考えられますので、韓国のような判例が、どこかの地方裁判所で出るとは考えにくいですね。

日本国憲法によれば、日本人には平等に人権は保障されているとありますけれど、それはあくまでも「権力者」に都合のよい人権であって、本当の社会的弱者の人権については、よほどの社会問題にならなければ改善しようとしないのが、「日本国の人権」というもののようです。

わたしたちの問題以外にも、見て見ぬふりの「人権無視」があまりにもこの国には多すぎると思います。

そういう弱者の人権無視という問題が、その人たちの生活や命を切実に脅かしているということを、この国のトップはちゃんと理解するべきでしょう。

でも、結局のところ見て見ぬふりでほっておくほうが、現行制度を変える必要も無いので、お役所は管理しやすいのでしょう。

こういう国が本当に先進国であり、人権が守られていると言えるのでしょうか?
日本国の言う「人権」って、いったいどういう意味なのでしょう?わたしには、とっても疑問です。
 


9/22
神戸・六甲山から見た夜景 Copyright Nao

昨日は、主人に急な仕事が入り、うちは平日モードになってました。

今日も午前中は用事があり、ドライブに出かけたのは午後になってからでした。
お隣りの兵庫県姫路市の水族館を見てから、神戸の六甲山に夜景を見に行きました。
数ある夜景スポットの中で一番のお気に入りなんですヨ(*^o^*)
温泉(スーパー銭湯)に入ったので、これから京都方面のサービスエリアで車中泊です。
明日は京都あたりのドライブをして帰ります。

世界に目を向けると、様々な人権問題があり、悲しくなりますね。
でも、自分たちの問題さえ解決できないでいるのですからね〜人権問題の奥深さを知りました。
わたしも、いつか余裕ができたら、アムネスティー活動に参加してみたいと思っています。
しかし、いつになればわたしたちの問題が解消されるのでしょうね。


9/18

黒田隆史さんの「性同一性障害に関する法的諸問題」を読んだ感想です。
この論文で珍しいなと感じたのは、戸籍の性別変更後に起こるであろう諸問題について、細かく研究されていたことです。
特に、わたしに直接関係する問題として、既婚者、婚姻経験者、子供のある人についての研究がなされていたことが、とても参考になりました。

戸籍の性別変更が立法を待たずに可能とする、人権問題からの誘導論については、松村先生の論(
松村比奈子「戸籍の性別変更と人権──自己決定権の法理の展開──」)とほぼ同じような感じですが、個別対応論に関する著述とか、戸籍の性別変更を可能とする要件などは、黒田論の方が細かく言及してあったので、わかりやすかったです。
司法が、ここまで詳細に踏み込んで、個人の性別判断を下せるかどうかは別にして、このような要件は審判の過程においてある程度必要ではないかと思いました。

しかし、性同一性障害がこの国で取り上げられてからまだ年月が少ないことも考慮し、この国で病気として認定される以前に手術を終えている人や、いわゆる闇治療や海外の病院で手術を受けてた人であっても、戸籍の性別変更を可能にする為、非ガイドライン適用者に対する救済措置も同時に考えていかなければいけないと思います。
ガイドライン適合者が現実に少数派である以上、これはとても重大な問題です。

ニューハーフ業界などで生計を立ててきた人の場合、様々なトランス状態で生活されている方も多いと聞いています。
ホルモンの服用状況、豊胸の有る無し、去勢の有る無し、性器の詳細な状況など、各自に細かい違いがあると思います。
陰茎が萎縮して見難い事により、豊胸と去勢だけで過ごされている方もいます。
その方は公衆浴場も女性用で問題なく生活されていますが、実質の女性器はありません。

同じ状況でも、陰茎が萎縮しない為に、公衆浴場は男性用を利用されている方もあります。
もちろんSRSを要件とした場合は、どちらも変更不可能なのですが、そうしますと、上記の方は、実質的に必要の無い女性器造成手術を受けなくてはいけないということになります。
過去の未熟な技術のSRSを受けられた方の場合、膣、陰唇、クリトリスも無い状態の女性器?で過ごされている方もあります。
それらの性器の性別判断をどこで区切るのかというのも、難しい判断になると思います。

間性の審判にあった「立位での排尿が可能かどうか」というのも、判断材料にはいいかと思いますけど、男性でも非常に陰茎の短い方があり、着衣では、立位で排尿するのが困難だという人の話も聞いたことがあります。
外見上わかりやすいのは、陰嚢、陰茎の有無という判別法かもしれませんけど、FtMの方にそれを適用するには、困難な人工ペニスの造成を強要することになり、これも難しい問題に発展しそうです。

生殖性を判断基準にすれば、単に去勢だけで外性器に変化が無い状態でも可能ということになり、社会生活上の問題点が浮上してくると思われます。
胸については、女性でも見事にぺったんこな人も見かけますので、それを判断の基準に入れるのは無意味かもしれません。

しかし、はっきりと男女別に分かれる公衆浴場の利用時について、戸籍訂正後の性別で問題が起きないという程度の「性的特徴」は、支障なく社会生活を営む上でも必要ではないかとも考えられます。
場合によっては、刑法の適用となる事態も考えられる場面ですので・・・

参考までに、わたしは公衆浴場の入浴の件について、現職警察官に質問をしたことがありますが、わたしがSRSを終えていることを説明すると「その状況では男性浴場を利用されることは困難であり、女性浴場で問題が起きないのであれば、そちらを利用するのが妥当だと思う」と言われました。(女性刑事談)

「女性浴場で覗きの被害にあった場合、被害届けは出せますか?」と問うと、「出して欲しいですけど、調書を作成する場合に問題があるかも」と困った顔をされてしまいました。

しかし、この問題も、考えれば奥深いものですね・・・司法が判断から逃げ出したくなる気持ちも、少しはわかるような気がします。
当事者のわたしであっても、SRSを要件とするのが簡単に思えてしまいました。
かなり頭が混乱してきたので、またよく読み直してから考えてみようと思います。


9/13

昨日の横田先生のお話を、自分なりに反芻して考えてみたんですけど、やっぱり「戸籍の性別訂正は立法で解決」という裁判所の言い分は、どう考えても「逃げ」の一手ですね。
戸籍法113条※を弾力的に適用すれば、このような後天的な性別を認めることも十分可能だと思います。
理由として、憲法上の人権に配慮してということを付記すれば、前例がどうであれ、社会通念上、公共の福祉にも反することはないと思います。
人権は何より優先すべきことと憲法にありますからね。

同じ戸籍制度を持つ韓国でも、人権に配慮して、現行法を弾力的に適用しての結果だと思います。
現状の裁判所の逃げの姿勢が、人権を守ろうとしてのことでないことは明らかです。

昨日の反差別・国際人権フォーラムで出たお話で「人と違うということを、なぜそんなにも恐れるのでしょう?誰も悪いことをしていないのに」という話がありました。
この言葉は、わたしの心を打ちました。

「人と違う性別ということを、なぜ世間の人は恐れ、嫌がるのでしょう?わたしたちは何も悪いことをしていないのに・・・」



戸籍法113条 戸籍の記載が法律上許されないものであること又はその記載に錯誤若しくは遺漏があることを発見した場合には、利害関係人は、家庭裁判所の許可を得て、戸籍の訂正を申請することができる。


9/12
反差別・人権国際フォーラムinとっとり 2002 Copyright Nao

今日、「反差別・人権国際フォーラムinとっとり」に行ってきました。

午前のイーデス・ハンソンさんの基調講演の後、午後のパネルディスカッションが始まる前に、横田先生と面会させていただきました。 短時間でという主催者側の条件付でしたので、ほんの15分ほどのお話でした。

先生は性同一性障害の人権問題については、はじめて聞くということで、最初は同性愛者問題と勘違いされていたくらいでした。 欧州人権裁判所の判例についてはご存知でしたので、そちらからお話を進めて、東京での集団申立ての失敗についてのお話をしました。

わたしの小論文というのは、一般的に性同一性障害者が書類の問題で困る事柄を列記したもので、それに婚姻の問題もあるというのを付け加えたものです。 これは一般の人向けの文章ですので、法律の専門知識のある方には恥ずかしくてお見せしにくいのですが、短時間でということで、あえて簡単な文章にしました。 わたしの名の変更裁判のことも話し、戸籍の訂正をするには、立法を待つしかないと裁判官に言われたことをお話ししました。

先生の意見としては「戸籍というものは事実に沿ってあるべきで、現状で肉体と記載された性別が違うのであれば、それは訂正してしかるべきと思う。 戸籍法うんねんの解釈より、憲法の引用をし、人権が守られていないことから、司法が判断するべきで、立法までしなくてもいい問題ではないだろうか?」ということでした。

そこでちょうど時間となり、それ以上のお話はできませんでしたが、この件についても調べてみたいということで、お別れしました。頂いた名刺には「中央大学法学部教授」とありましたが、フォーラムのちらしには「国際連合大学学長特別顧問」とありました。 法学の教授で、国際人権促進保護委員会顧問もされている方とお話しできる機会を持てて、とてもうれしかったです。

もう少し時間があればと思いましたけど、とりあえず調べてみてくれるという事でしたので、この問題にも意見をいただけるとうれしいですね。

横田先生の意見でも、松村先生の論文でも、憲法上の解釈からすれば、戸籍の訂正は司法判断で認めていいのではないか?と言われているんですね。 にもかかわらず、司法が「立法で」というのは、明らかに官僚的な逃げの姿勢ではないかと、横田先生は言われました。 わたしも、この「立法待ち」というのは、単純に逃げの姿勢ではないかと思います。
なんとか憲法の引用での人権侵害ということで、今までの判断を変えることができないものでしょうかね。

午後のパネルディスカッションは、パネラーの国の差別問題が議題となっていたので、当然?ながら、性的マイノリティーのお話はカケラもありませんでした。 時間もいっぱいだったので一般質問もなしで、個人的に面談していただいたのが唯一の収穫でした。

参考 鳥取県立人権ひろば21 ふらっと  


9/7

松村先生の論文、さっそく拝読しました。
憲法学者の論文ということで、専門的知識の裏づけがきちんとあり、とても感激しました。
こういう考え方を、司法の場で受け入れてくれることを願いたいです。
この論文の中で考えれば、立法を待たなくても戸籍の性別訂正は可能のように思います。

もう少し読み深めて、わたしの知識とさせていただこうと思います。
もちろん、人権文化センターの所長、副所長にも、この論文を印刷して渡しておこうと思います。
よい論文を紹介していただき、ありがとうございました。


9/6

先日、ちょっとだけ試しにと思い、人権文化センターの人にお話ししたことを書いておきましょう。
「精神的性別というのは、どうにも捉えようのないものではないか?」というお話から、わたしの持論を話しました。

よく、テレビの心霊番組とやらで、霊視ができる霊能力者という方々が出てきますよね?
そういう方々が、霊が居そうな場所に赴き「あそこに女の霊がいるよ」などと言われるでしょう?
最初から「あれはヤラセで、霊なんか存在しない」と言われる方には、こんなお話をしても信じてもらえないでしょうが、わたしは仏教徒なので霊の存在、転生輪廻を信じています。
そう考えると、今のわたしの霊は、過去のどこかの時代で、どこかの別の人格として生まれ、生活し、そして死んでいったのだと思います。
それならば、霊に過去の性別があったとしてもおかしくないのです。

つまり、わたしの霊は、過去に女性として一生を過ごしたのです。
だから、料理や裁縫などに適性が強い傾向が残っているのでしょう。
しかし、なぜ今回は男性の肉体に宿ってしまったのか・・・

前世において、女性は自由を奪われた身の上でした。
自由に外に出かけることも、仕事を持つことも許されませんでした。
そこで、来世は男性として生まれ、自分の思うように生きたいと考えて死んだので、今回は男性の肉体に入って生まれたのだと思います。
ところが、現代ではそれほど女性は不自由ではなく、仕事をして収入を得たり、自由気ままに海外旅行までできる世の中になっていました。
反対に、男性は仕事に追われ、自由に旅行することもままならないような状態になっていました。

もともと女性のわたしにとって、男性社会の中で生きていくことは困難極まりないことでした。
友達関係、それに会社での人間関係など、男性と女性では全く違うということに驚きました。
女性はなんでも本音で話しますけど、なかなか融通が利きません。
反対に、男性は建て前しか話さないのに、現実には融通を利かせて、人間関係をスムーズにしたりします。
仕事で責任を取るのは男性の役目、女性は言われたことだけやったら、定時でさっさと「さようなら」です。
帰らぬ上司の前で、どうでもいいつきあい残業をして帰れない男性がたくさんいましたが、女のわたしにはとうてい理解できないことでした。

そんな自分にも向いた仕事が「宝石店の店員」でした。
これなら閉店時間で仕事は終わりですし、仕事もお客さんとの一対一でのおしゃべりですから(ほとんどは女性です)、これほど自分に向いている仕事は無いのではないかと思ったくらいでした。
暇なときは、他の売り場の女の子といつもおしゃべりしてました。
やはり、わたしには女性の仕事しかできなかったのです。

つまり、わたしは女性霊によって生きてきたので、男性の体に入ったとしても、行動パターンは女性のままだったのです。
今、こうやって女性の体に戻り、素のままの自分でいられるようになったことで、よけいに自分の霊が女性であったということを確信しています。

今ひとつ心配なのは、わたしが死んだ時、間違っても「信士」などという男性零位をつけられないようにしなくてはいけないということです。
わたしが女性霊としてあの世に帰るには、女性零位でなければいけないのです。
ですから、わたしは自分の戒名を、すでに遺影と共に準備してあります。
妹にも「必ず用意してある遺影と戒名を使うように」と遺言してあります。
「ちゃんと女としてあの世に行けますように」と願い、毎日観音様にお経をあげているんです。

こんなお話、信じるも信じないもあなた次第ですけどね・・・


9/5

わたしは法律をまともに勉強したことがありませんし、この問題が無ければ、きっとこんな人権運動もしなかったでしょう。
自分だけのことなら「もうどうでもいい・・・」なんて考えることもありますけど、若い人から「これから♪に行きます」というメールを頂きますと、この若い女性たちに、もう少しちゃんとした道を残しておいてあげなくては・・・と、おせっかいなおばちゃん(わたし)は考え直すわけです(^o ^;

幸いに、わたしは理解ある主人と暮らすことができていますけど、若い彼女たちに、普通の女の子のような恋愛や結婚という夢をちゃんと持たせてあげたいな・・・と思います。
そう考えると、どうしても戸籍の性別変更という問題を、ちゃんと片付けておかなくてはいけないな〜と思うのです。

幸いに、わたしには主人以外には失って怖いものはありませんので、このような活動もできるわけです。
これが、周囲にはノンカムアウトの完全トランスで仕事を持っていたら、たとえわたしでも、このような人権運動をすることは不可能ですよね。
ちょうど動きやすい条件が揃っているので、わたしがやらなくちゃ!って勝手に考えて、勝手に運動しているだけです。

☆県人権文化センターの所長には、わたしの小論文や、Web上から収集した性同一性障害に関する判例や記事などを逐一渡して、この問題が社会に認知されるよう、機会があれば、県や国の機関に報告してもらうように話してあります。
もちろん、わたしの診断書や名変更の審判書なども資料として提出していますので、その扱いは人権文化センター所長に一任してあります。
☆家庭裁判所においては、すでにこの問題の申し立ては受けないとの返答をいただいているので、ここに居住する以上は、こうやって草の根運動を展開するしか手段が無いのが現状です。

昨日も、人権文化センター所長と二時間ほど話してきました。
彼は県教育委員会で定年を迎え、その後の名誉職?(天下り?)として、この新設のセンターの所長を命じられたそうです。
永年にわたり教育機関にいた人なので、その頭の固さは相当なものです(^o ^;しかし、わたしの話で彼を納得させることができれば、きっと一般の人であっても納得できるのではないか?というテストにはうってつけ?かもしれません。
そこで、手を変え話を変え、いろいろなアプローチで、まず彼が納得できるような話を模索しているのです。

今日の話では、韓国の判例について、非常に強い興味を示していました。
彼は仕事関係で韓国の一族の戸籍を追跡調査した経験があるそうで、その時に、韓国の戸籍や家族関係について、詳しく調べたのだそうです。
韓国の戸籍では、直系の男性が列記されているのに対し、女性に関しては、(女)とだけ記載され、名前も記載されていないような「男系社会」そのものの系譜となっていたそうです。

朝鮮戦争当時に、下層階級の人たちが勝手に上層階級であった「両班(役人と軍人のことだそうです)」に系譜を書き換えることが多発したので、それ以前の戸籍については、かなり曖昧な記述になっていたということでした。
いずれにしても、韓国社会は非常に厳しい男尊女卑の社会であって、儒教の国でもあり、その国においてGID理由で戸籍の性別変更が許可されたのは非常に不可解だと唸っていました。
たまたま今回報告されていたのがMtFだったので、彼が言うには「これが女性から男性への変更なら、たぶん許可しないだろう」ということでした。
MtFなら権利の放棄なので男系社会への影響は少ないでしょうが、反対にFtMなら男系社会にとっては脅威となるからだそうです?
わたしは韓国の判例をよく知らないのですが、戸籍の性別変更が許可された四つの判例の中に、FtMは含まれていたのでしょうか?

それと、先日の東京の審判の話で、裁判所は立法に関するような判断はしないのが通例となっているので、この問題で「立法待ち」と言った以上は、最高裁まで行ったとしても、司法独自の判断はしないだろうと言っていました。
彼は公務員のスト権問題に関わったことがあるそうで、その時にも最高裁までもっていったものの、結局は立法に関わる問題なので、司法は判断しないとの理由で却下されたのだそうです。
彼も懲戒なんとか?で減俸一年の刑?に処されたそうですけど、なんとか定年まで勤め上げたのだそうです。
彼も法律の専門家ではないということなので、どこまで信用できるかわかりませんけど、今回の東京の審判を読む限り、先行きは暗いねという意見でした。

鳥取大学のあの入試問題を書かれた教授は、所長の知り合いだということがわかりましたので、機会があれば引き合わせていただくように話しました。

現在のところ、わたしの活動状況はこのくらいです。
しかし・・・やはりマスメディアを利用しないと、なかなか一般への浸透は難しいのでしょうね。
テレビに出られる虎井さんと安藤さんには、わたしも期待しています。


9/4

戸籍の問題ですけど、日本には特別な事情があるんですよね。
それは「家」「跡取り」という問題なんです。
もうすでに「家督制度」というのは無くなり、遺産相続は配偶者1/2、子供は等分に分けるという法律があるんですけど、それは建て前であって、相変わらず「家は誰が継ぐのか?」という問題が相続の時には重要になります。

戸籍には続柄として「長男」「次男」「長女」などと記入されていますけど、あれなど、今の相続から考えれば全くもって無意味ですよね?
そういう表記ではなく、「一子」「二子」「三子」とした方が、出生順がはっきりしていいと思いませんか?
たとえば、男ばかりの兄弟の末っ子に女の子が生まれた場合、三男の後に長女ということになり、どちらが年下なのかわかりにくいでしょ?
でも、これが実は「家督制度」の名残りなのではないでしょうか?

つまり、家を継ぐ順序をはっきりする為にこの「続柄」が記載されているのです。
天皇家の皇位継承権と同じですね〜一番強いのが「長男」、長男が駄目なら「次男」そして「三男」と継承権が下がっていくのです。
もちろん、女性に家の継承権など認めていない時代のものですから、仮に女ばかりの姉妹しかいない家の場合は、「長女の婿」が「長男」となり、家の継承権ができるという仕組みになっているわけです。
多くの女性は嫁に行き「家」を出ることで「実家」の継承権を失います。
だから、この「戸籍の続柄」というのは、「男系社会の家督制度」の名残なのではないでしょうか。

現在、日本で性転換者の戸籍訂正運動をしている人は、ほとんど「FtM」ですよね?
実は、この「男系社会」にとって、FtMを「男性」として認めることというのは、家督制度の根幹を揺るがす大事件なわけです。

仮に、男兄弟のいる第一子の長女がFtMで、戸籍の訂正が認められた場合、男兄弟の続柄は全部下位に下げられてしまいますよね?
しかし、長女から長男になった本人は、跡取りとして子供を作ることはできません。
それでは、この跡取り問題がややこしくなるという風に、古い頭のおじさんたちは憂慮してしまうわけです。
そういうややこしい「跡取り問題」が発生するので、戸籍の訂正はするべきではないという意見が、おじさんたちの間では優勢でしょう。

今はそういう時代ではないし「家督制度」は認められていない・・・と反論したところで、「じゃあ、親は誰が面倒見るんだ」と逆に怒ってしまいます。
家督相続というのは、「親の面倒を誰が見るのか」という問題でもあるわけです。
戸籍訂正の後にある「婚姻」とか「相続」の問題、そちらのほうに問題を見出して、この件に反論してくる男性は非常に多いと思います。
こういう人は「婚姻」イコール「子作り」と考え、その後に「家督相続」と「親の扶養」というふうに、連綿と続く「家」の継承からは逃れられないものだという固定観念があるからです。

ではMtFの場合は・・・といいますと、これも逆に置き換えて考えるらしく「もし長男の嫁として、そのような人と結婚した場合、跡取り(子供)はどうなるのだ」と反論されてしまうでしょう。
このように、この「戸籍の訂正問題」は、単純に個人の性別を認めるという問題としては扱ってもらえないというのが、日本での現状ではないでしょうか。

「家」「跡取り」「家督相続」という問題が絡んでくるので、たとえ個人の人権問題であったとしても、日本の(悪しき)伝統?を崩したくないという考え方が優勢となっているのではないかと思います。
これが、この「戸籍訂正問題」の最大の難関であるということを、人権文化センターの人たちとの話合いで感じました。
所長、副所長とも60歳代の男性ですので、人権問題に詳しい彼らであっても、やはり自分の「家」の問題に置き換えれば、認めたくないという感じですね。

ここをいかに崩していくか・・・この問題の解決法はこの部分にあると感じました。
個人主義ではない日本ですので、まだまだ道は険しく遠いでしょうね(+_+)


9/3

まだまだ真夏日の続く☆です。
ここのところ、県人権文化センターの催しが続いていますので、なかなか所長さんとお話しをする機会もなく、時が過ぎています。
先日は心身障害者の就職問題セミナーがあり、今度は男女共同参画運動という催しをするようで、センターの職員もバタバタしていました。

このセンターでは、同和問題は別の部署に分かれているので、そちらの催しを含めると、たくさんの人権問題セミナーが開かれているようです。
しかし、わたしたちの問題は、男女共同参画でもないし、心身障害者でもない?ということで、所長さんもどちらのセミナーにこの話題を入れようか、悩んでいると言っていました。

わたしたちの問題は、性的少数派の集まりで話していても駄目だと思います。
問題なのは、これが人権問題であるということを一般の人に認知してもらえないということなんですよね。
この話題を出すと、必ず「性転換の是非」、「同性愛は認めるべきか」などという問題とすりかえられてしまいます。
そういう問題を論議するのではなく、現実に「戸籍の性別が、現実の体と違っている人が、どうしたら普通に生活できるのか?」という問題について、話を進めなければいけません。
一般の人、一部の当事者は、この話題になると必ず「性転換の是非」という部分だけに固執して論議をしてしまいがちです。
なんとか、人権問題という一点に絞って、この問題を解決する方法がないものかと考えていますけど・・・実際に一般の方にお話すると、そちらに興味があるようで、どうしても話題が外れてしまいますよね。

しかし、裁判官の言う「立法を待ちなさい」って、どこから出たお話なんでしょ?
本当に、この国のどこかで、そのような立法を計画している機関があるのでしょうか?とっても疑問です。



8/29

東京?の家庭裁判所が、戸籍訂正に審判?を下していたのですね。

☆家庭裁判所で、「家裁では、現行法では認めないだろう」と聞いていましたので、それは仕方ないことだと思いました。
今のやり方「戸籍の記載に事実誤認がある」というのは、出生時の届出に誤認があったわけではありませんので、到底、そのやり方では認めてもらえないと思います。
控訴されても、同じ結果が出るのは仕方ないかもしれません。

☆家庭裁判所長が言われたのですが、この件に関しては、戸籍法の改正ということを契機にしないと、家裁で審判をするのは無理だという意見でした。
どこかの家裁が単独で違う意見を出すとは考えられないと思いますので、やはりこの申し立て方法では無理だと考えています。

やはり、これを人権侵害問題として社会に認識してもらい、人権救済の観点から、戸籍の変更を可能にしてもらう、法的な救済措置をとってもらわなければいけないのではないでしょうか?
できれば「性的少数派党」みたいな政党を作り、そこで政治的活動をしていかなければ、この問題を社会が認めてくれることはできないのでは?
なんて、考えています。

わたしが☆県人権文化センターで所長さんたちと話しをして感じるのも、このトランスセクシャルの戸籍問題を、世の中の誰もが「人権問題」だと考えていないということが、最大の問題だということです。
誰だって、表立ってカミングアウトしなくちゃいけない活動は嫌でしょう。
でも、みんなが社会の裏側でこそこそしていたって、この問題は一向に解決へと向かわないです。

わたしだって、できればカミングアウトしないで生活したいです・・・でも、それでは何の活動もできないから、思い切って表に出て活動することにしたのです。
でも、さっそく元★の人に「カミングアウトなんかしては本当のトランスセクシャルじゃないよ」と言われました。
そう、わたしはトランスセクシャルじゃなくて、「普通のおばさん」になる為にカミングアウトして人権活動をしているんですからね(^o ^;


8/22

今日、人権文化センター主催の弁護士相談に行ってみましたが、高齢の弁護士でお話になりませんでした。役場の戸籍課に手続きを聞きなさい!だそうです(*_*)


8/15

ここ数日は雨模様で、少し暑さが和らいでいる☆です。
広島平和記念館
 
今日は終戦記念日ですね。 先日、主人とドライブ旅行で「広島平和公園」を見てきましたけれど、結局、平和という状態は、戦争で悲惨な状況を経なければ得られないものなのではないかと感じました。 死が日常となる戦争という状況を経験しなければ、このなんでもない平凡な時間が一番尊いものだとわからないなんて、人間とはなんて愚かなものでしょう。   わたしたちトランスセクシャルは、まだ戦いの中にいます。 社会の無理解、無関心、誹謗、中傷、差別、蔑視・・・それらの中で、必死に平和な状態を探しています。 わたしは、平凡で平和な時間が大好きです。 でも、その平和を得るには、人前でわたしたちが直面している差別や人権問題を話さなければいけないでしょう。 それによって無用な差別を新たに受ける結果になるかもしれませんけれど、これからも生まれてくるであろうGIDの子供たちが、ちゃんと人間としてこの社会で生きていけるようにしておく義務が、わたしたちにはあると思います。   わたしたちに、真の平和を・・・・


注:写真は、今日撮影したものではありません。


7/26

最近、虎井さんと競艇選手の安藤さんが出演されたNNNとNHKの番組があったようですね。 残念ながらわたしは見ていなかったのですが、トランスの友達から感想を聞きました。

テレビ番組で個人的な問題を語るわけですから、彼等のその勇気に感動しました。 トランスみんながあのように公然カムアウトをできるわけはありませんし、それで問題が解決するわけではないのですが、かといって、みんなが自分の保身だけを考えて、表立った活動をしないでいては、この状況は打開できないと感じました。

性別変更申し立ての取り下げ理由として「性同一性障害が、社会的コンセンサスを得られていない」ということをよく言われますよね。 これを「性同一性障害が理解されていない」と解釈するのが一般的かもしれませんけど、わたしが感じるのはそうでなく、「性同一性障害を持つ人の人権が守られてないということが、一般に理解されていない」のだと思うのです。

司法でも「性同一性障害」そのものへの理解がしがたいと感じて却下しているように感じますし、トランス同士の話でもとかくそのことに固執しがちです。 しかし、性同一性障害については、当事者でもその意見がまちまちで、それをまとめて社会的にわかりやすくすることは、とても不可能だと思うのです。

しかし、戸籍の性別変更が行われないことで、就学、就職、結婚に際して人権侵害があるということは事実ですし、この事実については誰も否定できないと思うのです。

この問題を取り上げる時、必ずといっていいほど「性同一性障害」への理解を求める方向へと論点が傾きがちなのですが、これが「人権問題」であるということを前面に強調して、現実の人権侵害の部分を世論に訴えていかなければ、この問題の解決に近づかないのではないかと強く感じています。  

わたしも、この田舎の法務局の人権相談にも行きましたけど、どうも人権侵害問題としては取り上げてくれそうにありませんでした。

半ばあきらめかけていたのですが、この春に、☆県立人権文化団体というのが設立されて、そこで人権問題の啓発活動や、県の人権に関するイベントなどを取り扱うようです。 昨日、そこの所長に、性同一性障害に関する人権侵害問題についてのレポートを提出して、それに関するディスカッションを1時間ほどしてきました。

やはり、この田舎の自治体では、これを人権問題として提起されたのは初めてとのことで、所長、副所長を交えて、真剣に話を聞いていただけました。 そこで話を聞いてもらえたからといって、何が変わるというわけではありませんけど、今後の人権問題研究会において、性同一性障害に関する人権問題を取り扱うときは、当事者としてわたしを招致してくれることを約束してくれました。   もちろん、わたしの個人的な話を公の場でするわけですけど、今のままではいつまでたっても裁判所への申し立てはできませんし、それなら草の根活動で、これを人権問題だと取り上げてくれる場所へ出向くしかないかと思い覚悟を決めました。

その前に、10月より「社会保険センター」という施設で、写真教室(カルチャー教室)の講師をすることになり、その場においてもわたしの性同一性障害の説明をする覚悟でいます。 これはセンター所長との話で決めたことですが、それによって理解者を一人でも増やすことができればと考えています。 狭い田舎町のことですから、隠しておいても、いずれどこからともなくおかしな噂話が生徒さんの耳に入るのは必至ですので、それなら最初にきちんと性同一性障害であることを説明して、噂話に惑わされないようにしてほしいと思っての決断です。

世間に紛れて、普通の女性としてひっそりと生活するつもりでいても、いつも書類の問題でひっかかってばかりです。 最大の問題は主人との婚姻ができないことですけど・・表立って行動することで、悪い方向に進むかもしれ