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宗教の新版図 (日本経済 2005/03/08〜 朝刊)
第1部 危機の後で (全5回:3/8〜13)
第2部 翻弄される政治 (全5回:7/4〜16)
キリスト教保守勢力台頭、米政治、篤心で動かす――テッド・ハガード牧師、他
(日本経済 2005/04/13夕刊)
updated 2005/07/16
2005/03/08
第1部危機の後で(1)被災地、支援と布教――異教流入、せめぎ合い(宗教の新版図)
犠牲者・不明者が約三十万人に達した昨年末のインド洋大津波。インドネシアで特に被害が深刻だったスマトラ島西北端のアチェ州には、今も毎日のように外国から救援物資が届く。支援物資を村々に搬送する車や配布場所のテントには、鮮やかな赤十字のロゴ。これを苦々しく見守る人たちがいる。
「配達された新聞に聖書のコピーが折り込まれていた」「物資配給の際にキリスト教式の祈りを強要された」――いずれも未確認“証言”だが、敬けんなイスラム教徒にとって、キリスト教の価値観に基づく欧米からの支援は「社会の規律を乱す要因」(宗教誌サビリ)と映る。
同誌は被災直後に「大津波の後にキリスト教の波」と題した記事を掲載した。ミニスカートでたばこを吸う非政府組織(NGO)スタッフや災害本部付近で飲酒した外国人ボランティアらの目撃情報を紹介し、影響を受けやすい若者らに警戒を呼びかけた。
「何をしている」
「この包みは何だ」
州都バンダアチェの主な避難所には毎夕、そろいの白い服を着た十数人の男性がやって来る。警棒のようなものを手に、欧米系NGOを取り囲み、問いつめる。首都ジャカルタを中心に活動するイスラム過激派「イスラム擁護戦線」だ。
同国連立与党の中核で、急進的なイスラム政党の福祉正義党(PKS)も千人以上を動員して同様の警戒に乗り出した。イスラム教徒に強い影響力を持つインドネシア導師協議会(MUI)のシャムスディン事務局長は「人道支援の名目で他教が布教に乗り出すなら、力ずくでも阻止する」と語気を強める。
多様な信仰がひしめく「宗教のるつぼ」インド。本土で最大の被害を受けたタミルナド州では支援とあからさまな布教が同時進行している。天使の絵が描かれた白い車を駆り、食糧などを配給するキリスト教修道女が孤児らに賛美歌を教え、そろいのシャツを来たイスラム教徒の若者が沈没漁船を引き揚げ、導師らは孤児の世話をする。
人口の大半を占めるヒンズー教徒の胸の内は複雑だ。「キリスト教徒は改宗を狙っている」と、ヒンズー教団体の民族奉仕団RSS。一方、キリスト教信徒協会のビジャヤン支部長は「ヒンズー教徒こそ信仰の自由を侵害している」と切り返し、対立は徐々に先鋭化しつつある。
タイでも国教の仏教勢力が津波をきっかけにしたキリスト教の勢力拡大に神経をとがらせる。南部パンガー県では、現地入りしたキリスト教団体が布教パンフレットを配布。住民はそれを焼き捨て、他のキリスト教団体の受け入れも拒否した。
同国では、米系慈善団体が数十万部の布教本を無料配布し、キリスト教徒の有名人を起用したテレビCMで教義を宣伝するなど布教活動が活発になっている。ウィサヌ副首相が「タイ仏教は衰退の危機に直面している」と訴えるほど危機感は強まっている。
「助けてくれるなら、宗教などどこでも問わない」というのが多くの被災地の本音だろう。世界から集まる物資は間違いなく多くの命を救っている。未曽有の災害はそれまでの生活・価値観に大きな揺れをもたらしており、宗教勢力には勢力拡大の一大チャンスだ。異教の流入があちこちで既存の宗教勢力との摩擦を引き起こす。危機の後ろで、新たな混乱の芽が生まれている。
◇
東西冷戦終結でイデオロギーの対立が消滅して十五年。社会民主主義やグローバリズム、多極世界。様々な価値観が提示されているが、多発する紛争や環境問題など、世界的課題に解を与えてはくれない。頼るべき軸を失った世界でじわじわと、時には爆発的なまでに宗教が版図を広げている。
(宗教問題取材班)
【図・写真】赤十字のマークを苦々しく思う人々もいる(バンダアチェの救援キャンプ)=AP
2005/03/09
第1部危機の後で(2)米、変わる救世主像、同時テロ後、進む先鋭化(宗教の新版図)
「暗闇に包まれた世界に突如として光が差し込んだ。天が開き、白い馬に乗ったイエス・キリストが舞い降りてきた」――。米国で大ヒット中の宗教小説「グロリアス・アピアリング(栄光の来臨)」のクライマックスシーンだ。聖書の「ヨハネの黙示録」に想を得たフィクション。「グロリアス」はシリーズ十二作目で、累計六千万冊以上売れている。
描写は過激だ。地上に降り立ったキリストが言葉を発するたびに異教徒がバタバタと死んでいく。「何万人もの体が引き裂かれ、血が流れ出た」「イエスがわずか数インチ手を動かすだけで地は割れ、すべての異教徒が泣き叫びながら落ちていった」
ニューヨーク・タイムズ紙のコラムニスト、N・クリストフ氏は「米国におけるキリスト像が変わっている」と指摘する。「かつての優しい姿ではなく、敵と対峙(たいじ)するためキリスト教軍を率い、流血もいとわない救世主」が描かれる。
米国民が「ヨハネの黙示録」や「終末論」を強く意識するのは今が初めてではない。ハーバード大学のS・ハンチントン教授によると十八世紀の独立戦争で米国人は自らを聖書に登場する「選ばれた民」に重ね合わせ、英国軍を「キリストに対抗する勢力」と位置づけた。
二〇〇五年現在、米国の“敵”として描かれることが多いのはイスラム過激派であり、その大きなきっかけは米同時テロだ。もともと米国民は先進国の中では「突出した例外」(ハンチントン教授)といえるほど宗教色が強い。世論調査では国民の九二%が「神を信じる」と答える。その土壌がある国に突然発生した同時テロが危機感をあおり、米国人の宗教観を一段と先鋭化させた。
テネシー州立大学で先月から公開講義を予定していたあるイスラム系団体は、開講一週間前になってキャンセルを言い渡された。地元のキリスト教系大学テネシー・バイブル・カレッジのデューク学部長が「公立大学で特定の宗教を奨励するのは望ましくない」と抗議の書簡を送ったためだ。学部長は地元紙に対し「コーランの教えはよく知っている。異教徒への暴力を奨励する宗教」と公言してはばからない。
コーネル大学が実施した世論調査によると一般米国人の四二%が「イスラム教は暴力を奨励している」と答えた。回答者のうち自らを「非常に熱心なキリスト教徒」と分類した層に絞ると、そう答える人の割合は六五%に跳ね上がる。
小説「グロリアス」の主な読者層は、米国の有権者の二五%近くを占めるキリスト教右派エバンジェリカルズ(福音派)とされる。聖書の言葉を忠実に信じる宗派で、彼らにとって、同時テロをきっかけにした対テロ戦争は、聖書の中のキリストの戦いと同様「正義の戦い」と映っているとの指摘がある。
エバンジェリカルズはブッシュ米大統領の最大の支持基盤の一つでもある。一月の就任演説、二月の一般教書演説は米タイム誌が「米国で最も影響力のある二十五人のエバンジェリカルズ」に選んだ大統領首席スピーチライターのマイケル・ガーソン氏が手掛けた。
「同時テロは米外交を永遠に変えた」――ブッシュ大統領はしばしばこう言う。米国社会で聖書の重みが日々増しているようにみえるのも、テロがもたらした変化の一つかもしれない。
(宗教問題取材班)
【図・写真】一般教書演説をブッシュ大統領(右)と打ち合わせるガーソン氏=AP
2005/03/10
休載
2005/03/11
第1部危機の後で(3)はざまのイスラム――再び忍び寄る原理主義(宗教の新版図)
「ナアム・リルイスラーム(イスラムに“イエス”)」――。
戦後復興のもたつくイラク。今年一月末、国民議会選挙でイスラム教シーア派の政党連合圧勝が決まると、同派の聖地ナジャフでは、人々が街頭に繰り出し、一斉に祝勝の声を上げた。
「土曜休日は受け入れられない」。シーア派住民が多いイラク南部で最近、イスラムの休日である金曜に加え、土曜も休日と定めた政府の決定に抵抗するデモが続発している。キリスト教徒が経営する酒店やCDショップを「イスラムの教えに反する」と襲撃、ハリウッド映画を上映する街の映画館を閉鎖に追い込む民兵組織も現れた。
建国以来、少数派のイスラム教スンニ派の支配下でイラクのシーア派は人口の六割を占めながら抑圧を受け続けた。初めて国政の主導権を握った民衆の宗教心はかつてない高まりを見せる。
バグダッドの貧困街サドルシティー。原理主義指導者ムクタダ・サドル師の事務所には連日、人々が長い行列を作る。「店に泥棒が入った。犯人を見つけてくれ」「仕事を紹介してほしい」――。“陳情”の中身は様々。戦火と戦後の治安悪化で荒れたイラクでは、行政・司法組織は正常に機能していない。権力の空白期、聖職者の影響力は日々増している。
徴税ができない政府とは対照的に、寄付という形で宗教組織にはおカネも集まる。シーア派全体でみれば、最高位聖職者シスタニ師のような穏健な現実主義が主流だが、原理主義的勢力も確実に力を蓄えている。
二〇〇一年末、米軍を核とする連合軍の攻撃でイスラム原理主義勢力タリバン支配が終結したアフガニスタン。昨秋の大統領選実施に続き、今月二日には北西部バーミヤンで国内初の女性州知事が誕生。国際社会でもアフガンの「民主化プロセス」が大過なく緒に就いたと見る向きが強い。
ところが、同国では昨年十一月、最高裁のシンワリ長官が突然ハリウッド映画などを放映していた地元ケーブルテレビ局に一カ月間の放送停止命令を出した。「非イスラム的」というのが理由。多くの国民はテレビ放送自体を禁止していたタリバンによる統治の記憶を脳裏によみがえらせた。
カルザイ大統領は「権力基盤が弱く妥協を重ねざるを得ない」(タナイ元国防相)。近く実施する議会選挙で大統領に挑むカヌニ元教育相は宗教勢力の取り込みを狙って「イスラム理念に基づいた国造り」を公言する。
大統領の親米・民主化路線を是としない地方部族。ソ連やタリバンとの戦闘で犠牲を払いながら政権から排除された元ムジャヒディン(イスラム戦士)。様々な勢力に配慮する立場から、政権内には、潜伏するタリバン最高指導者ムハマド・オマル師の追跡をなし崩し的に終わらせようとする動きさえ出始めた。
「民族和解や国家再建が遅れたまま外国の干渉が強まれば、過激なイスラムが再び台頭しかねない」(ハズル・ワジーン・パキスタン国際イスラム大学助教授)。「新たに生まれた反体制派が混乱要因になる」(田中浩一郎中東経済研究所主席研究員)。不安が復興の行く手にたちこめる。
【図・写真】サドルシティーでの金曜礼拝でムクタダ・サドル師の写真を掲げる支持者=AP
2005/03/12
第1部危機の後で(4)ロシア、共存探る――イスラム界を一つに(宗教の新版図)
「ロシアとチェチェンの紛争の歴史が新しい段階に入った。そこには交渉も停戦もない」――九日、ロシア南部チェチェン共和国の独立派はウェブサイト上でこんな声明を発表した。前日、ロシア特殊部隊によるマスハドフ元チェチェン大統領の殺害が伝えられ、イスラム過激派による報復テロとロシアの掃討作戦強化による流血の恐怖が再びこの地を覆っている。
チェチェン独立派とロシアの対立は一九九一年のソ連崩壊時にさかのぼる。イスラム共和国の再興を求める民族運動が高まり、独立宣言、連邦条約への調印拒否、ロシアとの武力衝突へとつながった。犠牲者が膨らみ、経済基盤が破壊される危機的な状況の中で、サウジアラビアを源とするワッハーブ派の原理主義が浸透、独立運動がジハード(聖戦)の様相をおびるようになった。
世界を衝撃に陥れた昨年九月の北オセチア学校占拠事件。犯行グループにはチェチェン独立武装勢力のほか、イングーシ人など他のイスラム勢力も多数含まれ、過激思想がカフカス地方一帯に広がっている事実を突きつけた。事件をきっかけにキリスト教徒が多数を占める北オセチアとイングーシの住民の間でも抗争が起きている。対立は深まる一方なのか……。
ロシア中部のタタルスタン共和国。宗教指導者を養成するイスラム大学に七人のチェチェン人がいる。
アホメッドさん(仮名・23)らが入学したのは第二次チェチェン戦争ぼっ発直後の二〇〇〇年。「あそこには学ぶべきイスラムがある」。当時イスラム最高指導者だった故カディロフ前大統領に勧められ、戦火のグロズヌイを後にした。「なぜここには紛争がないのか」。アホメッドさんは自問を繰り返している。
ボルガ川を望むタタルスタンの首都カザンにはイスラム寺院の尖塔(せんとう)とロシア正教の教会の円屋根が並ぶ。共和国の人口を二分するイスラム教徒のタタル人とロシア正教徒のロシア人の共存を象徴する。
旧ソ連崩壊直後はタタルスタンでも民族運動が燃えさかった。一時は原理主義の教義が広がり、「一歩間違えばチェチェンと同じ運命をたどっていた」(ハキモフ共和国大統領顧問)。
危機感を強めた共和国政府と宗教界は過激思想を厳しく取り締まる一方、ジャディディズムと呼ぶイスラム改革を推進。男女同権、他宗教への寛容などを説く「ユーロ・イスラム」という独自の世俗的思想を掲げ、宗教教育を徹底した。政治の安定とともに海外からの投資も増え、ロシアのなかでも高い経済成長を示す優等生に変身した。
過激思想の芽が消え去ったわけではない。「だから、こちらも新しい思想をプロパガンダして対抗するしかない」とハキモフ氏はいう。イシャコフ・イスラム大学学長も「過激思想からの防御の手立ては正しい宗教教育しかない」と語る。
「タタルの穏健思想を基礎にロシアのイスラム界を一つにまとめることが急務だ」(ロシア欧州地域ムスリム宗務局)。分裂していた各地のイスラム指導者の間で、こんな声が上がり始めている。チェチェンなどでの危機を、穏健なイスラム定着のきっかけにしようという動きだ。
「むしろ新たな枠組みの下で紛争解決を探る余地ができたのではないか」――マスハドフ氏殺害の報を受け、モスクワのチェチェン人団体「民主・社会発展財団」のベノ副代表はこうつぶやいた。
【図・写真】タタルスタン共和国にはモスクとロシア正教の教会が並ぶ
2005/03/13
第1部危機の後で(5)布教最前線アフリカ――宗教間の摩擦絶えず(宗教の新版図)終
二月末の気管切開手術以来、入院が続くローマ法王、ヨハネ・パウロ二世。しばしばうわさにのぼる後継候補の一人にフランシス・アリンゼ枢機卿(72)がいる。
他宗教との調整に当たる諸宗教対話評議会議長として頭角を現した。出身はアフリカのナイジェリアだ。
「次の法王はアフリカ大陸から」。ここ十年、カトリック内部ではこんな声が絶えない。理由の一つはアフリカが布教の最前線だからだ。米マサチューセッツ州に本部を置く世界キリスト教研究センターの推計では、アフリカのキリスト教徒の数は全体で三億八千九百万人。一九七〇年の三・三倍に増えている。約九億人のアフリカ全人口のうち、今や四六%がキリスト教徒だ。ローマ法王庁の調べによると、カトリックは二〇〇三年で前年比四・五%増の約一億四千三百万人。
もちろん信者の急増に伴って、新たな宗教間の摩擦もあちこちで起きている。アリンゼ枢機卿の母国ナイジェリアのプラトー州では、キリスト教徒とイスラム教徒の住民衝突で昨年五月までの三年間で、約五万四千人が死亡した。
「スーダンでの国連平和維持活動(PKO)はアフリカ全体にとって重要な作戦になる」――。今月八日。都内で記者会見した国連のゲエノPKO担当事務次長はこう訴えた。
一九八三年、イスラム法の全土導入を目指したアラブ系主導の政府と、反発する南部の黒人キリスト教徒との間で勃発(ぼっぱつ)したスーダン内戦は、産出する原油の利権と宗教対立が絡みあって二十年も続いた。二〇〇四年にまとまった和平協定は石油収入の均等配分を盛り込んだことなどでようやく成立した妥協の産物だ。
絶え間ない部族間の紛争、人口の三分の二を超える貧困層……。スーダンのケースは貧困脱却のカギとなる「資源、土地などの争いに宗教対立が重なり合う」(アレックス・ヴィネス英王立国際問題研究所主任研究員)アフリカ型紛争の典型。コンゴ、コートジボワールなど類似の紛争を抱えていた国も復興に向けた途上にある。七月に英国で開く主要国首脳会議(グレンイーグルズ・サミット)はこうしたアフリカ諸国の支援問題を主要議題に取り上げる見込みだ。
宗教のフロンティア、アフリカには過激思想が浸透しやすいという弱点もある。
昨年春。モーリタニア、マリ、ニジェール、チャドの四国で国軍の訓練に新たな項目が加わった。「テロ対策」だ。サハラ砂漠でイスラム過激派が拠点作りを進めているとの情報を得た米軍特殊部隊と海兵隊が、対抗策として各国軍に訓練を始めたのだ。
過激派はイスラム教スンニ派内のワッハーブ派に代表される原理主義に傾倒した人々が構成しているとみられている。「過激思想の支持者はアフリカ西部で確実に増えている」(ダグラス・ファラー米国家戦略情報センター研究員)
三年前まで激しい内戦下にあったシエラレオネでも、ダイヤモンドの利権争いの裏にイスラム過激派の影が見え隠れする。反政府勢力「革命統一戦線(RUF)」は隣国リベリアとの武器取引で、アルカイダとかかわっていたという。
=第一部おわり
金沢浩明、吉野蔵一、加賀谷和樹、山田剛、岩本陽一、横田一成、古川英治、森安健が担当した。
【図・写真】スーダン南部ジュバで内戦終結を祝う集会に集まった1万人以上の住民(1月10日)=AP
キリスト教保守勢力台頭、米政治、篤心で動かす――テッド・ハガード牧師、他
(日本経済 2005/04/13夕刊)
米国でエバンジェリカル(福音派)と呼ばれるキリスト教保守勢力の台頭が注目を集めている。ブッシュ大統領の再選に大きく貢献し、内政だけでなく外交政策にも発言力を増しつつある。保守化傾向を強める米国の行方を占う上でも無視できない存在だ。
全米エバンジェリカル協会会長のテッド・ハガード牧師(48)は毎週月曜日、ホワイトハウス幹部と福音派指導者との電話会議に参加する。全米四万五千の教会、三千万人を超える信者の代表として中絶や同性婚などの内政問題から通商や環境、外交問題まで幅広く意見を述べる。
二〇〇三年末に大統領と面会した際には、鉄鋼の緊急輸入制限に反対を唱えた。「鉄鋼価格の上昇はすべての物価上昇につながり、貧しい人々を苦しめる」と訴え、大統領は二週間後に制限撤廃を決めた。
昨年十月の北朝鮮人権法成立も後押しした。イスラエル支持を明確にし、シャロン首相と会見したこともある。政治に関与するのは「聖書は我々に弱者や貧者を救い、社会正義を守るよう勧めているから」。信者にも積極的な政治参加を呼び掛けている。
ブッシュ大統領再選の最大功労者の一人といわれるのはジェームズ・ドブソン氏(68)。福音派の教えに基づいた家族観を説くラジオ放送を百六十三カ国で展開する非営利団体「フォーカス・オン・ザ・ファミリー」の創設者だ。米国内の聴取者は七百万人に上る。
選挙で特定の候補を支持したのは初めて。同団体のヘトリック副会長は「マサチューセッツ州の裁判所が同性婚を認め、健全な家族の形が司法の介入で脅かされたことに危機感を抱いた」と説明する。
共和党のスペクター上院議員が中絶を容認する発言をした際には抗議を呼び掛け、同議員の司法委員長就任が否決されかねない事態に発展した。
政権内にも福音派は少なくない。大統領のスピーチライターとして就任演説や一般教書演説など大半の主要演説を手がけたマイケル・ガーソン氏(40)は熱心な信者として知られる。二期目発足を機に政策顧問に抜てきされた。
「神のご加護」など宗教的な言葉を交えた演説はアラブ諸国などから反発も招いた。ただ、しばしば使われる「自由は米国から世界への贈り物ではない。全能の神の全人類への贈り物だ」という言葉は、自らも熱心なクリスチャンである大統領自身が書いたという。
アシュクロフト前司法長官(62)は七月から、福音派の「カリスマ伝道師」として有名なパット・ロバートソン氏(75)が創設したリージェント大学の非常勤講師として教壇に立つ。
司法長官時代には職員のために早朝礼拝を開いたほどの熱心な信者。強硬な中絶反対論者で、同時テロ後にはテロ容疑者を徹底的に摘発、人権侵害との批判も浴びた。
歴代大統領の就任式で祈とうを務め「大統領の牧師」として有名なビリー・グラハム牧師(86)は、ブッシュ氏が三十九歳の時、飲酒をやめてキリスト教に傾倒するきっかけを作ったといわれる。大統領が二〇〇〇年の選挙公約に掲げた「思いやりのある保守主義」は、福音派の中でも急進的とされる原理主義派のマービン・オラスキー・テキサス大学教授(54)の発案として知られている。(ワシントン=芦塚智子)
2005/07/04
第2部翻弄される政治(1)米、揺らぐ政党(宗教の新版図)
「あなたがたはイエスに心を開いていますか? 自らの罪を悔い改めていますか?」
六月二十五日。ニューヨーク郊外の広大な公園を埋め尽くした九万人の聴衆が、全米で最も有名な伝道師、ビリー・グラハム師の引退説教に聞き入った。
グラハム師の横には、夫のクリントン前大統領を伴ったヒラリー・クリントン上院議員。民主党左派で、宗教団体とつながりが薄いヒラリー議員にとっては、来年秋の中間選挙での再選に向け、信仰心をアピールする格好の機会となった。
ブッシュ米大統領は昨年の大統領選挙で、キリスト教保守派の強力な支持に助けられて再選を果たした。それ以降、米国では宗教系団体の政治発言力が急速に強まっている。こうした「信仰」勢力はいま、ホワイトハウスだけでなく中間選挙を控える議会を主戦場に力を拡大しつつある。
米国で自分を「キリスト教徒」と考える国民は八割を超える。合衆国憲法修正第一条は「連邦議会は宗教の自由を妨げる法律を定めてはならない」と政教分離を定めるが、キリスト教保守派は「建国時の精神を取り戻そう」と訴えて、宗教観を政治や司法に反映させようと画策する。目標はただ一つ。「ユダヤ・キリスト教国家としての米国の再建」だ。
「リベラル色が強い判事が悪しき判例を作っている」。キリスト教保守派の代表格である全米エバンジェリカル協会のハガード会長は、中絶や同性結婚を認める判決は米国の伝統に反すると主張する。
保守派の最大の関心は連邦最高裁の判事人事。一日、オコーナー判事が引退を表明し、最高裁に十一年ぶりの空席ができた。最高裁判事は中絶など世論を二分する問題で憲法判断を下す。本人が引退するか死亡するまで務める終身制で、任期は大統領(最大八年)よりはるかに長いため、米社会に与える影響力は絶大だ。
後任の判事は大統領が指名し、上院が承認する政治問題。歴史的な機会を逃すまいと、保守・リベラル両派とも大量の資金と動員をかけて議会に圧力をかけ始めた。
オコーナー判事は条件をつけながら中絶を容認する「中道」派。ブッシュ大統領が中絶に反対する保守派を後任に指名すれば、保守派、中道派、リベラル派が三人ずつという現在の最高裁の勢力図が塗り替わる。「国を分裂させる判事を選ぶべきではない」(女性団体のNARAL)と、突き上げられる民主党は、議事進行妨害を繰り返してでも保守派の承認を阻止する構えだ。
これに対し、共和党のフリスト上院院内総務はある保守派の団体の会合で「承認を妨害する民主党議員に圧力をかけてほしい」と泣き付いた。有力団体である「アメリカ保守派連合」のレスナー専務理事が「判事の承認に失敗すれば、フリスト院内総務は二〇〇八年の選挙で大統領候補の資格を失う」と脅迫状を突きつけているためだ。
信仰心は米国政治の様々な側面に影を投げかける。「ヒト胚(はい)は立派な人間だ。私たちは皆、かつては胚だったはず。マホメットも、ナザレのイエスも」。下院本会議が五月、ヒトの胚性肝細胞(ES細胞)研究に対する連邦政府の規制を審議した際、共和党のディレイ院内総務は規制緩和は宗教の存立を脅かすと訴えた。
ワシントンのシンクタンク、米エンタープライズ研究所のボウマン氏は米国民の政治志向を「共和党か民主党かではなく、教会に行くかどうかが対立軸になった」と分析する。政党の枠組みが崩壊し、信仰が集票力に直結し始めている。
【図・写真】グラハム師(右)の引退説教に姿をみせたクリントン夫妻=AP
2005/07/05
第2部翻弄される政治(2)大ロシア復興の野望(宗教の新版図)
選挙制度改革などを通じて中央集権化を進め、強大な権力を手にしたロシアのプーチン大統領。ツァー(皇帝)とささやかれるまでになった同大統領には「影の側近」がいる。ロシア正教会の高僧ティホン・シェフコノフ氏だ。
大統領が連邦保安局(FSB)長官だったころ知り合い、リュドミラ大統領夫人とも親密といわれる。ロシア帝政末期に皇帝一家の寵愛(ちょうあい)を受けた“怪僧”ラスプーチンを連想させるこの人物。大統領夫妻にとって「宗教上の師」(ロシア正教会関係者)とされ、「ロシア人のアイデンティティー、欧米との違いなど精神面で大統領に大きな影響を与えている」と、クレムリンに近い筋は言う。
プーチン大統領はソ連時代に宗教を弾圧した国家保安委員会(KGB)出身だが、教会に足しげく通い、信仰に厚いイメージが定着している。モスクワ人文大学のニコライ・シャブロ教授は「大統領は信心深いというイメージが求心力向上につながることをよく理解している」と指摘する。
モスクワから北に約百三十キロ離れたゴロドニャ村。大統領は今年のクリスマス(正教では一月七日)に、十四世紀に建てられた小さな教会を私服で訪れた。教会に居合わせた年金生活者のマリヤさんは大統領の振る舞いを見て真の信者だと確信したという。折しも年金改革を巡り各地で反政府デモが起き、政権の求心力低下が懸念された時期。「みな不満はいろいろあるけど、大統領が私たちと同じと分かって感動した」
「プーチン大統領はロシア正教を中長期的な大国ロシア再興のカギと位置づけている」――政権に近い政治評論家セルゲイ・マルコフ氏の分析だ。正教の影響力はロシアを越え、旧ソ連圏や東欧のスラブ民族に広がるからだ。マルコフ氏は大統領の意図が垣間見えたのが親ロ派と親欧米派候補が激しく争った昨年のウクライナ大統領選挙だったという。
当選したユーシェンコ大統領の支持基盤となった西部は、東方正教でありながらローマ法王に仕える「ユニエイト」が主流。一方、ウクライナの正教会は本来、モスクワ総教主の管轄だが、モスクワからの独立を主張する勢力がユーシェンコ支持に加わった。
「ユーシェンコは断じて受け入れられない。精神面からウクライナのロシア離れが決定的になる」。当時、クレムリンからヤヌコビッチ前首相の選挙チームに派遣されていたマルコフ氏によると、プーチン大統領はウクライナが欧州連合(EU)への参加を目指すことなどよりも、宗教による分断を強く懸念したという。プーチン大統領の選挙介入に呼応し、モスクワ総教主アレクシー二世は公に親ロ派の前首相を支持。選挙戦は宗教対決の色彩を濃くした。
ロシアのくびきを断ち切ろうとするユーシェンコ政権の高官は「ウクライナにとってロシア正教会からの独立は北大西洋条約機構(NATO)に加盟するのと同じくらい重要な意味を持つ」と語る。実際、一月の政権発足から何度も東方正教の総本山イスタンブールに特使を派遣し、ウクライナ内部での正教の統合と、モスクワからの独立を働きかけているという。
大ロシア復興というプーチン大統領の野望は実現するのか。旧ソ連圏で続く民主化ドミノの裏にある正教の動きからも目が離せない。
【図・写真】プーチン大統領はクリスマス(1月7日)を地方の小さな教会で民衆と過ごした=AP
2005/07/06
休載
2005/07/07
第2部翻弄される政治(3)EU憲法否決――イスラム教徒流入懸念(宗教の新版図)
「トルコとか入ってくるんだろう。賛成できないね」――五月二十九日、フランスでの欧州連合(EU)憲法批准を巡る国民投票当日、仏市民の一人がテレビカメラに向かって吐き捨てるように言った。
仏政府の必死の運動にもかかわらず、EU憲法批准は反対多数で否決され、三日後にはオランダ国民も同様の判断を下した。人口の九九%をイスラム教徒が占めるトルコがEUに加わることへの懸念が反対の大きな理由の一つだった。
フランスでの世論調査で批准反対が急速に伸びたのは四月。その背景にローマ法王、ヨハネ・パウロ二世の死去とベネディクト十六世選出の影響を指摘する声がある。両法王の過去の言動が欧州とトルコ、キリスト教とイスラム教の関係を改めて考え直すきっかけを与えたという。
ヨハネ・パウロ二世はEU憲法に「キリスト教こそEUの基本的価値」と明示することを求めていた。新法王、ベネディクト十六世も枢機卿時代の二〇〇四年八月、仏フィガロ紙とのインタビューで「欧州とは文化でつながった存在で、地理的なものではない。その根本はキリスト教だ。トルコはイスラム教を基盤としており近隣のアラブ諸国と文化圏を形成できる」とコメントしていた。
就任から二カ月、新法王はEU憲法に一切言及していない。しかし、「フランスのカトリック教徒が約八割。(繰り返し報じられた過去の発言が)投票行動に影響してもおかしくない」と、英シンクタンク、外交政策センターのグレッグ・オースティン氏は言う。
西欧では戦後、政教分離が徹底され、人々の宗教心もローマ法王が嘆くほどに薄れた。AP通信と米調査会社イプソスが六月六日に発表した調査によると、「宗教指導者が政策決定に影響力を行使すべきだ」との回答は米国で三七%に達するが、仏では一二%、英独では二〇%だった。
それでも、国を二分する論争では教会の影響力を無視できない。ローマ法王庁は六月十二、十三日にイタリアで実施された人工授精に関する規制緩和の是非をめぐる国民投票での「棄権」を呼び掛け、法案を不成立に追い込んだ。
「宗教関連の番組がないのはいかがなものか」。英国のジェームズ上院議員は昨年、本会議の演説で、復活祭(イースター)週末のBBCの番組編成に苦言を呈した。
ジェームズ議員は英国国教会の司教で、上院に二十五人いる「宗教貴族」の一人。宗教貴族は国教会の長老幹部から選挙を経ずに選ばれる。いわば宗教界の代弁者で、クローン技術を使った医療研究を容認する法案の審議では「科学者は神ではない」と多くの議員が反対の論陣を張った。
毎週教会に通うブレア首相は国教会の信者。ブッシュ米大統領ほどは宗教色を打ち出さないが、〇一年に発表した上院改革案では、十三世紀以来脈々と議席を受け継いできた世襲貴族の廃止を盛り込みながら、宗教貴族は存続を決めた。
「キリスト教徒の金持ちクラブ」と陰口をたたかれるEU。イスラム世界からの移民を多く抱える各国はそれを強く否定してきたが、事あるごとににじみだすのはEUがその根底に擁するキリスト教の土台だ。見えない糸は切れそうもない。
2005/07/08〜12
休載
2005/07/13
第2部翻弄される政治(4)インド、ヒンズー勢力退潮(宗教の新版図)
ナショナリズム警戒強く
インドでヒンズー教団体を支持基盤とする最大野党、インド人民党(BJP)の退潮が止まらない。
「パキスタンという国を造った人物を称賛するとはもってのほかだ」――。六月七日。BJPの有力支持団体の一つ、世界ヒンズー協会(VHP)のシンガル会長は、副首相も務めたアドバニBJP総裁を厳しく糾弾した。アドバニ氏がパキスタン訪問で、同国建国の父、M・A・ジンナー氏を「歴史をつくった偉大な人物」と絶賛したためだ。
事態はアドバニ氏が辞表を提出する騒ぎに発展。同氏は周囲の慰留で四日後に辞意を撤回するが、VHPはその後も重ねて辞任を要求し、BJPは頭を抱えている。
昨年五月まで政権与党だったBJPは一九九〇年代を通じて経済開放を推進し、インドをブラジル、ロシア、中国とともに新興経済国群BRICsの一角を占めるまでに成長させた。その原動力となったのがヒンズー・ナショナリズムによる求心力だ。
ただ、政権の長期化とともに基盤のヒンズー勢力も一段と過激な主張や行動を強め、次第に国民の信を失っていく。政権との二人三脚で求心力を強めたヒンズー教勢力が凋落(ちょうらく)に転じるきっかけは二〇〇二年に西部グジャラート州で起きたヒンズー・イスラム両教徒間の抗争だった。
イスラム教徒の市民の店舗などを焼き打ちしたヒンズー教徒の暴動は、水面下でBJPと密接な関係にあるヒンズー至上主義団体の関与がうわさされた。一カ月にわたる抗争で計千人以上の市民が犠牲となった悲劇を目の当たりにした国内の知識層の間では、ヒンズー・ナショナリズムへの警戒感が生まれ、それが昨年五月の総選挙でBJP連合がよもやの敗北を喫する一因となった。
下野は「ヒンズーナショナリズムの過度な台頭に国民の懸念が高まった」ためとの見方が有力で、アドバニ氏のジンナー礼賛も、党のヒンズー教色を薄めて党勢衰退に歯止めをかける狙いがあったといわれる。
一方、ヒンズー勢力の焦りは深まる。二月にはヒンズー原理主義政党シブ・セナが「反ヒンズー的で若者を堕落させる」との理由から、首都ニューデリーでバレンタインデー用のカードなどを販売していた店舗を襲撃する事件が発生するなど過激な行動が目立ち始めた。
宗教勢力に振り回されたインドは今、ヒンズー教に代わる政権の軸を模索中だ。BJPに代わって政権与党の座に就いた国民会議派は、シーク教徒のシン首相を擁立。今年五月に南部で起きたキリスト教徒殺害事件を巡っては、治安当局が百五十以上のヒンズー教団体に徹底した事情聴取を実施してみせた。
同国ではタブー視されてきた左派政党やイスラム勢力の取り込みにも動いており、左派も「任期満了まで政権を支える」(カラット・インド共産党書記長)と、現政権のアンチ・ヒンズー路線に同調する意向を示している。
【図・写真】ヒンズー教団体から激しい批判を受けるBJPのアドバニ総裁の苦悩は深い(ニューデリーの自宅前)=AP
2005/07/14・15
休載
2005/07/16
第2部翻弄される政治(5)東南ア、薄まる色彩(宗教の新版図)
六月二十一日。東南アジアで政治と宗教の結び付きを象徴する人物――カトリック教徒が国民の八割以上を占めるフィリピンの精神的支柱だったフィリピンのハイメ・シン枢機卿が他界した。
「政治と宗教は人間を幸せに導く二本のレール」が持論。マルコス独裁政権に抵抗、一九八六年のコラソン・アキノ政権誕生を演出した後も政治に深く介入し続けた。
だが後継のロサレス枢機卿は政治介入を嫌い、カトリック教会が政治の表舞台に出る機会は激減。支持率低下にあえぐアロヨ大統領はまた一つ、政権の礎を失い、同国の政局は再び混迷の様相を深めている。
「私はすべてのマレーシア国民の首相だ。非イスラム教徒にも公正でなければならない」(マレーシアのアブドラ首相)
同国は人口の約六割強をイスラム教徒が占め、憲法にも言及がある「イスラム国家」。イスラム学の学士号も持つ同首相の発言は、東南アジア諸国の政治と宗教の距離感を象徴する。多民族、多宗教が混在する中で特定宗教に過度な肩入れをすることは必ずしも安定をもたらさない。人口の三割以上の非イスラム教徒を擁するマレーシアも例外ではなく、穏健イスラム主義以外の選択肢はあり得ないのだ。
三月三十一日。インド洋大津波で多数の死者を出したニアス島に入ったインドネシアのユドヨノ大統領は真っ先に中心都市グニンシトリの聖マリア教会を訪れ、礼拝堂に安置した十五体の遺体に深々と黙とうした。
インドネシアは世界最大のイスラム教国だが、国是としてキリスト教や仏教など五大宗教を認めている。大統領自身を含む国民二億一千五百万人の八七%はムスリムだが、ニアス島はキリスト教が主流だ。
仏教徒が人口の九割を超えるタイは三月末、インドネシア最大のイスラム組織ナフダトール・ウラマ(NU)のムザディ総裁を招き、イスラム関係者との対話機会を設けた。かつてはイスラム国家パタニー王国の版図で、十八世紀末に併合されたタイ最南部で、昨年初めから活発化したイスラム教系反政府テロの犠牲者は八百人を超えた。
「ムスリムを軽視してきたツケだ」(アナン元首相)――事態悪化の背景にはタクシン首相の強攻策がある。世論に配慮し一時は融和路線に傾いたがテロはやまない。十五日には政府が緊急閣議で首相への治安対策の指揮権付与を決定、対立緩和の兆しは見えない。
昨年十月。マレーシア国軍を中心とする約五十人の部隊が、マニラの空軍基地に到着した。フィリピン政府と反政府組織「モロ・イスラム解放戦線(MILF)」との内戦で、停戦監視のために派遣された部隊だ。同組織に手を焼いたアロヨ大統領は二〇〇三年、当時のマハティール・マレーシア首相に仲介を要請し停戦合意にこぎ着けた。国内の治安維持に他国の宗教の手を借りる―こんな動きも始まっている。
再び宗教に近づく欧米の政治と、宗教色を薄めようとする途上国の政治。適正な距離感はまだつかめない。
=第二部おわり
この連載は加藤秀央、山田剛、吉野蔵一、横田一成、桜庭薫、長尾久嗣、古川英治が担当しました。