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[治安の死角]第3部 性犯罪 (読売:全5+1回 2005/03/23〜27+04/02朝刊)
updated 2005/04/03
2005. 03. 23
(1)子供狙う「支配欲」(連載)
◆妄想…現実忘れ犯行 「予備軍」生む児童ポルノ
性犯罪が深刻化している。各地で相次ぐ子どもへの性暴力、前歴者による再犯……。昨年の被害(強姦(ごうかん)や強制わいせつ)は10年前の2倍の約1万1500件。なぜ、これほど多くの人が被害に遭わなければならないのか。法務省や警察庁が、被害防止や再犯者対策に乗り出した今、性犯罪者の実像と背景にある社会の病理、そして法や制度の矛盾を問い直す。
「奈良の犯人のようになっていたかも知れません」
先月15日、仙台地裁307号法廷。被告の男(29)は、弁護士から「もし捕まらなかったら」と尋ねられ、消え入るような小声になった。
昨年11月、奈良市で小学1年の女児(7)が、小林薫被告(36)に誘拐され、殺害された事件のことだった。
男には、同じような前歴があった。中学3年の時、幼い女の子の体を触ったとして補導された。一昨年7月には、わいせつ目的で女児(10)の首を絞めたなどとして逮捕され、20件近い余罪が発覚、執行猶予付きの判決を受けた。
そして3か月もたたない保護観察中の昨年1月、自宅近くで、女児の跡をつけ、女児が自分でカギを開けて家に入ると「休ませて」と上がり込んだ。
初めの5分間だけ、「また元に戻る」と迷ったが、女児をひざの上に座らせた……。同8月の逮捕まで、未遂も含め6〜10歳を相手に6件の犯行を重ねた。
「自分には力がない。支配したいんだと思います」
法廷で、そう答えた男は、なぜ歯止めがかからないのか、と問われて振り返った。「(過去の犯行の場面が)頭に浮かぶことがある。そうなると現実を忘れる」
■ ■
女児の腹を殴って車で拉致し、山中で乱暴する。100円ショップのトイレに幼い姉妹を連れ込んで、けがを負わせる――。今年1月、強姦致傷罪などで懲役10年の実刑判決を受けた愛知県内の男(40)は、知人の少年(18)と、昨年3月からの1か月間で、9〜13歳の女児5人を襲った。
10年近く前に妻と離婚して以来、女性と交際できなかった。親類の子どもの体を触ったこともあったが、物足りなかった。
「あのビデオ通りのことをやってみたかった」。逮捕後、男は供述した。
数年前、同僚から見せられた録画ビデオには、小学生の女の子が性的暴力を受ける場面が映っていた。
男は同僚から「これはオレが撮ったんだ」と説明されたという。「あのシーンが頭から離れない」。男は取調官にそう打ち明けた。
■ ■
「子どもを狙う性犯罪者は、それ自体が犯罪であることすら十分認識できていない場合が多い。妄想を繰り返して、現実との区別がつかなくなる。一度でも、犯行で快楽を感じると忘れられなくなる」
元東京家裁医務室技官で性非行少年の治療に取り組む針間克己医師(精神科)は、さらに「児童ポルノやアニメが、犯罪予備軍を増やしている」と訴える。
昨年3月、群馬県高崎市の小学1年の女児(7)が殺害された事件で公判中の野木巨之(のりゆき)被告(27)は、精巧な少女の人形とともに、「ロリコンもの」と呼ばれるわいせつゲームを欲求のはけ口にしていた。
勤務先の工場で同僚からバカにされたのをきっかけに、それだけでは満足できなくなった。犯行の約1か月前、「少女なら自分を受け入れてくれる」「子どもと性行為がしたい」という妄想にとりつかれた。
「女児を自室に引きずり込んだ時、男はすでに殺害を決意していた」
冒頭陳述で、検察側はそう指摘した。
■ ■
氾濫(はんらん)する児童ポルノと、「小児」性犯罪との因果関係――。奈良事件の小林被告も携帯電話に、大量の児童ポルノの画像をため込んでいた。児童ポルノの販売や陳列を禁じる「児童買春・児童ポルノ禁止法」は99年11月に施行された。だが、米英独などにある「単純所持」の禁止規定は、いまだに整備されていない。
図=過去10年間の性犯罪の推移
写真=愛知県内の男が女児を連れ込んだトイレ。事件後、ドアには「閉めないで」と注意書きが
2005. 03. 24
(2)再犯の連鎖(連載)
◆更生誓っても… 治らぬ性癖
闇の中に男がいた。パジャマをはぎ取られ、酒臭いにおいをかいだ。必死で枕元の携帯電話をつかむと、男が逃げ出すのがわかった。
昨年1月、都内の自宅マンションで襲われた大学1年の女性(18)は、その直後から、夜、パニックに陥るようになった。恐怖が再来する「フラッシュバック」。幻聴や、うつ症状も加わった。
女性は、重度の「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」と診断され入院。完治の見込みは今もない。事件から3か月後、警視庁は、強姦(ごうかん)など7つの前歴がある男(38)を逮捕した。
男は2003年8月、強姦致傷罪で服役していた府中刑務所を仮出所すると、1か月後、犯行を再開した。逮捕までの7か月間に襲った女性は8人に上る。
給食調理の仕事の終業後、居酒屋を何軒もはしごした。酔うと昔の犯行を思い出した。一人暮らしの女性宅を探し、のぞいて歩いた。次第に欲望を抑えられなくなった。
「刑務所で二度とやらないと誓ったが、酒を飲むと、止まらなくなる」
男はそう供述した。
■ ■
今年1月、懲役14年の判決を受けた岡山県内の男(41)の公判記録には、前歴が列挙されていた。
1982年 強姦致傷罪で中等少年院送致▽84年
強姦致傷罪などで懲役3年6月▽88年 強姦罪で同7年▽96年 強姦未遂罪で同4年6月――被害者は計20人。皆、女子高生だった。
最後の刑期を終えて出所したのは00年10月。それから4か月後、再び女子高生を狙い始めた。駅の駐輪場で自転車に書いてある名前や電話番号をメモすると、家に電話を入れ、巧みにウソを言っては誘い出す。逮捕されるまでの2年半に7件の犯行を重ねた。
高校では、生徒会長を務めたこともある。
「性犯罪以外は、普通の男。なぜ繰り返すのか動機は分からなかった。性癖としか言いようがない」。担当の弁護士は振り返った。
■ ■
「性犯罪の受刑者は模範囚で、改悛(かいしゅん)の情を強く見せる傾向がある」
今年初め、警察庁幹部は、刑務所の幹部から説明を受けた。犯罪の詳細を知られると、所内でいじめに遭う。おとなしく過ごし、出所時には「刑務所に絶対、戻らない」と決意する受刑者が多い、というのだ。
しかし、警察庁が、13歳未満の子どもへの強姦や強制わいせつなどで昨年1年間に摘発された466人を調べただけでも、性犯罪の前歴を持っていた者は25%。傷害・恐喝(各20%)など他の犯罪を上回った。
改悛の情はみられるのに、出所すると、再び犯行を繰り返す――。だが、警察庁も法務省も、奈良市の女児誘拐殺害事件が起きるまで、性犯罪者による“再犯の連鎖”について、統計すらまとめていなかった。
「再犯を重ねるのは『嗜癖(しへき)』だから。更生したい、という言葉だけでは意味がない」(藤岡淳子・大阪大教授=非行臨床心理学=)
こうした専門家たちの指摘を刑務所での矯正教育に生かすこともなかった。
■ ■
5人の女性を強姦するなどしたとして、昨年1月、札幌市内の男(28)が逮捕された。男は00年にも強制わいせつなどの罪で懲役4年の判決を受け、この時、「自分の症状を甘くみていた。反省している」と陳述した。
だが、男は03年7月に仮出所すると、1か月後、再び女性を襲い始めた。
「口では、『二度としません』と言えても、誓うことは多分できない」
法廷でそう語った男に、札幌地裁は今月22日、懲役20年の判決を言い渡した。
写真=岡山県内の男は駅の駐輪場で被害者の連絡先を割り出していた(写真と本文は関係ありません)
2005. 03. 25
(3)進まぬ矯正(連載)
◆刑務所、人も時間も不足
〈復讐(ふくしゅう)として一生苦しみ続ける傷を負わせたい〉
〈人生を狂わせた人を決して許さない〉
2月17日、前橋地裁1号法廷で、検事が、被害者たちの訴えを読み上げた。被告席には、元ボクサーの男(32)が身じろぎ一つせずに座っていた。
深夜、女性が車に乗り込む瞬間、車中に押し込んで強姦(ごうかん)するという手口。2003年10月までの3年半に、襲った女性は18〜34歳の15人に上った。
逮捕後、接見を重ねた弁護士は、男が異常な性欲に悩んでいたことを知った。
初めての性犯罪は、小学6年の時。性衝動をボクシングで克服しようとした。だが、けがでボクシングをやめると、自分を抑えられなくなった。
弁護士は法廷で裁判官に訴えた。「こうした被告には、刑務所で特別な矯正プログラムを考えるべきだ」
■ ■
「刑務所に入れば性癖を治す機会があると思っていた。だが、実際には時がすぎるのを待つだけだった」
連続強姦で関東の刑務所に服役し、3年前に出所した首都圏在住の男性(57)が、所内での体験を打ち明けた。
1980年代後半、50人以上の少女を襲った。判決は懲役12年。服役すると、起床―労務作業―就寝をただ繰り返した。
1年後、犯行時のスリルが頭に浮かび、消えなくなった。気が変になってトラブルを起こし、懲罰房にも入ったが、心の葛藤(かっとう)を相談する相手はいなかった。
ほかに性犯罪者が5、6人はいた。2人は「また犯行を繰り返す」と思った。うち1人は模範囚だったが、「今度は絶対捕まらない」と話すのを聞いた。
男性は、こう言い切る。「自分が再犯をしないと確信できるのは、性欲が衰える年齢まで服役していたから。若いうちに出所すれば何の効果もない」
■ ■
2月下旬、28歳未満の初犯者を収容する「川越少年刑務所」(埼玉県川越市)の一室に、幼児へのわいせつ事件で服役する4人が輪になって座った。
「障害を理由に、小学生の時から、女の子にも、いじめられていた」。21歳の受刑者はそう話した後、「すごく悔しかった。悪さをして達成感を得るようになった」と続けた。
すぐに周囲が「捕まらなかったら?」と問いかけた。「もっとひどいことをしていたかも」。何人かが「僕もだ」とうなずいた。
性犯罪者に「自分の過去」を語らせる「グループワーク」――。自らの恥ずかしさに触れさせ、犯行時の心理を悟らせて反省を促す矯正プログラムの一つだ。
同刑務所の教官たちが95年から、海外の文献を参考に今の形に築き上げた。「出所後には、またやる」と公言していた受刑者が、受講後、反省を語り始めることもあるという。
■ ■
全国74の刑務所・拘置所のうち、こうした性犯罪者の心理に踏み込んだ専門プログラムを実施しているのは、実は、川越、奈良両少年刑務所しかない。
61施設では、性犯罪者への特別教育がなく、残る11施設も「被害者感情を伝える」といった授業形式などにとどまる。教育の内容がバラバラなのは、法務省が全く指導せず、現場の刑務所の「自発的な行動」(同省矯正局)に任せきりにしているからだ。
「最も先進的」とされる川越少年刑務所でも、教官が6人しかいないため、約180人いる性犯罪者のうちグループワークを受講できるのは年20人ほど。1人の受講回数も計12回で、米国やカナダの80〜90回と比べると極端に少ない。
同刑務所の教官の一人もこう打ち明けた。「今のままでは時間不足。どうすれば再犯を思いとどまるのか、受刑者に具体的に考えさせるところまではなかなか行き着かない」
写真=少女に対する強姦罪で服役していた男性は、当時の「在監証明書」を取り出した。「性犯罪者は出所したら野放し」と訴えた
2005. 03. 26
(4)法の矛盾、捜査に壁(連載)
◆「親告罪」 埋もれる“余罪”
畑の中で、近所の女児(8)が見知らぬ男と立っていた。鹿児島県内の農村地帯。いたずらされている――直感した主婦が、助けを呼びに通りに出た直後、男は姿を消した。
2002年9月中旬の夕刻。女児は初め「バッタを捕ってた」と平静を装った。だが、「心配しなくていいのよ」と語りかけると涙があふれた。「触られた」「写真とられた……」
鹿児島市の家業手伝いの男(36)(公判中)が、強制わいせつ容疑で逮捕されたのは今年1月。自宅にあったメモリーカードには、携帯電話のカメラで撮った子どもたちの画像が270枚も残っていた。何をされているのかも理解できないでいる表情……。その数は40人に上った。
画像からは、おおよその犯行日時と現場が特定できたが、該当する被害届は2件しかなかった。
強姦(ごうかん)や強制わいせつは「親告罪」で、被害者の告訴がないと起訴できない。警察は臨床心理士に相談した。「警察が動くと心の傷が広がる」。その言葉で余罪捜査を断念。代わりに、40人分の画像と、男に1件ずつ描かせた犯行現場の図を悪質性を示す証拠として裁判に提出した。
「多くの子どもが親にさえ言えずにいる。警察が知らないところでこんなに多くの被害がある。我々はいったい何をしていたのか」
捜査にあたった警察署の課長は唇をかんだ。
■ ■
昨年5月、静岡地裁沼津支部は、作業員の男(25)に無期懲役の判決を言い渡した。ナイフで脅す連続強盗強姦事件。被害者は7か月間で23人に上った。
男は17歳のとき、女児への性犯罪で逮捕されたが、一晩留置されただけの「微罪処分」で釈放されていた。02年9月に再び逮捕され、かつての事件の経緯を尋ねられた男は、「10人以上の女児にわいせつ行為をした」と告白した。当時、男の“余罪”についての捜査が尽くされなかったのは、警察の性犯罪に対する認識が甘かったからにほかならない。
ある警察幹部はこう語った。「殺人や強盗に比べ、性犯罪を軽く見がちな風潮が、現場の一部に残っているのかもしれない」
■ ■
犯行前、被害者を40分以上連れ回した行為を「略取罪」ととらえ、強姦罪と合わせて立件する。精神的ショックの激しい被害者を、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と認定し、傷害罪を適用する……。
この数年、各地の検察や警察は、“重罰化”への模索を続けている。
今年1月施行の改正刑法でも、集団強姦罪が新設され、強姦罪の法定刑は懲役2年以上から同3年以上に、強制わいせつ罪も、同7年以下から同10年以下に厳罰化された。
それでも、被害者感情との隔たりは大きい。
「被害者保護の見地からも、検察官の求刑は軽すぎる」。昨年10月、大阪地裁はそう指摘して、女性5人に強姦などを繰り返した無職の男(34)に、求刑の懲役12年を上回る同14年の判決を言い渡した。
■ ■
「性犯罪は重大な人権侵害」という考え方が徹底している米国では、日本なら未遂や強制わいせつとみなされる犯行についても、幅広く強姦罪が適用される。男児への性暴力も、強姦罪が成立する場合もある。
「告訴」という心理的負担の重い行為を被害者に強いる「親告罪」の規定や、幼児への性犯罪を、「いたずら」として軽視する面がある日本の現状には、国際的にも批判が集まる。
性犯罪被害者の支援に取り組んでいる明治大法科大学院教授の角田由紀子弁護士は訴える。「司法に携わる多くの人たちが、今の刑事司法制度が、性犯罪の被害者に苦痛を与えていることに気付いていない」
写真=鹿児島市の男が女児を撮影したカメラ付き携帯電話の同型機種。最近の性犯罪は、撮影した写真やビデオで被害者に口止めを図る悪質な事案が増えている
2005. 03. 27
(5)異例の顔写真公開(連載)
◆「苦しむ人助けたい」被害者同意
今年1月中旬、関東地方の警察署の電話が鳴った。「下校途中、女子児童がひわいな言葉をかけられた」。通報したのは、家族からの連絡を受けた小学校の校長だった。
警察が児童に事情を聞くと、一人の男が浮上した。男は昨年11月、中学1年の女子生徒に抱きついたなどとして逮捕され、1か月前に釈放されたばかり。翌日、男が容疑を認めたため、警察は迷惑防止条例違反の疑いで逮捕した。
家庭から学校、そして警察への通報がスムーズに進んだのにはわけがあった。
新聞が11月の事件を報じた際、容疑者の男の住所も掲載した。それが校区内だったため、不安を感じた校長が「不審者がいたら一刻も早く届け出を」と全家庭に呼びかけていたからだ。
「住所が新聞に載ったことで、学校と住民が同じ危機意識を持った。性犯罪前歴者の住所の公開が難しいのはわかるが、学校の責任者としては知っておきたい。対応が全く違ってくる」
校長はそう訴える。
■ ■
3月10日、愛知県内に配られた新聞各紙には、〈住民台帳で少女物色〉などという見出しとともに、容疑者の顔写真が掲載された。
31歳の無職の男は、名古屋市内の区役所で住民基本台帳を閲覧して小中学生のいる母子家庭を探し、母親の留守中、少女を強姦(ごうかん)した疑いが持たれており、十数件の余罪を自供した。
常習性の高い性犯罪被疑者について、逮捕時の顔写真を、報道機関へ提供することに踏み切ったのは昨年2月。異例の判断だった。
「泣き寝入りしている被害者に、犯人逮捕を知らせて安心してもらいたい」
当時の県警本部長は会見で理由を説明した。余罪を突き止め、相応の罰を与えるという狙いもあった。
顔写真を公開した容疑者は計14人。「私も襲われた。これで安心して眠れる」。そんな電話が次々と寄せられているが、一方で大きなジレンマも抱えている。
県警が2月上旬、住民基本台帳を悪用した男を最初に逮捕した際、極めて悪質な事案として事件の公開を検討したが、被害者や母親は「裁判などの過程で、被害に遭ったことを周囲に知られるのではないか」と同意しなかった。しかし、今月、再逮捕容疑の被害者である女子中学生がこう言って、容疑者の顔写真公開に同意した。
「私と同じように苦しんでいる人がいる。その人たちを助けてあげたい」
■ ■
法務省は6月から、性犯罪者の出所情報を警察に提供する。
13歳未満の子どもへの暴力的性犯罪で服役していた出所者が対象で、出所予定日や帰住予定地を伝えることになる。だが、学校、さらには地域の住民に情報を公開すべきかどうか、議論は進んでいない。
日本被害者学会理事の諸沢英道・常磐大大学院教授は、この現状を10年以上前の欧米と比べても「大きく遅れている」と指摘する。
1990年代初頭に出席した国際会議では、研究者たちが、刑務所での矯正プログラムのデータを持ち寄り、性犯罪者の矯正の難しさを論じ合っていた。
性犯罪者に対する精神科医によるカウンセリング、わざとポルノ映像を見せて興奮すると電流を流すという科学的療法、男性ホルモンを抑える薬物療法……。
米英独などの刑務所では、様々な矯正プログラムが実施されてきた。
これらのデータや臨床研究をもとに、性犯罪者の再犯防止と、出所後の社会復帰をどう両立させるのか――専門家たちが真剣に議論を深めていたという。
諸沢教授は語る。
「こうした蓄積や世論の流れが、前歴者の氏名や住所を地域に開示する米国の『ミーガン法』のような制度導入の下地になった。だが、日本には蓄積がほとんどない。今、世論が声を上げなければ、この深刻な状況に歯止めはかからない」(おわり)
◇
この連載は、星春海、高田浩之、迫田修一、松本英一郎、向吉三郎、河村武志が担当しました。
写真=住民基本台帳を悪用し、女子中学生を襲った男の逮捕を報じた新聞各紙。「私も被害者です」。捜査本部には、男の顔写真を見た少女からの電話が相次いだ
番外編 (04/02)へ
性犯罪矯正プログラム作り 法務省が「処遇委員会」、来月発足
(読売 2005/03/27朝刊)
性犯罪受刑者の再犯防止策を検討している法務省は4月から、精神科医らによる「性犯罪処遇委員会」(仮称)を発足させ、性犯罪専門の矯正プログラム作りに乗り出すことを決めた。同省はすでに、刑務所での矯正教育全般の見直しを進めているが、再犯性が高いとされる性犯罪については高度な専門家の意見に基づく処遇が必要と判断した。
性犯罪処遇委員会は10人程度の専門家で構成する予定で、「性的嗜癖(しへき)」に関する研究の第一人者である「東京都精神医学総合研究所」の妹尾栄一・嗜癖行動研究部門長らを候補として検討している。
英米独などでは、刑務所内で、精神科医による面接や、グループ分けしたカウンセリング、男性ホルモンの抑制を含めた薬物治療などの更生プログラムを性犯罪者に施している。
委員会ではこうした海外の事例を半年ほどかけて研究し、我が国の場合、何が適しているか具体的なプログラムを選定。すでに独自の性犯罪者矯正教育を行っている「川越少年刑務所」(埼玉県川越市、28歳未満の初犯者を収容)で試験的に実施し、出所後の追跡調査など再犯抑止効果を検証する。
効果が実証されたプログラムについては、2006年度以降、全国の74か所の刑務所・拘置所のほか、少年院や、民間が運営する更生保護施設などに順次、導入する見通し。
性犯罪受刑者を対象にした専門教育を実施している刑務所・拘置所は、川越少年刑務所も含め13施設あるが、「職員が職務の合間に試行錯誤しているのが実情」(同省幹部)で、どの程度効果があるのか十分な検証はできていなかった。
〈性犯罪者の処遇プログラム〉 被害者の立場で手紙を書かせる「ロールプレイ」や、犯行態様や性格別に分けて、互いの罪や成育環境を語り合わせる「グループワーク」が代表的。薬物治療による「化学的去勢」は、スウェーデンやデンマーク、米国の7州などで導入されている。
社説:[性犯罪の防止]「出所者情報の有効活用が大事だ」
(読売 2005/03/29朝刊)
性犯罪者の再犯をどう防ぐのか。この深刻かつ重要な課題に正面から向き合ってこなかったことは、行政の怠慢だ。
法務省が、性犯罪者の刑務所からの出所日と、その後の居住地の情報を、6月から警察庁に提供することになった。12歳以下の子供に対し、強姦(ごうかん)や強制わいせつなどの危害を加えた者が対象になる。
警察庁は、情報を活用し、出所者の再犯による被害の拡大を未然に防ぐ。警察の外部に情報が漏れないように、管理を徹底するのは当然だ。
昨年11月、奈良市で7歳の女児が犠牲になった誘拐殺人事件が、性犯罪者の再犯をめぐる論議の発端となった。起訴された男は過去2回、強制わいせつ罪で有罪判決を受け、服役もしていた。
ただ、警察庁に提供される出所者の居住地情報は、あくまで出所者本人の届け出によるものだ。転居した後の通報義務もない。警察が情報を得ても、24時間監視できるわけではない。情報提供制度の効果は未知数だ。
警察庁は、居住地を把握されていると知ることで、出所者が犯行を思いとどまる効果がある、と期待している。
再犯を防ぐために、地域住民にも情報を提供すべきだ、という主張もある。だが、出所者の更生を妨げる恐れがある、とする慎重論もある。運用状況を検証しつつ、法務、警察当局の責任で効果ある制度へと見直していくことが重要だ。
昨年1年間に12歳以下の子供に対する性犯罪で検挙された466人のうち、過去にも12歳以下の子供を襲って検挙されたことがある者は、74人もいた。
このような実態は、最近の警察庁の調査で初めてわかったことだ。これまで、法務省も警察庁も、性犯罪の再犯の詳細なデータを取ってこなかった。
性犯罪では、被害を届け出ないケースも多い。検挙率も低下している。逮捕されていない犯罪者も多く、再犯率は、もっと高い可能性がある。
いつまでも心的障害が残るなど、被害の重さは年齢に関係ない。被害者が13歳以上の事件の場合は情報提供しない、というのも説得力に乏しい。再犯率の高い他の重大犯罪も含め、出所者情報の提供範囲を拡大していく必要がある。
法務省は、刑務所で実施する矯正プログラムの策定や仮出所後の保護観察の強化、専門職員の養成など緊急対策に乗り出す。進んだ欧米の制度も調査する。
性犯罪の再犯を防ごうとする動きは、ようやく始まったばかりだ。個々の対策の着実な実施を通じて、早急に実効ある態勢を確立しなければならない。
2005. 04. 02
番外編 被害女性たちの叫び(連載)
◆恐怖、孤独…心の傷、今も
「両親を悲しませたくなかった」「幼心にもしゃべってはいけないと思った」――。深刻化する性犯罪の現状を検証した「治安の死角・第3部」(3月23〜27日朝刊社会面に掲載)の取材班には、被害に遭った女性たちからも切実な訴えが寄せられた。被害者の多くに共通するのは、羞恥(しゅうち)心と孤独感、そして公的支援の乏しさから、心の傷をさらに大きく広げている現実だった。
中部地方出身の20歳代の女性は、16歳の高校時代、集団強姦(ごうかん)の被害に遭った。
帰宅すると、ボロボロになったシャツを家族に分からぬようこっそり捨てた。「自分を宝物のように育ててくれた両親を悲しませたくない」。母親とも目を合わせるのを避け、涙を必死にこらえた。
体に異変を感じたのは数日後から。首を絞められ、「死」を感じた被害の場面が毎晩、夢に現れた。満員電車で気を失ったことも、エレベーター内で冷や汗が出たこともある。
被害の光景がいつよみがえるかもしれないという恐怖と、「自分は汚れてしまったんだ」という嫌悪感。異様なほどの緊張状態に耐えられず自殺も図った。
5年前に、精神科医の診察を受けて「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」と診断された。「強姦は人の心を殺す行為。バラバラになった心を丁寧に戻さなければならない」。医師の言葉が希望になった。
強姦によるPTSDの発症率は約8割とされる。犯罪の中で最も高く、カウンセリングが遅れるほど症状は深刻化すると言われる。
最近、ようやく当時を振り返れるようになったという女性。
「5年以上たってから事実を知った親は、もっと悲しかったはず。あの時、ちゃんと話していれば。今はそう思う」
■ ■
都内の20歳代の女性会社員は、小学1年の時、公園で見知らぬ男に体を触られた。周囲に大勢の人がいたのに、怖くて声が出なかった。子ども心に人に言えないことをされたと思った。
「誰かに話したら怒られる。だけど異変に気付いてほしい」――。その思いが自傷行為につながった。
血が出るまでツメをかむ。鉛筆で腕を突き刺し、髪の毛を抜く。小学校高学年まで、自分を痛めつけたい衝動を抑えられなかった。
心の傷は中高生になっても消えなかった。エレベーターにも乗れないし、男性とも話すことができない。そして今でも被害の瞬間を思い出し、パニックに陥る。「だれかが気付いてくれたら、大人になってこんなに苦しむことはなかった」
■ ■
昨年1年間に警察が届け出を受けた強姦と強制わいせつの被害は約1万1500件。だが、カウンセリングに取り組む武蔵野大の小西聖子(たかこ)教授(精神科医)は、「表面化しているのは氷山の一角。全体の10%程度とみられ、多くは泣き寝入りしている」と指摘する。
正確な実態を把握するため、米国や英国などでは国による聞き取り調査も行われている。被害に遭えば、医療や精神的カウンセリングのほか、訴訟のアドバイスも含めた様々な専門家から公的支援も受けられる。
「日本では、数少ない専門家を探し出し、費用を工面するのも、すべて被害者や家族がやらなければならない。こんな理不尽なことってあるでしょうか」
小西教授は、我が国の性犯罪被害者対策の惨状をそう訴えた。